第10話 ERROR


 アデニン隊長のメモリは、呆気なく消失した。


 メモリが失われる瞬間を目撃するというのは、決して気持ちの良いモノではない。

 彼女のアーカイブ、どこまでバックアップされているのか、後でゆっくりと思考しよう。

 

 大きく息を吸い、吐き出す。

 そう今じゃない。


 隊長が引き起こした真円の爆発が、終わりを告げる。

 その後に、一つの影がぼんやりと見て取れた。

 それがワタシ・・・の姿だと気づいた時、無駄死だったと気づいた瞬間でもあった。


 動揺はしないが、冷静でもない。

 逃げ出すコトは可能だろう。しかし、この星に安全地帯があるとは想定出来ない。


 隊長は何と言うだろう。

 でも、ワタシは……戦闘員。


 ウェッジに先ほどの内容を分析させようとしたが、リアルタイムに識別出来ない相手だったと気づき、RECのアーカイブを爆発が起きる直前までさかのぼらせた。

 ワタシの瞳を通して、RECされた映像が始まった。




 ◇ ◇ ◇


 ワタシの姿をしたLUCaルカが、映し出される。

 対峙する二人の距離は、3m強といったところ。

 先に攻撃をしたのは、強化スーツの力を借りて倍増された脚力を使い、空中へ躍り出た隊長。

 二人の距離を詰めるのに、0.3秒。

 待ち構えるワタシ・・・は、受け流すコトも回避するコトもなく、二本のブラスターナイフをその胸に、柄が当たるまで深く刺された。

 その跡から噴き出る液体。その色は赤。

 ワタシ・・・は隊長の速さに付いてイケなかった訳ではなく、単に受け止めただけのようだった。

 それが強がりではない証拠に、刺さったままの状態で、ブラスターナイフを握った隊長の肩を左右から鷲掴みにし、腕力のみで放り投げた。

 その威力は凄まじく、ワタシの直ぐ横で埃が舞い上がった。

 

 それでも隊長の戦闘欲は落ちることなく、脚の力だけで立ち上がった。

 されど、その両肩は回復不可能なまでに押し潰され、力なく垂れ下がる両腕は、今にも千切れそうだった。


 RECの映像がLUCaにズームする。


 胸に二本のナイフを生やしたワタシ・・・

 それを両手に掴むと、あっさりと引き抜いた。そして、捨てる。

 刺し傷は、抜いた瞬間から閉じられ、それも強化スーツごと修復されていく。

 

 異様な光景に見蕩れていると、次に映し出した映像の中に、あり得ないモノが映っていた。

 捨てたはずのブラスターナイフがワタシ・・・の手の中から生えていたのだ。


 その映像が一瞬乱れる。


 ノイズ混じりの映像が元に戻ると、そこにワタシ・・・の姿はなかった。

 次に捉えた映像は、隊長が再び膝を崩す瞬間だった。

 倒れこむ隊長の胸に二本のブラスターナイフが生えていた。

 それが力を失った腕の代役となり、大地と体の隙間を作っていた。

 口から吐き出されるオイルが、大地に散らばり、一瞬で染み込んで行く。

 

 ヤツは一体……なんだ……。


 自己修復機能に、物質までもクローン再生する。

 人類がアップグレードすれば成れるような能力ではない。


 駆け寄ろうとするワタシに、隊長が叫ぶ。


 「セリ……。来るな! 何があっても手を出すな!」


 ゆっくりと両膝を上手く利用し、再び立ち上がる。

 刺さったナイフの隙間を覗きこむと、垂れ下がった腕を無理に動かそうとしていた。

 その反応に耐え切れなかったのだろう。

 左腕のワイヤーが押し潰された肩から飛び出し、強化スーツがかろうじてその腕を体に留めた。

 右腕も同じ反応を見せる前に、胸にあるプラグユニットを掴んで、それを引き千切った。

 その下から現れたのは、メモリ同期用のアタッチメント。

 リストアを行う時、バックアップデーターと今までのデーターを同期させる為のモノ。

 

 きっと隊長は、それとは別の手段に使おうとしている。


 異なるメモリ同士をアタッチメントすると起きる認識エラー。

 それを強制的に行い続けると、メモリ内部が発熱を起こし、耐熱処理の限界点を越えた時、さっき見た真円の爆発が起きる。

 半径2mほどのその真円の内部は、太陽熱に匹敵するほどの蠢く炎に支配されている。

 

