第4話 ワタシの疑問

 

 「ここでいいよ。ありがとう、大丈夫だから……」


 「んん、なになに? どうしたの?」


 「だから……」


 「セリは、ルームに帰るんでしょ? じゃ、近くまで一緒にいくぅ――」


 纏わりついている彼女を見て、これ以上何を言っても無駄だと認識し、好きにさせた。

 ワタシが今から行く場所を伝えれば、チェチィは必ず止める。絶対に止める。

 それが予測できる以上、今は彼女に従っているほうがいい。余計な時間を割く必要はない。


 しばらく一緒に歩き、別れの分基点に差しかかった。

 ルームへ行くワタシと職場へ向かう彼女。その両方を運ぶことが出来るエレベーターが、タイミングよく扉を開け始める。

 残念ながら一緒に居てあげられるのは、ここまで。

 閉まりかける直前までワタシの手を離そうとしなかったチェチィ、扉の向こうでもワタシを見ているのだろうか。


 何もせずその場に立っていると、バイオ・ウォッチ・コントローラー(BWC)が近寄ってきた。

 ワタシが付けた名は、バカで笑えない司令官。最後のCは、コマンダー 司令官からなぞらえた。

 ここで働くモノ達は皆、常に司令室にあるAIカメラと同様のシステムで監視されている。

 色んな意味で見張っているのだろうが、その中でもメモリ内に、異常数値や異常思想を検知された者は、監視対象者として質問を投げかけられる。

 返答内容に、アドバイスや忠告をしてくれる訳ではない。

 ヤツらは、独断と偏見で生み出された基準値を元に、バイオセンサーで読み取った値を分析し、チェックを行う。質問はその為の口実に過ぎない。

 結果、微量でも値を超えた監視対象者はその場で拘束、連行され、処置室での尋問、ナノマシンによる徹底分析が待っている。

 何もかもクリーンアップされた監視対象者は、それまでとはまるで違う完璧な平均スコアーを持つ、その他大勢の一員となる。

 必要なのは普通であり、上も下も必要ない。凡人であり続けることが重要なのだ。


 傍から離れようとしないBWCが、本体円柱の中ほどにあるバイオセンサーを光らせ、ウェッジ端末からメモリにアクセスしようとしていた。

 こうなるコトを見越し、既に擬似メモリは投入済みである。


 「キょうワ、カい的ですカ」


 「そう見えるか? バカで笑えない司令官!」


 言葉の意味を感じ取ることはない。読み取るのは値のみ。

 個性を嫌うシステムだからこそ、ワタシにそう呼ばれている。


 いくつかの光りが点滅した後、満足したのか、「スばらしイ、イちにちヲ、オ過ごし下さイ」、と喋り掛けてきたが、応えることはしない。

 擬似メモリに騙されたBWCは、又別の監視対象者を探しに、ワタシの元から離れて行った。


 ウェッジにセットしたまま、エレベーター表示パネルに視線を送る。

 応答したことを知らせる案内音が聞こえてきた。


 「特別許可区域への移動申請の為、スキャンします。……確認。セリ少尉と識別しました。Mセルズ内、司令室A3へ移動します」


 先程とはまるで違う、不快というモノを徹底的に排除し尽くされた声がそう告げる。

 却ってそれが、ワタシを不愉快にさせた。

 人に擦り寄る機械などいらない。バカで笑えない司令官BWCの方が、内容は別だが、よっぽど本来の機械に近くていい。


 そんな複雑な思考を持つワタシをエレベーター内のAIカメラは気にする風もなく、ステーション外壁に取り付けられているレールに沿って、音もなく移動し始めた。

 透明な硬質プラスチックで囲まれているエレベーターは、見たくもない宇宙を一望させる。

 嫌でもここが、地球以外の場所だと認識させられる。


 地球から4万km離れたこのステーションには、軍施設と人類の為の監視施設が入っている。

 施設は大きく分けて三つあり、その内二つはドーナッツ形状をしたNセルズとCセルズと呼ばれるステーションで、軍施設と移住空間が入っている。

 残りの一つは、そのドーナッツの中心に挟まれる形で、Mセルズと呼ばれる球体の司令本部がある。半分は司令室と監視施設、後は人類のアーカイブとメインシステムが凝縮されている。

 

