第5話 当事者

 「以上だ、ルームで待機しろ」


 いつもの口調に、ワタシは直ぐに反応出来ないでいた。


 ワタシが、反逆……それをお前が助けた。

 覚えていないからと言って、事実は無くならない。

 だから、従えと。


 ワタシはこれ以上の失態を重ねるほど壊れてはいない、と思考したい。


 「警告。異常な圧力を感知」


 左腕に巻き付いているウェッジがそう告げる。


 「黙れ!」


 「警告。圧力上昇中。掌が限界を超えます。開放して下さい。破損まで残り、21,20,19……」


 目を閉じて、振り返る。

 この警告を解くには、納得して諦めるか、自我のメモリが壊れるか。

 そのどちらかを選択すればいい。

 しかし後者の場合、掌が生き延びても本体が壊れれば無意味だと気づき、苦笑した。

 感情を数値化し読み解いても、それに対処する方法や正しい選択は、経験から生まれる。

 システムにとってまだ、未知の領域と言う訳か。


 ワタシは不器用なのか。ワタシは不良品なのか。ワタシは不必要なのか。



 ■緊急事態発生 緊急事態発生 緊急事態発生■


 「警告Warning! Cセルズステーション隔離ブースにてウィルス発生。警告Warning! Cセルズステーション隔離ブースにてウィルス発生」


 咄嗟に振り返り、浮遊モニターを見る。何百もの浮遊モニター全てが同じ内容を伝えている。

 監視室から飛び出して来た数名の監視員が、司令官に掛け寄る姿が見えた。


 全ての事柄が、後回しになる。


 「ウェッジ、警告内容把握! 急げ!」


 ウェッジが返答するよりも早く、司令官の前に3Dスクリーンが浮かび、司令室内にあるオペレーター席が映る。その中の一人に焦点がズームインされ、チェチィの姿が映し出された。


 「司令官、Cセルズ隔離ブース内にて感染型物理ウィルスを検知。3名の研究員が感染したもよう。尚、安否及び、感染経路は不明。今も隔離ブース内で物理感染拡大中。アーカイブに該当ウィルスなし。未知と判断し、緊急対応手順No.D-0112にて隔離ブースを完全閉鎖。指令願います!」


 流石としか言いようのない手際の良さ。


 「よし、D-0112はそのまま継続。ウィルス分析とワクチン急げ! 全セルズ及び、全搭乗員にクローズモード発令! これは緊急事態だ、例外は認められん! 全てに発動しろ!」


 「了解。指令確認後、承諾願います。No.D-0112継続。No.S-7542にてウィルス対策開始。全セルズ及び、全搭乗員にNo.Z-0982クローズモード発令。特別事案の為、除外及び、特例処置不可。以上確認、承諾願います!」


 「司令官権限で承認する。発令しろ!」


 「え、クローズ? 全てにだと!?」


 ワタシは、声に出して叫んだ。

 クローズモードが発令されれば、研究員はどうなる。いや、それどころかセルズ全体がどうなるか分かっているのか。

 その答えの一つが、直ぐ目の前に現れた。

 バカで笑えない司令官B W Cが、オペレーター達に近づいて行く。

 普段からネットワークに繋がれ、それが当たり前のように生活している人々。当然だと認識しているモノが、ある日突然奪われる。

 人類が死の恐怖を忘れた代償は、これなのかもしれない。


 誰とも、繋がらない。

 誰とも、共有できない。

 誰とも、話せない。


 それを承知の上で発令されたクローズモード。

 ワタシに言わせれば最良というだけで、内容は最悪だ。


 司令官のもとに駆け寄ろうした時、モニターに映るチェチィが突然入れ替わり、もう一人のトップが現れた。


 「リナ司令。どういった理由でNo.Z-0982を発令した。聞かせてもらおう」


 「D-0112で対応中だ。下がれ」


 「いいだろ。D-0112は了解した。だが、忠告も警告もなしにZ-0982とは、お前らしくない。一体何がそこまでさせるのか、説明くらいはしてもらおう」


 「あとで説明する」


 「どうしたというのだ。何があった? Z-0982の前に、別の対応策もあるはずだ。緊急とはいえ、リスクが大き過ぎるのではないか? あえて遠慮なしに言わせてもらうぞ、リナ司令。その根本原因を知っているからじゃないのか?」


 グループからスタンドアローンに格下げになった脅威が、全搭乗員に行き渡るのに、そう時間は必要ない。

 二人のトップが悠長に話している間にも、クローズモードは止まらない。

 ワタシは急いで司令室を後にした。

 リナ司令官が発令した命令の経緯を聞くより、今は大切なことがある。

 Cセルズ隔離ブースまで走れば4分強。近寄ることさえ出来ればそれでいい。推測を誤っていなければ、ギリギリ間に合う。


 司令室からCセルズステーションに伸びる通路を、エレベーターは使わず、走った。

 途中、頭を抱えうずくまる人。二人で抱き合い慰めあう人。宇宙をただジッと眺め止まる人。

 まともに見える人など、ほとんどいなかった。

 BWC達が、忙しく駆けずり回り、質問し、チェックをしている。

 対応しなければならない人の多さに、それもパニック状態だ。

 こうなるコトは予想可能な範囲のはず、なのにどうして。

 既に持て余している怒りと不安の矛先が、さらにリナ司令官へと集中する。



 以前、想定外のスペースデブリ衝突によりNセルズ本体に穴が開くという、破損事故が起きた。

 その穴が原因でNセルズ全体の空気圧が低下し、それを食い止める為、穴の開いた一部区間だけを緊急閉鎖したことがあった。

 閉鎖する際、Nセルズ全体のネットワーク遮断という操作ミスも同時に処理された。

 その結果、そこに居た合わせた搭乗員達のネットワークは失われ、スタンドアローン化した人々が大規模パニックを起こした。

 それに気づいたオペレーターが直ぐに回復処理をして、事なきを得たように思われたが、失われた数分間に、Nゼルズにいる全搭乗員の3分の1に当たる、40名近いメモリに異常が発生した。症状の軽い人は、メディケアセンター内のメンテナンスだけで済んだが、中にはリストアを余儀なくされた人もいた。