 その凄まじいまでの威力を発揮するには、本人以外のメモリキューブが……。


 よく見ると、リアルタイムの時は気づかなかった動作が、RECの映像には残されていた。

 既にメモリキューブを手に持ち、隊長はそれを躊躇なく胸に嵌め込んでいた。

 それと同時に右肩からもワイヤーが飛び出し、垂れ下がる両腕を左右に振りながら前のめりになり、LUCaの下へと走りだしていた。

 それを黙って受け止めたワタシ・・・

 抱き合う二人の体から、いくつもの光りが生まれ、それが次第に束となり、真円へと変化した。


 ◇ ◇ ◇



 

 映像はここでノイズが走り、乱れ、正常に戻った時は、今の時間が映し出されていた。

 

 こうしてワタシの前に立つ、LUCaルカ

 結局、映像を見返しても分析出来るコトは、RECを見ながら思考したこと以外余りなかった。


 極秘扱いの生命体は、強い。

 それだけ。


 なのに、今度は私が対峙する。

 否、仮に内容を分析出来たところで、私のメモリもそう長くはない。

 結論から言ってしまえば、ワタシも巻き戻し。

 そう、最初から。

 今度は上手く自己紹介出来るようアーカイブ化してみたが、今を残せないのであれば、又笑われそうである。


 「さて、LUCaさん。どうする?」


 勝る見込みはない。

 だからと言って、背を向け逃げ出すようなルーチンもない。

 これからワタシがするであろう行動が、命令違反だとしても構わない。

 やるべきコトは、もう限られている。


 先ず、あの警告を出させないよう隊長が言っていた、仕込まれた・・・・・根源を絶てばよい。

 もちろん、正解かどうかは分からない。しかし、答えを待つ時間もない。


 微笑むワタシは右手に握ったままの役立たずを、地面に突き刺す。

 上に向いたグリップの底にショルダーを取付け、スライド調節出来る幅を最大に広げる。

 最後に、ショルダーの底に付いてあるステアを引きちぎる。

 これで地面から伸びた一つの柱に二股の尖った先端が完成した。


 ワタシは両腕を背中に回し、ほどけないよう固く両手を握り締める。


 そして、静かに力強く前屈みになる。

 

 ――グニュ


 鈍く柔らかい音が体に伝わり、オイルがほとばしる。



 ■ダメージSystem■

  Sight……Damage Sight……Damage



 「警告、視野消失。Sightセンサー全域破損。視覚による処理不可。網膜センサー破……」


 視覚に関連する使用不可事項をウェッジが冷静に羅列し始める。


 頭を傾けると、窪んだ跡から更にオイルが漏れ出した。

 流れ出るその量は、強化スーツの上からでも分かるほど。

 手探りで腕に巻き付いているグラスファイバー製の布を、包帯代わりに巻き付ける。

 何のコトはない、警告無視と時間縛りが出来ただけ。


 ウェッジがまだ、騒がしく喋って来る。


 「ウェッジ、もういい。了解した。Sight System緊急停止。残り、Hearing、smell、 taste、 touch、レベルMaxに変更」


 「了解。Sight System緊急停止完了。各センサー類、MAXに設定変更完了」


 五感のひとつを失っただけだ、残り四感をFullに使えば相手の位置ぐらいは把握できる。


 突然メモリに、ノイズが混在する。

 壊れた視覚センサーの影響かと思考したが、直ぐに収まる。

 特長あるノイズだったので、これでニ回目か……、とカウント。


 大きなため息。


 正直、目を無くしたくらいで警告が消えるとは思考していなかった。

 ウェッジがそれに反応する理由は、目から伝わるデーターをメモリが演算するからだと。

 そうだと仮定すれば、それを排除すればいい。

 単純である。

 そうは言っても、警告表示が出ないだけで、その先は隊長が歩んだ道と何ら変わりが無い。


 だから……なに?

 怖い?

 後悔?


 余計な時間を使ったと思考し直して、四感から受ける刺激をメモリ内で具現化する。


 真っ暗な場所に、色が付く。

 温度変化を利用して、その差に色を持たせる。

 演算処理が始まりだすと、生命体のイメージ画像がぼんやりと、自我画像と重なりあう。


 「LUCa、何もないな……ワタシに似て……」


 「――」


 「ん、どうした冗談は嫌いか? それとも人見知りか?」


 「――」


 いつの間にか生命体に対し、一方的に会話をしている。


 「同じか……」


 そう言った後から、又ノイズが混じる。

 今度は、直ぐに消えない。

 メモリ内部から、螺旋を画くように広がりだす。

 その原因を探る為、思考を集中すると……。


 止まる。


 同じ動作をすると、同じだけ繰り返される。

 一瞬困惑したが、追いかけっこは得意じゃない。

 目の前のワタシ・・・に思考が集中するよう切り替えた。


 デジタル処理されたワタシ・・・のイメージ画像は、蒼。

 視力で捉えていれば気づかなかっただろう。

 色として伝わって来る分、ワタシは興奮する。

 同じ色彩の瞳が、そこにあった。


 「さあ、始めようか!」


 LUCaルカはその声をどう判断したのか知らないが、一歩、二歩と距離を縮めたはずが、四感が捕捉する彼女との距離は3mのまま。


 「どうした? 今更、オウチに帰るなどと言い出さないでくれよ」


 ベルトに挟んであるダガーナイフを逆手に持ち、一気に間合いを詰める。

 強化ブーツのおかげで、100mを5秒弱。6mまでなら補助なしでも飛べる。

 彼女との距離は一歩弱と判断。

 

