第7話 笑顔とフィクション


 「すまない、笑うつもりはなかった。つい……」


 ニヤニヤされて言われても、説得力ゼロだ!


 「コラ、チミンもういいだろ。セリ少尉に失礼だ」


 「え――、うはは、ごめん……」


 チミンのその笑いを見ていると、恥ずかしいという認識から、いつの間にか可愛いに変化していた。不思議と嫌な感じが残らないのは、彼女が持っている何かだろう。

 

 この現象は、……チェチィと同じ。感情というヤツなのか。


 「セリ少尉は素直でいい。お前のようなヤツは好きだ! ありがとう」


 感謝されている意味も分からず、隊長と視線を合わせていると、



 「オペレーターSSCより、AW1、AW2各機に連絡。目標地点のGPSシグナルを送信します。確認後、セット願います」


 「やっと来たか! こちらAW1、了解。よろしく頼むよ」


 「こちらAW2、了解」


 デジタル処理されたクリアーなチェチィの声。

 それに素早く対応する二人の隊員。もう、笑顔は消えていた。


 「AW1からAW2へ。聞いての通りセット完了後、セミモードでスタンバイ」


 「AW2、セット完了、セミモードスタンバイOK」


 どうやら僚機は、AW2と言うらしい。

 というのもこの部隊では、始めからコードネームを使っていない。

 機体には、コードネームらしき呼び名を使っているが、個々のメンバーにはそれがない。

 自己紹介の時にも聞かなかったし、プロフィールにも出てこない。


 否、「ない」という表現が不正解で、呼び合う名が既にコードネームなのかもしれない。


 「セリ少尉。もうすぐ目的地周辺だ。降下準備してくれ」


 アデニン隊長にそう言われ、なぜか聞き返す。


 「隊長。向こうには誰が?」


 降下準備と言われ違う返答をしたので、一瞬嫌がられるかと思ったが、彼女は素直に反応してくれた。


 「あ、そうか。発着デッキで会わなかったんだな。じゃあ、代わりに挨拶しておく。AW2には、副隊長のシトシンと戦略担当のグアニンが搭乗している。二人ともいいヤツだから、よろしく頼むよ」


 これで確信が持てた。ゴースト部隊の隊員は名で呼ぶらしい。

 ワタシは任務中、私的感情をインプットしたくないのでコードネームの方が好きだ。

 馴れ合いも親しさもなく、緊張関係でいたい。


 ん、何を恐れている?


 思考が泳ぎ過ぎて感化されたのか、「了解、ワタシの方こそ宜しく頼みます」、と応えてしまった。

 一瞬笑われるかと身構えたが、予想は外れ。

 操縦席から覗く二人の顔には、感謝のような表情があった。

 飛び入りのワタシでさえ、それが普段通りの振る舞いだと分かり、メモリが軽くなった。

 

 目標地点に向け次第に降下が始まると、時折激しく揺れ、地上付近の残り少ない大気が荒れているのだと推定出来た。

 窮屈な座席は胴体から伸びる三点ベルトでしっかり固定され、ほとんど自由が利かない。

 それでも何とか無理に首を傾けて、小さく開いた窓から地球を傍観した。

 

 眼下に広がる赤く錆びた大地には、人類が作ったとされる建造物が埃と化し、点在している。

 舞い上がる埃や塵、時折窓に当たる砂の塊。

 そんな特異な世界を、ランデブー飛行する二機。


 そう言えば、僚機はどこだ?

 反対側か?


 座席の正面には、両開きのハッチ。それを避けるように小窓がある為、直接見られない。

 

 それが何だ? 

 と、自我の中で思考した刹那、


 「こちらAW2、グアニン。8時方向より接近する機影発見。識別シグナルなし、当機からのアクセス反応なし、該当するアーカイブなし。未確認飛行物体と断定。予測進路から約5分後に当飛行エリアに接触! 指示願います」


 戦略担当だと紹介されたグアニンの声が届く。


 「AW1、今確認した。ステーションへの照会は間に合わない。飛行物体をL1とする。セミからマニュアルモードにチェンジ、戦闘準備。但し私の指示があるまで、戦闘は控えろ。それとGPSシグナル座標は変えるな!」


 「AW2、了解。L1をレーダーに入力。マニュアルにて戦闘準備!」


 通信状況から伝わる緊張感。

 しかし、今の二人は最初から知っている風でもあった。

 戦闘部隊であればこれくらい、落ち着いて対応出来るだろうが、それが過ぎる。

 予め計画に入れ、それがスタートした、という印象を受ける。

 任務内容も分からず同行しているワタシだからこそ、そう思考した。


 完璧過ぎる。


 あらゆるモノが死滅したと言われる地球で、飛来する物体とは何だ?

 仮に予測出来ていたとすれば、それの意味することは?