 今もなおそれが原因で、眠り続けている人もいる。 


 今回はその比ではない。三つ全てのセルズに発動されているクローズモード、一体どれ位の被害が出るか。恐らく、原因の特定と処理を実行するまで時間を要することになるだろう。

 セルズ全体に及ぼす影響は時間と共に深刻化し、メモリに何らかの異常、又は破損が発生する人が多数現れることは確実。


 あのウィルスには、それを凌ぐ危険性が潜んでいるというのか?

 リナ司令官は、それを認識している?

 それほどのモノとはなんだ?


 次々と沸き起こる疑問と憎悪がオーバーフローを起こし、メモリから飛び出しそうになる。

 隔離ブースに辿り着くまでの間、人が狂っていくのを目の片隅に捉え、そう感じずにはいられなかった。


 ランダムに動く人の往来のせいで、予定より遅れながら隔離ブースの遮断防壁に到着した。

 急いでコンソールに視線を入れる。


 「警告。現在D-0112対応中の為、このドアは閉鎖されております。セリ少尉の権限で解除不可。警告。現在D-……」


 繰り返し流れるアナウンス。


 閉鎖命令が出ている以上、こうなることは分かっていたが、ワタシは諦めない。

 遮断防壁のコンソール下にある外部入力パネルに指を掛け、強引に引き剥がす。

 それと同時に警告音が鳴り響き、ウェッジから伸びたコードを躊躇なくデバイスに入れる。

 有線で外部から侵入し、研究員デバイスに直接アクセスを試みる。

 ワタシのプライベート仮想領域も含め、何とか3名分のストックは出来るはず。


 ウェッジのパネルが取り乱すようにON、OFFを続ける。


 「侵入完了。解析に残り、11,10,9……」


 「急げウェッジ、間に合わなくなる!」


 ゼロ表示になるその瞬間を待ったが、訪れるコトはなかった。

 何が起きたのか理解が出来ず、ワタシはウェッジとパネルを、二度交互に見直した。

 その両方に停止した原因はなく、どうやら他に原因があるらしい。

 接続したコードは、いつの間にか他者の掌に収められていた。

 ワタシの行動を無駄にさせた首謀者の方へ、ゆっくり視線を動かす。


 「邪魔するな! まだ中に人……」


 言葉は途切れた。

 それを握り持って立っていたのは、もう一人のナンバーワンだった。

 ほんの数分前まで、司令室のモニターに映っていた人物がどうしてここに。


 「今は、クローズモードが発令されている。勝手な行動は許されない」


 同じ地位にいるリナ司令官とは、真逆の存在感と言っていいだろう。

 その姿もしかり、髪は長く腰辺りまであり、その長さを上手く利用し綺麗なウェイブを画いている。瞳の色は、それに同期するような深い赤。

 厳しく見える表情からは、寧ろ暖かささえ漂う。


 「メモリが……消失……」


 「もういい。君が案ずるより、リナ司令は誰よりも分かっている。この私にさえ理由を告げず発動したのだからな。君も少尉の名を持つ軍人として、察してやれ」


 話の内容は分かる。

 だが、理不尽を正しく理解出来るほどの穢れたメモリを、ワタシは持っていない。

 反逆を犯した身だからと言って、ワタシは人類に対して、今目の前にいる研究員に対して……。


 だから、


 「だからなんだ! 黙って見ていろというのか! 直ぐそこに……直ぐそこに、手の届く場所にあるというのに……」


 震える声で、分かっていることを口に出して、攻めた。

 人類を監視する側の者にとっては、ワタシの発言は単純で愚かな我侭にしか聞こえないだろう。

 それでもワタシは、足掻きたい、諦めたくない、抗い続けたい。


 傍観者でないことを、ワタシは……。


 とその時、推測が現実になり始めた。

 遮断防壁にあるLEDが激しく点滅し、それに応えるかのように、チェチィの声が通路全体に木霊する。


 「間もなく、Cセルズ隔離ブースを分離します。近くにいる人は退避してください。繰り返します。Cセルズ隔離ブースを分離し……」


 遮断防壁に力の限り拳を叩きつけた。

 厚さ20cmもあるそのドアは、揺れることも響くこともない。ただ大人しくしている。

 ワタシの我侭を聞きいれてくれるような気がして、何度も何度も繰り返し叩いた。


 「セリ少尉。今は我慢だ。リナ司令官を信じるしかない。私に言われると辛いかもしれないが、全ては人類の為だ」


 そう言って、ワタシの肩に優しく手を置いた。

 慰めて貰っていることに、不快はない。

 こう何度も正論ばかりが続くと、稚拙なワタシのメモリでさえ判断出来るようになる。


 伸びたコードを受け取り、その場を後にしたシステイン監視官。

 彼女がワタシの横を通り過ぎる時、甘く危険な香りを感じた。


 それを漂わすことが、人類の行く末を見定める監視官だと、言わんばかりだった。

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