第9話 警告
「こちらアデニン、チミン聞こえるか、REC映像はどうだ?」
「隊長の吐息も映像もしっかり流れてます」
「それは嬉しいな。後でサンプリングしてBGMで流すか?」
「ステーション出禁になりますが、いいですか?」
オープンラインを通して、二人の笑い声が伝わる。
この状況下で、大したメモリだ。
「さて、それでは任務を続行する。詳細が判別出来次第、又連絡をする」
「……了……した。隊……、指……を待…………――」
「こちらアデニン、チミンどうした!」
「……チミ……ネッ――通――」
「クソ、ネットワークエラーか」
突然二人の会話が途切れた。
アデニン隊長から舌打ちが聞こえ、しゃがみ撃ちの体勢のままワタシに合図を送る。
「セリ少尉のネットワークはどうだ、生きてるか?」
左腕のウェッジに視線を落とす。
繋がっているコトを示すアナライザーバーが上下している。
違法に取り付けた二重メモリのLEDも点灯している。
「ウェッジ、ネット確認!」
「了解。テストデーター配信。確認中――――――アップロード完了。ネット及び、二重化によるタイムラグ2.8284second」
しゃがんでいる隊長の肩を二度叩き、少し振り向いたその顔に、三本指を立てる。
隊長は素早く親指を立て、再びしゃがみ撃ちの体勢を取った。
少しタイムラグが多いように思考するが、通常
しかし、いつも良いコトばかりだとは限らない。
元々は、魂の入れ物。今後どうなるかは、分からない。
今テストした分で、3秒弱のラグ。
生体アルゴリズム暗号の使用で、負荷が増している。
暗号化により漏洩は無くなったが、本体のワタシを失えばただのデブリとなる。
自我の為だけの仕組み、そうなったとしても嘆く必要はないのだけれど……。
――静寂を破る、尖った音が突然木霊した。
隊長がトリガーを引いたのだ。
吐き出された粒子レーザーは、見事なまでの直線を画き、暗闇に消えていった。
警告なしに撃ったのか?
赤外線センサーでは認識出来ないが、相手に動きがあったのか?
10m先にいるであろう、生命体――謎と嫌悪の根源。
「アデニン隊長、突然どうした? 生命体と……」
言葉にして気づく。体勢はそのまま。
そして、二発目が木霊する。
三発目、四発目……。連続し続ける。
十二発目を撃ち終わった時、オーバーヒートを知らせるアラームとLEDが発せられた。
「クソ! 駄目か……」
固定されたバスターランチャーをそのままにして、立ち上がるアデニン隊長。
何がどうなっている。粒子レーザーを受けても平気なのか?
いや、当たったのか?
口から言葉がこぼれる。
「隊長どうなっている? 粒子レーザーが効かないのか?」
「効かないんじゃない。当たらなければただのペンライトだと、証明しただけだ! やはり接近戦しかなさそうだ……。セリ少尉には悪いが、ここで銃の子守を頼む」
「なんだと! 地球まで連れてきて、一体……」
最後まで喋る代わりに、答えがやって来た。
暗闇だった場所に、白く投影されるシルエット。
「あれが生命体、
「隊長、何を言っている? LUCa……人類の……一体何の話だ!」
LUCa、と言うそれが距離を縮める動作をする。
左腕に視線を移す。
「ウェッジ、どうした! 警戒態勢中だろ、あれはなんだ!」
「了解。警戒態勢実行中。システムエラーなし。思考内容、理解不可の為、推測中…………周囲に警戒する対象物なし」
「え、なし……」
突然、メモリにノイズが混じる。
んん? ノイズ……。
やはり、システムエラーか?
集中力が散らばりそうになったが、それに割って入るように隊長が答える。
「ウェッジはアップデートされているから見れない。元は見えていたのかも知れないが、今は極秘扱いだ。これがUMWOのやり方……。セリ少尉、お前には何も出来ない。最初からREC担当と言う訳だ」
その言葉に、身動き一つ取れない。
こうなるコトはもちろん、ウェッジの違法も分かった上で見逃している。
全てはUMWOの作戦、リナ司令官の指示通りだというのか。
「LUCaを通常視界で見ることが出来れば、シトシンとグアニンを見ることが可能だろう。ヤツは多重変質化細胞を持っている。触れたモノのクローンを作り、体内に取り込んで学習する。そういやセリ少尉も現れるかもしれんな」
笑う、隊長。
その言葉が理解出来ない。
そもそも多重変質化細胞とはなんだ? 学習とは、何を学ぶのだ?
シトシン、グアニンだと? それに、ワタシ……?
