第8話 シンライ
「予想以上にキツイ砂嵐です。
「了解した、チミン。セリ少尉、聞いての通りだ。電磁誘導はハッチ横だ。準備しろ」
揺れ幅が大きくなる機内で三点ベルトを外し、準備に取りかかる。
強化スーツに備え付けてあるプラグに、電磁誘導装置の周波数を同期させる。
操縦席からやって来たアデニン隊長も、揺れる機体に翻弄されながら同じ行動を取る。
「目標地点まで、残り250m。上空100mからカウントします」
「了解。今からハッチを開ける。下圧に注意してくれ!」
通話がオープンラインになり、直接耳に届く声。淡々と進む行動に、まだ戸惑っている。
これが本当に最良の選択肢か、と。
扉が開くと同時に、機内の気圧が一斉に吐き出される。背中を強く押されながら、大きく開け放されたハッチに近寄り、外部の様子を眺める。
砂塵が吹き荒れるその様子は、地球がもう我々の手の届かない場所にあるように見えた。
隊長がワタシの肩を叩き合図する。
正常にプラグが接続されているか、お互いの目で目視し、問題がなければ頷く。
それが終わると、隊長の指先が電磁誘導装置のスイッチをONする。
二人の胸にあるプラグが輝き出した。
「準備OKだ。カウント50でセット。セリ少尉いいな!」
「……了解」
隊長はワタシの態度に気を悪くする風もなく、ハッチから身を乗り出し、チミンのカウントを待つ。ハッチの両側で立つ二人、外見は同じでも、中身は違う。
態度の矛先が機体の壁に向けられる。
それだと分かる音が機内に響くが、相手には響かない。
プライベートラインが突然ONになる。
どうやら違う相手に響いたらしい。
「セリ、分かってくれとまで言わない。隊長も私も、全て飲み込めている訳じゃない。今優先すべきは、それじゃない、と言うだけだ」
「……言われなくても……。理解しているつもりだ」
「そっか……、余計なお世話だったな。降下直前だというのに済まなかった。隊長を頼む。では、ご武運を!」
チミンはそう言い終わると、一方的に切れた。
これではまるでワタシが駄々をこねているようではないか。
訂正思考が働くが、オープンラインを通してチミンの声が流れる。
「カウント開始、99、98、97……」
理解されようが、されまいが、時間は止まらない。
区切りは自我で決めろ、か。
「アンカー撃ち込みます」
開いたハッチから、アンカーロケットの発射シーンが目に入る。
一瞬で砂塵に溶け込み、消えて無くなる。
「着弾確認、誤差1.414m。全スタビライザー開放、ラッピング準備! 残り、78、77、76……」
スタビライザーのおかげで軽減されていく揺れ。しかしこれも、ほんの僅かな時間だけ。
降下タイミングをミスれば、大地と直接触れ合うことになる。
ふう、出過ぎた思考だ。
メモリから削除する。
「ウェッジ、SenseセンサーをLowに変更。赤外線モード、スタート」
「了解。各センサーをダウン設定。通常視界から赤外線視界に設定変更完了」
思考すれば済む命令を、あえて声にする。
今のワタシには、それくらいしかない。
頭上のLEDがレッドに光り、チミンの合図が届く。
「53、52、51、50……OK! GO、GO、GO!」
グリップを手放し、重力に従いながら自由落下して行く。
飛び出したと同時に、胸のプラグが反応して一本の線が画かれた。
砂嵐の影響で何も見えないが、先にあるアンカーへと伸びている。
少しすると強化スーツに強い振動が伝わる。急に重みを感じ落下速度が減速する。
大地に撃たれたアンカーの元へ、正確に引き寄せられる二人の隊員。
大きく開いた両手両足に砂塵が纏わり付き、強化スーツの上からでもザラついたイメージが入力される。
この感触だけが、地球であることを知らしめる。
再び強化スーツに衝撃が伝わり、一段回上の減速が始まった。
ウェッジが着地までの距離を計算する。
「減速域に注意。着地と同時に誘導レーザー遮断。着地まで、8、7、6、5……」
減速力が最大限まで近づいた時、シップから眺めていたあの錆びた大地が目に入った。
広げた両手両足を整え、着地に備える。すべては瞬き一回分に満たない時間で行われる。
着地と同時に最大限まで機能していたレーザー光が消え、それまで守られていた体重が一気に本来の重さを取り戻す。それに加え、加速も付いて来た。
それらを支えるには、細すぎる二本の脚。
重力加速度によって倍増した体重を、体全体で受け流すことで回避する。
三回転ほど回り、片膝をついて立ち上がった。
ウェッジがダメージ率を2.645%だと知らせてきた。5%以内であれば上出来だ。
しかし、この些細な蓄積が、リストアに繋がると思うと嫌気が差した。
3時方向からこちらに向かって来る隊長が、モノクロ映像で映し出される。
通常視界は、ほぼゼロ。
個体シグナルと赤外線センサーで、お互いの姿は真っ白なシルエットとなっている。
「問題はあるか?」
オープンラインを通して直接響く声に、片手を上げて応える。
それを視認して、隊長も同じ仕草で応じる。
「チミン、着地OKだ。見事なホバーリングに感謝する! アンカーは現在地で固定、GPSモードに変更。シップは合図があるまで上空待機だ!」
