第6話 自己紹介
クローズモードが解除されたのは、それから5時間余り経ってからだった。
前回起きた事故の教訓から、区間は元より、個々に対してもネットワーク制御出来るように手が加えられ、被害が及ばないと判断される場所や搭乗員から順次開放されていた。
その甲斐あってかメモリ被害を訴える人の割合は少なく、それでも前回より遥かに多い人々が苦しんだ。
リストアこそされる人はいなかったが、支障を来たす人は、全セルズの40%にも達していた。
解除されるまでの5時間、ワタシは救急対応マニュアルに沿って、被害を訴える人々をメディケアセンターに運び入れた。
ごった返すセンター内でワタシが見たモノといえば、自我ばかりを優先し、押しのけ、我侭を言い、怒り、暴れる人の群れだった。
人類の監視役を仰せつかり、安全、安心の保全を託された人達が働いているというのに、この実情を見せつけられたワタシは、深い孤独を感じていた。
そんな人々への対応が終わりに近づいた頃、ウェッジに一つのメールが届いた。
オートで開く3Dスクリーンに、メールの内容が映し出される。
読むまでもない。赤い枠で囲まれている時点で予想がつく。
確か……このメールを受け取るのは、二回目。
ワタシが所属する
時を置かず、この伝達。司令部達の思考は、一般のそれとは違う。
エレベーターを使い、司令室に向かう。
そこで乗り合わせた人々が口にすることと言えば、やはりあのウィルスのコトだった。
失われた3名の研究員のことなど、もう過去のコトとして処理されているのだろうか。
だとしても、責めることは出来ない。これだけの損害を作り出したウィルスの情報は皆無。
クローズモード全面解除のアナウンスが流れてから、司令部は沈黙を守っている。
警告なしで突然発動された、Z-0982。事の真相が気になるのも仕方がない。
だからこそ、リナ司令官に対する真実と虚構が入り混じるのだ。
今も監視機能の10%は失われている。
裏を返せば、人類の生存率がそれだけ無くなったと言うことだ。
30億人の10%。
彼女が行った行為は、セルズ全体に及ぼす損失よりも大きいことになる。
果たしてそれが、許される行為なのか。
重大すぎる命令に、過失はないと言い切れるのだろうか。
気づけばエレベーターのドアは、閉じようとしていた。
慌てて体を投げ出し、センサーに感知させる。強引に開かせたことに、謝罪を入れる。
しかし、それを受け入れる人は誰も乗っていなかった。
メモリを通常に戻そう。これから会うであろう人物の前では、すべてが邪魔になる。
エレベーターから前だけを見て、一直線に歩んだ。
「セリ少尉。命令に従い、出頭しました」
前回と同じ対応を見せるリナ司令官。
しかし、今回の我慢比べはワタシの圧勝だ。
どれだけ待たされようが、今のセリフに次はない。
ただ直立不動で、沈黙して立っておけば良い。
従って、ワタシに負ける要素はない。
しばらくの間、そのままの状態で待たされた。
すると背中越しにエレベーターのドアが開く気配がし、精悍な足音が幾つか耳に入ってきた。
ワタシに気遣うことなく、それらは横に整列し、踵を揃え、音を鳴らす。
「ゴースト部隊、着任しました」
「早速だが今から地球へ行き、再調査を命じる」
「了解! 隔離ブースについてはどうされますか?」
「別隊に調査させる。お前達が気にすることはない」
「了解! 失礼しました。直ちに出発致します!」
綺麗に揃った音が再び聞こえ、司令官に最敬礼する。
ゴースト部隊。殺戮、殲滅、隠蔽、暗殺を目的に組織された部隊だと聞く。
なぜこの時代に、そのような部隊が存在し得るのかは定かではない。
そもそも、ゴースト部隊という名の時点で、絵空事だと認識していたからだ。
人類の本当の敵は、人類の内側に潜んでいると知った時から人々は争いを止め、個々の体内にあるDNAと闘って来た。
過去を学習しない人類が繰り返し続けてきた人同士の殺し合い。それがやっと終焉を迎えることが出来たという功績は、唯一無二に誇れることなのかもしれない。
それなのになぜ、今ここ?