 余りにも不可思議な状況下に、メモリが錯覚を起こしそうだ。

 と、その時、反対側に空いた小窓から激しい光りが差し込む。

 

 機内が真っ白に覆われる。


 オートで目にブラインドが降りた。戦闘準備体勢でなければ、今頃網膜システムは焼かれていただろう。

 理解出来ないうちに、機体が激しく左右上下に揺さぶられる。

 天地が不明になる状況にシンクロするような轟音。

 死を感じることがないワタシ達だが、きっとこのまま大地に激突すれば死ぬのだと意識する。

 それに対する恐怖はないが、死ねない体のせいで冷静でいられる分、何時それが訪れるか思考する時間がある。

 空虚だと分かっていても、受け入れるしかない。


 コクピットから届く警告音、危険を知らせるアナウンス。

 そこに座る二人も又、それを達観している。


 「チミン、現状報告。損傷箇所をスクリーン表示。スタビライザー、フルオープン。出力制御のみ私に回せ! 後は、オートモードで対応させろ」


 指示を受けた彼女は、思考するより早くコンソールやパネル類に手を伸ばし操作する。

 荒れ狂う遠心力と地球の重力の狭間で、体内のオイルが偏り混ぜられる。

 それを並外れた技量で交わしていく。

 数十秒後、機体はあっさりと水平を取戻し、安定飛行を始めた。


 訓練の成果か? 

 知っているがゆえの結果か?


 ワタシの思考が、後者を選択すれば、やはりこの部隊は狂気以上の暴走状態だと言える。


 「報告! 9時方向からの爆破による衝撃波と断定。アナライザーから、AW2の機体の一部を検出。尚、L1、AW2共にロスト。AW2は、現時点で撃墜されたと予測」


 「チミン、了解。報告、分析は終了。我々は一旦高度を下げ、目標地点に急ぐ」


 「了解。高度1732mから721mにセット。急降下開始!」


 強烈な重力加速が体全体を締めつける。

 二人のそのやり取りに、不満がある訳ではない。冷静沈着で、的確かつ迅速。

 だからきっと報告された通り。


 で……終わりか? それだけか?


 言葉すら交わしていないAW2の隊員達であったが、何かが違う。

 こんなにも造作なく、先へ進んでいいのか。

 上手く理論づけ出来ないが、何かもっと別の方法があるはず……。


 「こちらオペレーターSSC。たった今、AW2の識別反応ロスト。確認願う」


 馴染みのあるチェチィの声が、かすかに届く。


 「こちらAW1。当機もAW2識別反応ロスト。現時点では撃墜されたと予測。繰り返す、AW2は撃墜されたと予測。これまでの内容をアップロードする。分析はそちらで。以上だ」


 「オペレーターSSC、了解。データー確認します」


 間違っているのは、ワタシの方なのか。

 隊長もチェチィも普段通りの対応を見せる。

 それはまるで、結果ありきのように聞こえる。


 やっぱり……そうなのか……。


 「セリ少尉。まもなく目的地周辺だ。降下準備をしてくれ」


 「……」


 「おい、聞いているのか? 降下準備だ」


 「あ……、わかった」


 「急いでくれ、余り時間がない。着陸後、シップは上空待機になる。砂嵐が来る前に降りたい」


 話している意味は分かる。

 危険を伴うことは最小限に留めるのが定石である。

 但し、それは何も起きていない状態での定石ではないのか。今しがた僚機を失ったばかりの対応にしては、違和感があり過ぎる。

 口から言葉がこぼれる。


 「アデニン隊長。AW2の捜索は……しないのか?」


 「ん、聞こえてなかったのか? AW2は多分……撃墜された。状況からいって助からんだろう。あれだけの衝撃だ、諦めるしかない」


 「そうだとしても……」


 「何が言いたい? 引き戻して、バラバラになった機体を、体を捜せというのか? 悪いが私たちには任務がある。それに、今引き返して同じ状況に遭遇したら、お前は私たちを救ってくれるのか? 折角助かった命だ。有効に使わせてもらう」


 「命だと? 命が大事なら……」


 「大事ならなんだ? はっきり言ったらどうだ、セリ少尉。大事だからこそ、捜せと。ふん、理屈は分かるが、論外だ。軍人ならそれくらい自身で判断しろ。さあ、戯言を止めて降下準備をしてくれ」


 アデニン隊長はそう言い切り、前を向いた。

 優先、見込み、可能性。これらの一番を常に選択する。それが我々軍人の責務。

 そう難しいコトではない。

 状況を数値化しメモリに入れるだけの簡単作業。後はプログラムが勝手に演算し選択してくれる。


 でもなぜか、上手く機能してくれない。


 反逆行為を犯してまで助かったこのメモリに、一体何を刻めばよかったのか。

 

 今となっては、ワタシがフィクションのように思えてきた。

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