第14話 暴走


 「あれから何時間経った? 彼女の具合は?」


 「10時間。まだ眠っている」


 「そっか。対応はどうし……失礼、出過ぎた質問だった」


 無数に浮かぶAIカメラと浮遊モニターを、黙って眺める二人のトップ。

 

 「システイン監視。私の決断に間違いはないか……」


 「どうした? いやにロマンチストじゃないか。恋でもしたか?」


 「……。貴様の冗談は相変わらず冴えない。他で言うのは止めておけ」


 「ああ、そうだな。他で言える事、私達には余りない。あのコロニー殺し・・・・・・からスタートしたんだよな。彼が指揮したんだっけ?」


 「低俗な言い方はよせ! あの作戦は、必要悪だった……」


 「本当にそう思うのか、リナ司令? あれが必要だったと?」


 「貴様と問答する気はない、私達が今言えるコトは、悪は悪として忘れない。それだけだ」


 「なるほど、リナ司令らしい思考だ。だから司令官になった。違うか、奪い取った……かな?」


 「……好きに言え」


 「結局人類が、『望んだ姿』になった。今更、他が欲しいとは言えない」


 「夢をみるな、前を向け……。なるほど彼らしい言葉だ」


 「だったら、なぜ……」


 「システイン監視官。少し喋りすぎた、すまん、任務に戻る」


 「そうだな……。この続きがあれば今度聞かせてくれ」


 二人の憂鬱な会話が終わろうとしていた時、一人のオペレーターが大声を上げた。


 「リナ司令官。隔離ブースの遮断防壁が緊急動作を始めました。ドクターテレス単独の指示です。こちらへの許可申請はありません。内部映像出します!」


 一台の浮遊モニターが瞬時に移動して、二人の前に立ちはだかった。


 そこに映し出された映像を見て、二人は同時に息を飲んだ。


 厚さ20cmもある遮断防壁に穴が開き、Cセルズへと続く通路が丸見えになっていた。

 散布でもしたかのようなオイルの跡が、床はもちろん、遮断防壁や天井にまで及んでいる。

 そこには、ちぎれたドールも映し出されていた。


 リナ司令官が叫んだ!


 「Cセルズに繋がる全ての通路に戦闘員を配置しろ! 全搭乗員に警戒態勢! セリ少尉を発見次第、確保しろ! 抵抗するなら発砲を許可する! 現時点をって、セリ少尉にフィードバック・コントロールを発令する!」


 「りょ、了解。全戦闘員に通達。全搭乗員、警戒態勢。セリ少尉を発見次第、確保。抵抗するようであれば、は、発砲もきょ、許可します」


 「どうした? SSCチェチィ。最後の指令が抜け落ちているぞ」


 「あ、はい、すみません。現時点を以ってセリ少尉にフィードバック・コントロールを発動します」


 「よし、すべての監視カメラ及び、BWCをヤツ一点に集中しろ。ネットワークはそのまま維持。発見した位置情報を、私に最優先で伝えろ!」


 「了解しました」


 珍しくチェチィは動揺していた。

 コンソールを弾く指が、違った意味で震えていた。

 自分の知っている人物が、このような事態に陥れば誰だって動揺するだろう。

 寧ろ、しないほうがおかしいと言い切れる。


 それでもチェチィは必死にコンソールを操作し、確保・・が出来るように戦闘員達に情報を送り続けた。


 リナ司令官が、彼女の下に辿り着く前に。

 システイン監視官が、彼女の側に辿り着く前に。




 …

 ……

 …………


 急に力が抜け落ち、床に倒れた。

 