全身黒単一で整えられ、頭上からはローブのようなモノが垂れ下がり、膝下まで及んでいる。
横顔から見えた口元は、黒いガードのようなモノで覆われている。
それが際立って見える為、目から伝わる感情を読み解くことは難しく、一層恐怖を煽っていた。
何か得体の知れないモノで、バッサリと深くえぐらそうなイメージを彷彿させる。
部隊は、入って来た時と何一つ変わらぬ足音で引き返えす。
変わっていたのは、ワタシへの処遇だけだった。
人を屈服させるような声の女性が、ワタシの真後ろで話し始めた。
「セリ少尉、私はゴースト部隊隊長のアデニン。君はたった今、我々の傘下に入った。以上だ」
その言葉の意味を理解するのに、コンマ何秒か時間を要した。
リナ司令官とワタシの視線が絡み合う。
きっとそういうコトなのだろう。
納得はしない。
お前には聞きたいことが溢れている。
ワタシは踵を返し、再び歩き出していたアデニン隊長の後に続いた。
発着デッキまで無言のまま進むと、見慣れないシップを目撃した。
あれはきっと彼女達の専用シップなのだろう。
識別番号すらなく、真っ黒に塗られたその機体に、どこまで黒が好きなのか聞きそうになった。
頭を振り、その思考を消そうとする。
本来人が馬鹿げた考えなどを振り払う時によくやる仕草だが、今のワタシ達には通用しない。
アーカイブやメモリに刻まれたデーターは、物理的に壊すか、デリートするまで消えることはない。
ふと、拙い思考をしていることに気づき、メモリ領域から削除する。
この馬鹿げた思考の原因は、分かっている。
何時も背を向けてワタシの前に立つ女性が、網膜に浮かぶ。
なぜ、もう一度地球なのか。この部隊と同行する意味は。クローズモードを発令してまで、止めないといけないウィルスとは。それはどこから侵入したのだ。
宇宙に漂うステーションに、有線で繋がるモノなどない。
例えネットワーク感染だとしても、隔離ブース内で最初に発生する根拠が分からない。
数ある疑問に、どれ一つ回答が得られない。
それらを封じるには、頭でも振る他なかったのかも知れない。
幼稚で能力不足のワタシに出来ることは、それくらいしか出来なかった。
「ねえ貴方。不慣れだとしても、機体の外見チェックくらいは出来るよね? ボーとしてないで、それくらいは手伝って」
そう声を掛けて来たのは、隊長がチミンと呼んでいた人物だった。
背格好はワタシとちょうど同じくらい、髪の毛の長さもショートで同じ。
発着デッキに到着すると直ぐに、頭上から垂れていたローブを一番に脱いだ一人だ。
この部隊にとって、それはあくまでも象徴のような飾りに過ぎないのだろう。
暑苦しいだの、めんどうだの、前が見にくいだの、文句ばかり言っていた。
頭上のローブに口元にはガード。この容姿で任務にあたれという方が狂っている。
今は、四名全ての隊員が、恐怖の象徴を脱ぎ捨てて、本来の姿であろう黒一色に纏め上げられた強化スーツに身を包んでいた。
初めて見るシップを直接手で触れながら、ウェッジの表示を眺め、異常がないか確認して周った。
集まったデーターをチミンと名乗る女性隊員に渡し、これから乗り込むのであろう機体を一望した。
前回、地球に降りたった後のデーターは消失し、そして、腑に落ちないまま命令違反を行ったと伝えられたワタシ。同じようなことを、再現させはしない。
ウェッジの内部メモリを二重化し、その一つをリネイム化した後、全く違うアーカイブとしてセーブする。予め、ネットワークに仕込んであるバックドアを利用して人工衛星へ送り込む。
この仕掛けが発覚し、如何なる処分が下されようとも、ワタシは二度とあのような不快で、不安な感情を持ちたくない。
左腕にあるウェッジを見つめていると、アデニン隊長が声を掛けてきた。
「そろそろ出る。用意が整ったなら搭乗してくれ。地球に着くまでリラックス、なんならゲームでもして遊んでいても構わない。君の左腕が、司令部にバレるような行動以外はな。それと、黙認する私のことを少しでも愛おしく思ってくれるなら、現地に着くまでは遠慮してくれると嬉しい」
そう言って、高々に笑ったアデニン隊長。
