第16話 アナログ


 「……ここは」


 目を開けると遠くの空に、人工の構造物が見えた。

 今にもそれが落ちて来て、ワタシの体を貫抜こうと待ち構えているようだ。

 

 悪い冗談のような思考が駆け巡る。


 度重なるリストアの影響だろうか。

 いい加減リストア回数を減らさないと魂まで削られて、消えて無くなるかもしれない。


 指先を動かすと、素直に反応する。

 体を起こし、見慣れぬ風景を傍観する。


 知らない場所。


 その中に、周りと一変する場所があった。

 そこだけ他と違った様子で、中心は窪んでいる。

 立ち上がって初めて分かる。

 丸い円で囲まれたその部分だけが切り取られている。


 「警告。メモリの一部に障害発生。稼働率73.854%」


 ウェッジのその声に、左腕を見るとパネルが赤く点滅していた。

 なぜかスクリーンモードは壊され、「Sound Only」の文字が浮きでていた。


 「ウェッジ、司令本部と通信。オペレーターを呼び出せ」


 「了解。通信エラー。電波が反響して確立出来ません。個体シグナルのみ発信可能」


 「発信しろ。あと、周囲の状況分析。詳細を頼む」


 「了解。シグナル発信中。状況確認中……」


 一旦、ウェッジから目線を反らし、辺りを調べると、少し離れた場所に黒いシップがあることに気づいた。


 「これは、ゴースト……」


 急いで駆け寄り、飛び込んだ。

 機内を照らす照明が一斉に反応し、広くないシップは直ぐにワタシを落胆させた。

 操縦席に力なく手を掛け、腰を落とす。

 正面のスクリーンには、意味のない構造物がモニターされ続けていた。


 下パネルにブルーの文字で、Messageメッセージ、と浮き出ている。

 左上を見ると、日付からして2日前だと分かる。

 差出人は空白。

 宛名は……。


 『セリ少尉』


 身を乗り出してその文字に触れる。


 「メッセージを読み上げます」

 

 電子音がそう応え、一人しかいないコクピットがより静寂さを増した。


 「これを聞いてくれているのが、ホンモノのセリであることを祈る。突然過ぎて意味が分からないだろうが、細かく説明する時間がない。しっかり聞いてくれ!」


 直ぐそばで喋っているような感覚と緊張した声のバランスが、ワタシをざわめかした。


 「先ず、セリが地球から救出された時、通常ではあり得ない感染処理班が同行していて、そいつらが、セリを運んだ。それはなぜか……。すまない、後からアーカイブを見返して気づいた。これは私の失態だ、もっと早く気づいていれば……。時間は経ったが色々調べて見たら、ある特殊なアーカイブを発見した。日付は今から15年ほど前で、そこに記載されていたのは、未知の生命体『LUCa』に関する資料だった。今ここでその資料を……」


 一瞬沈黙した声の切れ間から、警戒音と……これは、チェチィの声が入っていた。

 ハッキリとは聞き取れないが、戦闘員を呼出ししているようだ。


 「あ、すまない。始まったらしい……。私も行かなくては。詳しく説明出来ないが、LUCaと呼ばれる生命体は人類にないDNAを持っていて、多重変質化細胞と呼ばれ、簡単に言ってしまえば変異も擬似も何でもありの万能細胞……違うな、万物細胞ってことだ。我々人類の……。クソ! もう始めやがった!」