「了解。警戒態勢にて待機します!」
シップの場所を予想して見上げるが、赤外線センサーにも捉えきれない。
離れ過ぎてしまったのか、それとも砂嵐の影響か。
なぜだろう、迷子のような寂しさをメモリが受け取った。
足元にあるアンカーの先端が赤色に灯る。
ここが帰る場所だよ、と慰めてられているような気がした。
「セリ少尉、行くぞ」
何の変化もないアデニン隊長の声に、自我のみを優先するように思考する。
砂嵐の中を歩く隊長のシルエットは、時折幻影を見ているかのように砂塵で掻き消された。
3分ほど同じ状況が続く中、立ち止まったシルエットの先に高さ2m弱の壁が見えた。
よく観察すると、一部崩れた箇所がある。
足を止めていた隊長は、背負っていたバスターランチャーを下ろし、折り畳まれていた銃身を伸ばす。
――カチャ
と心地よい音が響き、壁の高さと同じくらいの電子銃が誕生した。
胸のプラグとバスターランチャーを向かえ合わせにして、識別させる。
それに合格したのだろう、バスターランチャーが生き返ったかのように瞬く。
「さあ、ここからが本番だ。物理センサーはMAXに設定してくれ。後、私の合図があるまで、そのオモチャのレールガンはしまっておけ。それと私より前に出るな」
「え? ただ突っ立っておけと言うのか!」
「そうだ。そう言ったのが理解出来なかったか。私の背後に居るだけでいい。他は何もするな」
「……新人訓練じゃあるまいし、ふざけるな!」
「微妙に違うがハズレでもない。まぁ、そんなに熱くなるな。直ぐに分かる」
更に声を発しようとしたが、シルエットは壁の隙間へと進み、心細い新人さながらに後を追いかけた。
「バカにしているのか、こう見えても……」
そこで声は途切れた。
隙間の向こうのシルエットが突然振り向き、ワタシと対峙する。
「バカになどしていない。セリ少尉は立派な軍人だと感じる。ただこの場では役に立たない。それ以外の主観はない。気を悪くするな、これも立派な上官命令だ」
何をどう理解すればいいのか、全く分からない。
地球まで連れてきて、背後に居ろとはどのような任務だ。
仮にそうだとしても、誰でも果たせる任務ではないか。
メモリが激しく思考するが、その一方で上官命令という言葉が響く
犯した罪を、置き忘れる訳にはいかない。
地球に降り立つ意味がある限り、始めから選択肢はないのだと。
せめぎ合う思考のループ。
と、突如想像すら出来ないコトを耳にした。
「私も少尉も、ここに来るのは二度目。一度目のお前さんは直ぐあの世に行ったから、この後の展開は知らんだろうがな。ようはアーカイブだけが真実じゃない、ってことだ」
バスターランチャーを腰に溜めたシルエットが、そう語り掛けた。
「……どうしてそれを」
「そこに居合わせたのが、私だった。それだけだ。もう失うなよ」
増殖する疑問と謎。何をどう演算したらいいのか、分からなくなって来た。
なら、反逆のコトも……。
「少尉、止まれ! 前方約10mに生命体反応。ここから先、私の命令に疑いや不安を持つな。従わない場合、二度目のあの世が待ってるぞ! いいな、返事は!」
生命体……反応……?
死滅したはずじゃなかったのか?
「ちょっと待て。生命体ってなんだ? 二度目だと……ワタシは……」
「そうだ、その生命体にやられた。とは、ちょっと違うが、似たようなもんだ」
疑問と謎が激流のように流れ、メモリが熱を持つ。
「……分かるように説明してくれ!」
「なら、従え。それが一番の近道だ。お前も軍人なら理解しろ!」
どこかで見たようなアーカイブ。
これも『人類の為』、だと言いたいのか。
交錯する思考の束。
だが、答えは決まっていた。
ワタシは葛藤する思考を強制的にスルーして、付随するすべてのモノを削除する。
最良の選択肢は演算処理するまでもなく、自動的に導き出される。
この場合は一つ。
「了解」
繰り返し起きる不可解な連鎖。
この連鎖の楔を断ち切ってくれるのは、アデニン隊長と未知の生命体かもしれない。
今は、それを信じるしかない。
他に選択肢があれば、きっとそれを選んでいるだろうが、何をしても見つからない。
しかも、出会って数時間しか経たない隊長に、これほどの信頼を寄せているとは。
口元に笑みが浮かんだが、ゴミにもならいないと切り捨てた。
目の前のシルエットが低い姿勢を取る。
バスターランチャーから二本の脚を伸ばし、大地に根を張る形になった。
間違いない。アデニン隊長は、その正体を知っている。
バスターランチャーをしゃがみ撃ちする相手など、ワタシは知らない。
セレクトレバーをマニュアルに引き入れ、トリガーに指を添える。
なるほど、全てを見越しての今、と言う訳か。
隊長の背後に周り、同じ姿勢を取る。
「よし、いい子だ。そこに居て
赤外線モードでなければ、ニヤリと笑う横顔が見られただろう。
しかし今はその声に、再び了解とだけ答えた。
消えたアーカイブとメモリの因子が、
ワタシを反逆の道へと導いた相手が、
疑問と真相を抱えたすべての起点が、
死滅したこの星で、ワタシの帰りを待っていた。
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