外見通りのあざとい観察力と揺るぎない威圧感。
それらを上手く変換させ、人に不快を感じさせないセンスには、正直驚かされた。ワタシのアーカイブにある上官と比較するには、種別が違い過ぎる気がして止めた。
そんな隊長ではあったが、口元のガードを外したその下から現れた、頬に残る大きな傷跡。
リストアで、消したくない何かがあるのだろう。その痛々しいまでの傷跡は、相手を威嚇するには大きすぎる。
種別は違っていても、周りに発する気配は同種だと感じた。
ワタシが搭乗すると直ぐにシップは動き出し、馴れた様子の操縦で素早くステーションから遠ざかった。
地球の影から抜け出したシップは、太陽の光りが当たる地球を眼下に飛行する。
そこに広がる地球の色は、錆びた鉄を敷き詰めたような光景が果てしなく続き、ステーションで無理やり眺める光景と一致した。
生命体が死滅した場所に、どんな調査対象があるというのか。
そう言えば、リナ司令官は確か……再調査と……。
ワタシの疑問をよそに、シップは20分ほど飛行し、薄くなった大気圏へ突入した。
昔に比べ3分の1ほどになった大気は、地球の重力にさえ気を配っていれば、誤って燃え尽きるようなことも、10分以上掛かったと言われる通信遮断もない。
昔のような恐怖に囲まれながらの大気圏突入、地球への帰還劇は無くなっていた。
そもそも帰還するという言葉はステーションに与えられており、この星ではない。
もっと違った見方をすれば、人類の故郷は人工衛星の中にあるのかもしれない。
「隊長。まもなく第一大気圏を突破します。目標地点マーカーの指示願います」
「了解。確認した……と、言いたいところだが、詳細は司令部待ちだ。ネタはギリギリまで明かさないらしい」
「へえ、それって素敵ってことですよね?」
「素敵が付くほどの商品が、地球にあるか?」
二人して、豪快に笑う。
これが噂にしか聞かないゴースト部隊だというのか。
ワタシは後方にある粗末な座席の上で、意味深く見ていた。
「そうそう、まだ自己紹介が済んでいなかったな。すまんな、チミン」
「そうでしたね。では、隊長様からどうぞ!」
コクピットの二人が、同時に顔を反らしワタシを見つめる。
「遅れて申し訳ない。改めて自己紹介させてもらう。私はこの部隊を指揮しているアデニンだ」
「はぁい! 私は通信担当のチミン。よろしくね」
と、わざわざ操縦席から半身を乗り出し、首を傾けウインクをした。
それを見ていた隊長が指を差しながら又、声を上げて笑った。
チミンが失礼だとか、傷ついたなどと叫び、隊長に詰め寄る。
いつしかそれは、隊員二人の茶番劇になっていた。
こ、これが本当に……。
混沌とするワタシを逃がすまいと、気を取り戻したウインクが飛んでくる。
「どうぞ、次ぎは貴方だよ」
そう言って、操縦席のヘッドレスに両手を乗せた。
アデニン隊長までもが、同じ姿勢をする。
勝手に進行しだす物事に、メモリが処理しきれない。
「あ、どうも。
何から逃げようというのか、そんな弱腰な声で自己紹介が終わった。
ワタシが自己紹介を始めてすぐ、二人の隊員はヘッドレスに顔を無理やり埋め、その両肩は小刻みに震えていた。最初は自己紹介から来る緊張で、何をしているのか理解出来なかったが、それが終わり改めて二人を眺めると、その意味が理解出来た。
無音の笑いがこんなに恥ずかしいコトだと、その時初めて経験したのだ。
「な、何がおかしい! ワタシは自己紹介しただけじゃないか!」
「す、すまない。謝る……あははは」
隊長は堪えきれず、声に出して笑い始めた。
それに同期するかのように、チミンも釣られて笑い出す。
「お、お前たち……。大体、自己紹介なんて要らないだろう! 対面すれば目の中にプロフィールは出る。これは新参者に対する嫌がらせか!」
激しく笑われていることに、つい声を張り上げる。
いや、それくらいでないと、二人の無神経過ぎる声にかき消されてしまう。
笑い止めない二人。
それを見るワタシのメモリは、なぜかクリアーな状態に陥っていった。
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