 「な、なんだと?」


 GPS座標は既にLUCaの場所を通り過ぎ、違う地点を表示している。

 しかし、彼女との距離は3mと表示される。


 「遊んでる? ワタシは追い駆けるのも、追い駆けられるのも嫌い!」


 強化ブーツの出力をMaxまで引き上げる。

 Waringの文字がイメージ画像の中に割り込んで来る。


 一度だけの渾身のジャンプ。

 気合の入った怒号と共に、ワタシはワタシ・・・の頭上へ。


 距離3m。


 「……おまえ」


 ワタシの渾身は、距離を縮めることすら叶わなかった。


 強化ブーツに視線を落とすと、そのイメージ画像は、真っ赤。

 限界を越えて酷使した結果、普通のブーツに成り下がった。

 笑うに笑えないこの状況。

 縛りが一つプラスされた。


 止まって初めて気づいた。

 頭に巻いた布から染みだすオイルが、大地に大きく模様を画いている。

 

 まだだ!

 全てが壊れた訳で無い。限界まで使いきってやる。


 その後、何度も何度も追い駆けるが、何度も何度も逃げられる。

 二人の距離の誤差、プラスマイナス1.2cm程度。

 ふざけるには、余りにも正確すぎる。


 ワタシは、自分の影を追いかけているのか。


 違う、今も生命体の温度を捉え、イメージ画像として処理している。

 生命体が移動するたび、各関節の駆動音は識別していた。


 LUCaは実在し、動き、移動している。

 それも、ミリ単位の正確さと速さで。


 苛立つ。


 「どうした! なぜだ! なぜだあああ!」


 LUCaに逃げられ、拒絶されることに失望感はない。

 あるとすれば、隊長を一人で逝かせた後悔があるだけだ。


 何も変わらない状況に、時間だけが過ぎていく。


 ヤツは最初から持久戦を望んでいるのか。


 ワタシの体が悲鳴を上げ始めた。



 ■ダメージSystem■

  S……ense Er……ror

    バラ  ン……スエラ ー

        フレ ームエ ラー――



 「警告。生体維持が危険領域に入ります。優先。各センサーをLow。機動能力制限。生体維持の為……」


 突然バランスを崩し、膝を付く。


 「ダメだ! まだ……まだダメだッ!」


 叫び声に反し、体の自由は失われていく。

 腰の力が抜け、上半身が前のめりになる。

 顔面を強打する寸前、両腕を着いて持ちこたえる。

 敵を目前にして、四つん這いの形。


 それでもワタシは無理に首を上げ、ワタシ・・・をにらむ。

 イメージ画像すら力を無くし、色彩が奪われていく。


 首の力が衰え、俯く。

 悔しくても、発音すら出来ない。


 ワタシの頭上にワタシ・・・の声が届く。


 近づいてきた?

 え、声まで同じ?


 「なぜだ人類。必死に生き永らえようとしているのに、又破滅を選択する。どうして、全てを無くそうとする。答えろ人類」


 言葉の内容より、声のトーンに衝撃を受ける。


 頭上の生命体から最初に聞こえたのはワタシ・・・の声。

 それが、徐々にアデニン・・・・へと変化する。

 

 壊れかけたワタシに、それを分析するだけの能力は残されていない。


 すべての機能が終焉を告げる。


 「緊急処置作動。優先保護項目メモリ及び、アーカイブ。警戒態勢にてスリープモード開始します・・・・…………――――」


 左腕のウェッジがそう報告し終えると、最後の表示が現れた。

 あっけない幕切れ。


 ■ 全機能停止 ■


 静寂の空間に、ノイズだけがハウリングしていた。




 ж ж ж


 汚れたドールが、だらしなく横たわっている。


 それを黙って見つめる蒼い色彩の瞳。

 徐に腰を屈めると、髪の毛を鷲掴みにする。

 少し無理があった。

 片手で持ち上げる際、首の辺りから砕けるような乾いた音がした。


 ワタシ・・・が言う。


 「――セリ、人類のなれの果て――」


 そう呼ばれたドールは、オイルを垂れ流すだけだった。


 ж ж ж

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