 「……ん、うごかない」


 『フィードバック・コントロールが発動した見たいだな。まあ関係ない』


 そう言い終わった直後から力が甦りだした。


 「あ、動ける」


 両手を付いて立ち上がり、元のワタシ・・・に戻る。

 しかし、元とは違うことも起きていた。


 通路の向こうには、防火シャッターを半分まで上げた壁ができ、それに隠れるように戦闘員達がレーザーガンを並べている。


 「なに? なにが起きてるの?」


 『セリを捕まえるか、殺す為に、並んでいるのさ』


 「え、なにそれ? なんでワタシが?」


 『あははは、そうだな。どちらも不条理だ。だったら、どちらも拒否すればいい』


 「そうだね、それがいい!」


 ついさっきまで、目の前10mほどの距離に居たセリ少尉が、突然自分達の背中に現れるなど、戦闘員達の誰一人想像できなかった。

 そして、自分達の首がなくなることも。


 監視カメラがワタシ・・・を映そうとするが、その全てが映す前に止まる。

 BWCに至っては、捜そうともしない。


 『ここのシステムはある程度掌握したか……。後はヤツを……』


 「なに、どうしたの? 誰か捜すの?」


 『そうだね。でもね、捜さなくてよくなった。彼女の方から来てくれた』


 「へえ、それはいいことだね」


 『そうだな。じゃ使わしてもらうよ』


 「うん!」


 ワタシ・・・が、ゆっくりと振り向くと、そこにはリナ司令官が悠然と立っていた。


 「あ、あの人を捜してたの?」


 『そうだ。どうした? 嫌いって感じが伝わるぞ』


 「好きか嫌いかで言えば、大嫌い! だって直ぐに怒るし、態度も悪いし」


 『そっか、それはイケないな。お仕置きをしなくちゃね』


 「うん! そうしよう!」


 『じゃ、しばらく黙っててくれるかい?』


 「は――い!」


 ワタシ・・・が次第に、彼女へと変化していく。

 変化した後だと、どちらが本物のリナ司令官か見分けがつかない。


 でも、最初から見ていた人がいれば、分かる。

 簡単。

 変化しなかった方が、ホンモノ。


 しかし、今や全ての監視カメラ、BWC、戦闘員が壊れ、誰の目にも晒されていない。

 本物は三人・・だけしか分からない世界となった。


 「久しぶりだな、LUCa。何年ぶりだ?」


 『そうだな、ざっと15年と9ヶ月と18日と4時間と24分と26秒と、27秒と、28秒と……』


 「変わらない。どこがざっとだ。気持ちが悪いほどの正確な、性格だ」


 『お互い様』


 「DNAは捨てたのか?」


 『持ってるよ、貴様達とは違う。捨てたりはしない』


 「捨てたんじゃない、換えたのだ」


 『ふん、笑わすなリナ! お前たち人類に、正当な理屈などない!』


 それを聞いていたワタシは、何を言っているのか全く理解出来ないでいた。


 「ねえ、ねえ、なに話してるの? わかんない」


 『そうだね。もう直ぐ終わるからいい子にしておいてくれ』


 「え――、つまんない。つまんない。相手してよ!」


 『後でな。それまでいい子』


 「なにをゴチャゴチャ訳の……。そうか……セリ少尉が……」


 『だとしたら? 関係ないだろう。リナ司令官様には』


 「それを決めるのは貴様じゃない! この私だ!」


 リナ司令官は、ゆっくりと一歩前に進んだ。

 それに反発するように、リナ司令官・・・・・が同じ距離を空ける。


 二人の対峙した空間は、10mのまま1mmの誤差もない。

 一歩前に、又一歩と繰り返すリナ司令官。


 お互いの移動が止まると、彼女は叫んだ。


 「SSCチェチィ、いまだ!」


 「り、了解!」


 その声に応答するかのように、Cセルズの区画防壁が瞬時に現れた。

 リナ司令官・・・・・とリナ司令官の間に、遮断防壁より分厚い壁が二人の空間を切り裂いた。

 背後にも同じような、防壁が立ちはだかり、彼女は二つの壁によって囲まれた。

 万が一の事故の為に作られた区画を閉鎖する緊急防壁。

 今はその防壁に青白いスパークが一面に這い回っている。電圧だけで七万ボルトを超える電子防壁が誕生した。

 人類はおろか、人間がそれに触れば一瞬で灰になるレベル。


 「LUCaルカ、貴様の特性を利用させてもらった。確保させてもらうぞ!」


 『なるほど、よく学習している。だが、次ぎはどうする? まさかこれで終わりなんて、不抜けた事を言い出すなよ』


 「貴様の話しに付き合う義理は無い。セリ少尉だけは返してもらうぞ」


 中の様子を映し出す為の3Dスクリーンが現れたが、肝心な対象物を映す前に、その機能はすべて失われていた。


 「リナ司令官。A-11区画の監視カメラすべて、こちらのコマンドを受け付けません。対象をモニターできません!」


 「わかった、音声だけで構わん。繋いでおけ」


 「了解」


 3Dスクリーンは、あらぬ方向の映像をモニターしていた。

 そこには、オイルを垂れ流す首のない戦闘員達が含まれていた。


 音声がややかすれながら届く。


 『返してもらう……。それを拒否したら? 私ごと消すのか? それともお得意の炭素菌でも使うか? そうやって全てを無くすか?』


 「もういい、黙れ! 貴様の戯言は後でゆっくり聞いてやる。SSC聞いているか? 始めろ!」


 「で、でも、あれは……」


 「いいからやれ! お前は黙って指令を実行すればいい。全責任は私にある。始めろ!」


 「りょ、了解、しました……」


 チェチィはコンソールにその指令を与え、そこに現れた「Caution」の文字に躊躇ためらいがちに触れた。


 それと同時に、鳴り響く警戒音と3Dスクリーンに表示されるカウントダウン。


 「ねえ、何が始まるの?」


 『そうだね。人類の為・・・・の儀式、とでも言っておこうか』


 「なにそれ? わかんない」


 『そうだね。人類がする事全て、わからない事だらけだよ』


 青白い幾筋ものスパークが、二人・・の周りにとどろき始めた。

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