 空白の時間が流れ、聞こえてくるのは耳障りな音ばかり。


 「ごめん、時間がない。ヤツの対処方法は思考出来た。だから、今からお前を助けに行く。必ず助け出してやる! LUCaなんかに渡すものか!」


 何か、特別なモノが伝わってくる。

 チェチィが心配してくれいる時のような感覚。


 「セリ聞いてくれ。これは作戦や任務じゃない。私の意志だ。だから、悲しむことはない。では、ご武運を! ―――――――…………―――――……――」


 「メッセージを終了します。Do you want to play it again Y or N」


 そう問いかけた電子音はしばらく待つことになったが、答えを得るコトはなかった。



 何度かつまずきそうになりながら、必死に走っていた。

 とうとう脚がもつれ、受け身も取らずその場に倒れた。

 顔を上げたその先には窪んだ円があった。


 「なんでだ! なんでだ! どうしてワタシなんかの為に……」


 埃が舞う。

 重力に従い落ちて来るそれを、再び舞い上がらせる。


 「警告。掌側面に障害発生。ダメージ率上昇。注意してください」


 ウェッジにそう告げられても、止まらなかった。

 気づかないうち、頬を伝う線が表れていた。

 埃を含んだその線は、固まることなく流れ続けていた。




 どれくらい経っただろうか。

 仰向けになった遠くの空に見える構造物は、まだ落ちてこない。

 流れる線もいつしか固まり、それを拭い去っていた。


 音声メッセージが終わった後、一つの言葉が表示されていた。

 その言葉に従って見つけた物、それは0と1では決して演算処理出来ない物だった。


 「セリへ。LUCaの対処方法は、一つしかない。アタッチメントを使った認識エラー。隊長もこれを使ったのは知っている。だから私はセリのメモリを使うことにした。二重化されているLUCaはきっと驚くだろう。後、言い忘れていた事がある。認識エラーでメモリを失えばリストアは出来ない。セリならきっと理解してくれるはずだと信じている」


 「P.S.セリの自己紹介よかったよ――チミン」


 メモリに沸き立つ何かが、熱くさせた。

 乾いたはずの線に、再び埃が付きだした。

 デジタル処理されていないチミンの意思を優しく握りしめた。


 「報告。シップに緊急衛星ラインの着信あり」


 「……本部か」


 「オペレーターSSCからの通信です。ここで応答しますか?」


 「……いや、シップで取る」


 「了解」


 重くなった脚を引きずるようしてシップへと引き返した。



 点滅する着信の文字。

 それに触れようとした時、タイミングよくグリーンに変わった。


 「こちらオペレーターSSCチェチィ、誰か応答してください。緊急衛星ラインを使用中。聞こえますか? 誰か応答してください! チャンネルナンバー、OO13S。チャンネルナンバー、オー、オー、ワン、スリー、エス」


 ゆっくりとナンバーを入力する。


 「……聞こえるか」


 「セリ、セリなの? こちらチェチィ。よかった、心配した……」


 「ん、どうした? 聞こえないぞ」


 途切れた声の後に、別の音声が入った。

 ノイズより不快な相手。

 

 「貴様……。セリをどうした? 答えろLUCaルカ!」


 「……司令官」


 大きく息を吸い、吐き出す。そして、応える。


 「ワタシはLUCaルカではありません! UMWO人類保全監視機関所属、コードネームAE01、セリ少尉であります! リストア回数は――」


 「もういい、止めろ!」


 怒号に近い叫び声。

 ワタシはそれに反応することなく、ただ操縦席の前に立ち、かかとを揃え起立していた。

 我慢比べが永遠に続くと思われたが、今回はチェチィが代わりに応えてくれた。


 「こちらオペレーターSSC。そこから脱出できますか? AE01の現在位置はコロニーD内部のWE-437地区です。応援が必要であれば、派遣します」


 「いや、いい……。今から離脱する」


 「了解しました。GPS誘導セットします」


 スクリーンに表示されたコースを辿り、ゴースト専用シップはコロニーを後にした。

 ステーションに帰還する間、チミンの声を聞こうと再びパネルを見たが、そこにあったはずのアーカイブや履歴は消去されていた。

 

 うなだれて下を向いた時、足元に小さなデータースティックが落ちているコトに気づいた。拾いあげて、直ぐにアデニン隊長の物だと判った。


 そこには彼女と同様、記された文字があった。



 『信頼すべき隊員達。シトシン、グアニン、チミン、セリ』




 ――ワタシは上手く自己紹介できていたか。

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