第12話 知らないメモリ その二


 「司令官、AW1から緊急事態と応援要請が入っています。アデニン隊長及び、セリ少尉の個体シグナルロストです!」


 「そうか……。至急、救出チームを二部隊編成で派遣しろ」


 「了解。原因不明の通信エラーで、状況確認が不安定です。緊急衛星ラインの使用許可願います」


 「許可する」


 チェチィは素早くその指示を入力し、淡々と処理をこなしていた。


 個体シグナルを表示するスクリーンには、途絶えたコトを示す、『GT1アデニン Lost』、『AE01セリ Lost』、とレッド表示されていた。

 その他のマークは、今やスクリーン外に追いやられている。

 現在、グリーンに輝いているのは、『GT4チミン Online』のみだった。


 「SSCチェチィ、RECは届いているか?」


 「え、あ、ネットワークエラーの為、受信していません。再確認しましょうか?」


 「いやいい。そのまま処理を続行してくれ」


 「了解……」


 通常任務の場合、RECやその他のアーカイブなどは、着艦後の処理となっている。

 仮にそのような指示があったとすれば、チェチィのタイムスケジュールに入っているはずである。それを不安に思ったのか、彼女はテーブルの下からタブレットを取り出し見直した。

 もちろん、そんな計画や緊急対応は入っていない。

 ゴースト部隊の任務にセリが参加していると知った時から、念入りに何度も確認していたのである。見落とすコトはない、と頷いた。


 緊急衛星ラインがONになり、音声が届く。


 「こちらAW1! オペレーターどうぞ! セリ少尉のモノと思われるスリープ反応を確認! 今から目的地に急行します!」


 その言葉にチェチィは一瞬固まったが、咄嗟にスクリーンを確認する。


 『AE01セリ Lost』


 「オペレーターSSC。こちらでは確認出来ません。慎重に確認願います。周囲にはまだストームが発生しています!」


 チェチィがそう訴える途中で、表示はOFFに変わっていた。


 「リナ司令官。こちらでは未確認ですが、AW1のチミンからAE01のスリーブ反応を確認したとの、報告が入りました」


 その時、注意を促すブザー音と共に、レッド表示が点滅に変化した。


 『AE01 Sleep mode Online』


 驚愕と歓喜が混在し、次には焦燥と冷静が同居しつつ、再び報告を上げた。


 「リナ司令官。AE01の個体シグナルを、今受信しました! 尚、スリープモードに移行しているもよう。受信データー量が少ない為、詳細は不明です!」


 「救出チームに感染対策班を同行させろ。急げ!」


 「了解。救出チームに追加指示出します……」


 チェチィは、先ほどから出る指示に戸惑いを隠せずにいた。


 司令官の出す指示には、予想を超えたモノも多々あるが、今回のそれは少しニュアンスが違っているように見えた。


 あのウィルスの時と同じ。


 結果、ウィルス感染被害を最小限に留めることが出来たのだが……。

 邪魔な思考を払拭するかのごとく、スクリーンの中に弱く点滅するセリ・・だけをチェチィは見つめていた。



 「こちらチミン、応答願います!」


 スクリーンから目を離さず、チェチィが素早く反応する。


 「こちらオペレーターSSC。どうしました!」


 「セリ少尉を発見しました! 繰り返します、セリ少尉発見、確保しました! しかし、危険な状態です! 至急救出チームの到着を要請します!」


 司令部に木霊するその音声に、歓声とどよめきが上がる。


 「こちらオペレーターSSC。既に大気圏突入中です。57分後に到着予定。それまで頑張ってください!」


 「こちらチミン、了解! 感謝します。セリ少尉をシップまで搬送します。出来る限りの応急処置を試みます」

 

 「こちらオペレーターSSC、了解。お願いします……」


 誰よりも一番に安堵のため息を漏らしたのは、チェチィではない。

 それは、最高位の女性からだった。

 だが、それも幻影だったのかもしれない。


 「AE01は感染対策班に対応させろ! 応急処置以外はするなと言え! 回収後、即撤収!」


 「了解。感染対策班に指示を出します」


 その一言をもって、元の司令室に戻る。

 チェチィの迅速な対応も、いつものそれに戻っていた。

 しかし、彼女の顔を見ることが出来れば、きっとその手を止めて優しく抱き締めたくなるだろう。

 震えるその指先を必死に堪えながら、気丈に振る舞おうとする頬に、沢山の雫が流れていた。




 「彼女、助かるか?」


 「さあな……」


 「意外と冷たいな」


 「貴様ほどではない」


 苦い顔をしたのは、もう一人のナンバーワン。

 いつしかリナ司令官の横に立ち、浮遊モニターを同じように眺めていた。


 「リナ司令。これからどうする?」


 「システイン監視が思考することではない。私の部下だ。私が処理する」


 「相変わらずだな……。だがな、このステーションは私達だけの物ではない。『人類の為』の物だ」


 「貴様に言われなくても……」


 「ああ、分かった。もうやめよう。彼女が無事帰還して、回復することを祈ろう」


 「そんな曖昧さは必要ない。帰還させて、回復させるだけだ」


 「なるほど。そうだとしても、その言い方……、男性に嫌われるぞ」


 「もう嫌われている。今更、気に病む事もない」


 「自覚しているならいい」


 そう会話する二人の先に、『AE01 Sleep mode Online』と点滅する表示が、動き始めた。

 

 地球を離れ、ステーションに近づくその点滅を、いつまでも静かに見守っていた。

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