第15話 二つをひとつに


 『なんだ?』


 突然、空間が歪むと、壁の一部がこちらに向かって裂けた。

 壁に出来たその裂け目は、2mほどもある。

 向かい風が、一瞬にして追い風に変わる。

 内部の空気が一気に押し出されるなか、首の無い戦闘員達は避け目の向こうへ散らばって行った。

 リナ司令官・・・・・の姿から、ワタシ・・・の姿に戻っていたワタシは、その様子を平然と見つめていた。


 セルズに出来たその避け目から、強化スーツを着た一人の戦闘員が現れた。


 「時間が無い。こっちだ! セリ!」


 沈黙したまま、その戦闘員が合図する方へ走って行った。

 

 「急げ、追いつかれたら終わりだ!」


 プライベートラインで伝わるその声を、ワタシは知っている。


 「行くぞ! GO! GO! GO!」


 アンカー一本で強引に横付けされたシップに乗り込み、戦闘員の手馴れた操縦でステーションから離脱して行った。


 「上手く行けば衛星軌道ベルトに紛れ込める。そこまで辿り着けば、流石に攻撃されることはない。セリに女神が付いている事を祈るぜ!」


 「なに? なにが起こってる?」


 「出来れば後からにしてくれ! 生き延びてからでも遅くないだろ」


 そう言って片目を閉じた。

 

 コンソールとレバーをたくみにさばきながら、衛星軌道ベルトに到達したシップは、無数に飛んでいる人工衛星を左右に見ながら飛行を続けた。


 ステーションと地球を挟んで、反対側の位置に差しかかろうとした時、戦闘員が話し始めた。


 「セリをなぜ巻き込んだ? 彼女は……。それに、隊長のメモリをまで……」


 「……な、何を言ってる?」


 「ふん、まあいい。今がセリ・・なら大人しくしていてくれ!」


 その時、太陽に照らされた巨大なソーラーパネルの反射光が、コクピットの二人を包みこんだ。


 「……あれは」


 「そう、500年ほど前。人類が10万人を虐殺したコロニー」


 その言葉の意味を理解するのに、ワタシは過去のアーカイブを蘇らせなければイケなかった。

 しかし、それを邪魔するかのように、別の思考が覆いかぶさって来た。


 『なるほど。あの場所なら最適かもしれんが、見つかるのも時間の問題だな』


 「そんなツレない事をいうなよ。テメエの胸にブラスターナイフを突き刺すまで、付き合ってくれ」


 『そうだな。恩を仇で返すような人間どもとは違う。しばらく付き合ってやるぞ』


 「それはありがたい。しばらくとは言わず、今すぐでもいいが、ちょっとセリに用事があるんでな、後にしてやるよ」


 『そうだな。ワタシ・・・を大切に扱ってくれよ』


 セリの姿でそう言うと、別人のように声を上げて笑った。



 シップは、爆発の跡で出来たような大きな穴を目指し進んでいた。

 近くでみるとかなり大きな建造物だとわかる。


 「人類最後の紛争地。コロニーDか……」


 『人間の思考レベルの低さを表すエンブレム、と言ったところか?』


 「人間? エンブレム? ありがたく受け取っておくよ」


 シップは穴の中に滑り込んで行った。

 内部はさほど破壊されておらず、その代わりではないが至る所にデブリが散乱していた。

 建設途中であったのか、骨組みのように見える箇所が所々見えた。

 そこから飛んでくるデブリがシップに接触するたび、機体は揺れ、大きな音に包まれた。


 それを凌ぎながらしばらく突き進むと、大きな扉がある場所に着いた。

 扉の端には幾つもの巨大なシリンダーが並び、開閉を拒んでいる。


 コンソールに素早く指示を与えると、巨大なシリンダーは音もなく壁に吸い込まれて行った。

 すると直ぐに、ゆっくりとした動作で大きな扉が左と右に別れ始めた。

 シップが通れそうな幅までくると、開き続ける扉を左右に見ながら、通過して行く。

 明るく照らし出されたその先には、人工的に作られた構造物が360度、円を画くようにして立ち並ぶ巨大な都市空間があった。


 それを三人・・の瞳が眺める。


 「さて、適当に着陸するぞ。そこでお前と決着を付けてやる!」


 『そうか。それは楽しみだ! 余興はもう十分味わった。今までみたいに、直ぐに終わらせないでくれよ』


 再び上げたその笑い声には、邪悪と歓喜が混じっていた。


 シップはドーム型をした大きな拓けた場所に降り立った。

 10mほどの距離を空け、対峙する二人・・と一人。


 その一人が呼びかけた。


 「なあ、今更なんだが、素直にセリを返してくれないか? そしたらLUCa、見逃してやってもいいぞ!」


 『なるほど。いい考えだ。で、貴様はどうする? 変わりに死んでくれるか?』


 「なるほど、それもいいアイデアだが、出来れば両方助かりたい」


 ニヤリと微笑んでブラスターナイフを片手に持ち、構えた。

 左足を微妙に前に出す。

 変わらぬ距離。


 右足を一歩前に。


 ワタシ・・・は、一歩後ろへ。


 その動きを見て納得したかのように、ほくそ笑んで、ブラスターナイフの柄で、胸のプラグを叩き割った。


 『なるほど。自爆はいいが、効かぬぞ。それに貴様らの言う……、まあよい。好きにしろ』


 「流石だな。そこまで思考しているとはありがたい。なら、己のDNAを恨め!」


 その言葉を発すると同時に、片手に握っていたメモリキューブをアタッチメントに突き刺した。


 認識エラーを起こし始めた体は震え、瞳の色が真っ白になった。


 それを眺めていたワタシ・・・の体が急に、前進し始めた。


 『ん? なんだ……。貴様……まさか!』


 「せ、せい、正解だ。わ、るいが……セリの……を使わせ……もらった」


 『クソ! 止めろ! お互いが消滅するぞ!』


 「し、しんぱい……るな……。体が、消失し……セリは……いき……」


 引き寄せられた三人・・の体は、丸い円の中に閉じ込められた。


 『貴様……!』


 「DN……を……磁界……に……かえ……でき……る、そ、その……をのろ……」




 ※ ※ ※




 「なんだ! 何が起こった!」


 「外部から攻撃を受けました。Unknownです! 識別反応に該当なし。A-11区画、減圧されていきます」


 一瞬だけ激しく揺れたCセルズ。

 リナ司令官は膝を付いて、目の前の防壁からスパークが消えて行くのを見ていた。


 「シップを出せ! Unknownを逃がすな!」


 「了解しました!」


 だが、戦闘員達が出撃した時、既にレーダー網からUnknownの姿は消えていた。



 次に発見されたのは遠く離れた場所で、だった。

 監視システムの目がなければ気づかないほどの微量な反応。

 それが放棄されたコロニーDで示されていた。


 「リナ司令官。指示をお願いします」


 そう問いかけたチェチィは、どこか沈んでいた。

 この反応が何を指しているのか分かっていたのかも知れない。

 例えそれがUnknownの場所と一致していたとしても。

 

 コンソールの下で、彼女は両手を硬く握り締めていた。

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