疑問符が、果てしなく付き纏う。
「さて、雑談は終わりだ。時間がない。相手は待ってくれないらしい」
ウェッジが機能しない分、目測で計る。5から7mといったところだろうか。
「ワタシも戦う。参加したところで無意味かもしれないが、少しくらいは役に立つ!」
「そうか、ありがとう。その気持ちだけで十分だ。だが、馬鹿はやめておけ!」
「馬鹿だと……!!」
「ああ、そうだ。暇ならレールガンを向けて見ろ。その意味が分かる」
最後まで聞くコトなく、トリガーに指を掛け、シルエットに照準を合わす。
■ 警告 警告 警告 ■
※重要事項 ファイルNo.Z-0145※
「半生命体及び、生命体。もしくは、それに準じる有機物を発見した場合、保護及び、確保を最優先事項とする」
「……この警告は……なんだ?」
「Z-0145。UMWO全職員に
「UMWOが……だと? じゃ、リナ司令官はこれを知って……」
「当たり前だ、それの原型を作ったのが彼女だからな。知らないコトはないだろうよ」
呼吸系シグナルに異常が検知された。
ヤツはどこまで、ワタシを苦しめるのだ。
「言い忘れたが、その警告表示が出た時点で司令部に通報される。従わない場合は、フィードバックが発動して、全機能停止。覚えていないだろうがセリ少尉、お前は前回それであの世に行った。同じ目に合う必要はない」
沸き上がる疑問の楔はまだ、断ち切れていないらしい。
だが、繰り返させはしない。
構えたレールガンを降ろす。だが、握ったグリップは離さない。
セレクトモードをマニュアルに切り替える。
「馬鹿じゃない。司令部には悪いが事後謝罪は入れておく。隊長が断るなら、単独行動に移る。今の自分はスタンドアローンだ、指示は受け付けない。LUCaと言うヤツを倒す!」
前方のシルエットから目を離さない隊長が、なぜか首を傾け、下を向く。
モードを切り替える時、同時にネットワークも切断していた。
ウェッジ、レールガン、そして、ワタシ。
完璧なスタンドアローン。
だから、警告は出ない。
はずだった……
■ 警告 警告 警告 ■
※重要事項 ファイルNo.Z-0145※
「半生命体及び、生命体。もしくは、それに準じる有機物を発見した場合、保護及び、確保を最優先事項とする」
「……え、……なぜ」
「司令部も馬鹿じゃないということだ。ネットワーク遮断くらいで止まらんよ、お嬢ちゃん」
スタンドアローンになってもなお、機能するファイル。
そうか、メモリの何処かに刻み込まれている、そう言うことか。
司令部のやるコトに隙はないと思考していたが、ここまでとは……。
まだ追い付けない自我に苛立った。
浮かんでくるヤツの顔。そこにある同じ瞳の色彩が、これほど疎ましく感じたことはなかった。
「セリ少尉、思考中悪いが、ついでに言っておく。これらすべてUMWOの計画の一部だ。少尉はREC担当、最初も最後もない。それだけだ……」
「……それだけ? 知ってて隊長は……」
「それが軍で任務だ。私的感情はない。例え少尉を嵌める結果になろうと、自己目線など考慮しない。司令部にあるのは、『人類の為』、それだけだ」
どこかで見たアーカイブ。それが又、繰り返されているようだった。
何も出来ない。
出来るはずが無い。
あるとすれば、同じ過ちを再現することくらいだろうか。
アーカイブとメモリを失い、リストアされ、司令官の前に立つ……。
握ったレールガンが、錆びた大地に落ちた。
ここまで完全掌握されていては、抗う方が無駄だと言えよう。
だが、何も出来ないからと言って諦めていいのか?
本当にこれでいいのか?
ループする思考の中に、
「RECも重要な任務だ。しっかり映してくれ。出来れば綺麗に撮ってくれると嬉しいがな。本体がこれじゃ美しく撮れないとか言うなよ」
アデニン隊長は笑いながらそう言い、ワタシの肩を優しく叩いた。
それがその一つだよ、と言わんばかりの笑顔だった。
バスターランチャーをその場に残し、シルエットに向かい歩き出す。
ブラスターナイフを持つその両手は、刃先から起きる超振動波の影響で二重、三重に見える。
粒子レーザーが効かない相手に、たったそれだけで……。
何も出来ない、後ろめたさ。
悪いコトなど無いはずなのに、これはなんの感情だ……。
拾い上げたレールガンを再びシルエットに向ける。
三度目の警告。
司令部は四度目で発動させるのか、それとも五度目か。
もしかしたら、既に発動していて、ワタシは夢を見ているのかもしれない。
どうでもよくなって来た。
何もできないのなら、いっそこのまま……。
状況を察するコトが出来ないウェッジが告げる。
「環境変化あり。ストームが晴れます。気温上昇中。メモリ運用に気をつけて下さい」
ウェッジの声がそう伝えると、砂と埃の隙間から日差しが降りてきた。
無数の光りの筋が錆びた大地を照らし出す。
一本の光りが生命体
通常視界に戻った瞳に映るその姿は、ワタシを写す鏡のようだった。
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