 このステーション内に民間人は搭乗しておらず、更に離れた月の裏側にある、三つのコロニー郡の中で生きている。


 減ることを知らない人類。言い換えれば、増えることを忘れた人類。

 クローンは出来ても、新たな生命が誕生する訳ではない。

 人類はまだ、創造主の域には達していない。

 太古からある進化理論と細胞理論が組み合わさって人類はここまで来たが、アップグレードするには至っていないと言う訳だ。

 

 12時間掛けて地球を周回するステーションが、ちょうど地球の影に入る軌道に差しかかった。

 DNAを亡くしていない時代の地球には、暗部に無数の輝きがあったという。

 しかし今は、宇宙との境目さえ分からない。宇宙にはまだ煌きがあるが、地球は暗黒そのモノに見える。

 そのような不気味な星で、一体ワタシに何が起こったというのだ。


 失ったアーカイブとメモリ。


 プライベート仮想領域にその答えを求め検索をしたが、見事にデリートされていた。

 どうやら手抜かりはなさそうだ。ありがたいコトに、これで確信が持てた。

 ヤツ以外、あり得ない。


 ワタシは、ドクターテレスとのコミュニケーションアーカイブを見返していた。


 ◇ ◇ ◇


 ドクターがやって来たのは、ワタシが目覚めて30分後だった。

 その間、ベッドに押し倒されていたワタシを、チェチィの元から救出し、外で待っているようにと半ば強引に説得してくれた。

 そして、やっと始まった最終調整。彼との付き合いはこれで6回目となるが、今回のリストアほど酷いモノはなかった。


 「ドクター、アーカイブに違和感がある。リストア中に何かしたか?」


 「あはは、君はいつも愛想なしだね。そんなんじゃ、嫌われるよ。女子は可愛らしく……」


 「質問を変えよう。なにがあった?」


 「はいはい。何もしていませんよ。いつも通りにリストアしただけで……」


 そう言いながらワタシの顔を見たドクターは、咄嗟に椅子を後ろに引いた。


 「わ、分かった……今から調べて見るから怖い顔しない……」


 感情が宿らないワタシの目に、椅子を引かすほどのパワーがあるのかと、少し笑えた。

 焦りを隠せないドクターは、ベッドの横にある端末に指示を出す。

 ワタシと彼との間にスクリーンが浮かび上がり、彼がそこに視線を集中すると、数字や文字が詰まったデーターが下から上へと流れる。

 その動作を繰り返す彼の視点に、一瞬ではあるが変化が見られた。

 それについて問いを浴びせる。


 「何が見えた? 何と書いてあった?」

 

 目の前1mほどの所に座っているドクター。なのに彼は、同じ動作を繰り返すだけ。

 

 「おい、聞いているのか、テレス!」


 「……あ、ん、ごめん。問題ない……」


 「問題ない?」


 訳がない。彼は何かを見つけそれを知り、黙った。

 無言でスクロールを続ける彼の前で、ワタシはスクリーンに手を伸ばし、メモリに落とし込もうとした。


 「あっダメ! 勝手に触っちゃ……。わ、わかった。わかったからちょっと落ち着いて……」


 「落ち着くのはドクターで、ワタシじゃない」


 冷静に受け流すワタシに彼は眉間にシワを寄せ、いつもの仕草を始める。

 メガネを外すと胸元に挟んであるグラスファイバー製の布でレンズを拭く。本来、メガネなど必要としないワタシ達の体に、どうしてそれが必要なのか聞きそうになったが、本題がぶれそうな感覚がしたので止めた。


 「ええと……、ログデータから分かることは、最上位のadmin権限で君の……、ええと……、アーカイブと周辺データーを持ち去ったみたい。これ以上は……」


 「そうか、分かった」

 

 もう、十分だ。

 ステーション内で、その権限を有しているのは二人しかいない。

 その内の一人を、ワタシはよく知っている。

 感情機能を限界まで制限しても、メモリに割り込んでくる不快と嫌悪。

 地位を悪用して、ワザとそのような機能を装備し、遊んでいるのかも知れない。

 例えそれが誤解だろうが、ヤツに対する思考を改めることはしない。

 

 目の隅にある呼吸器系シグナルバーが、異常な数値を感知して警告表示を出してきた。

 平常値の数倍高い値を叩き出している。

 いつもそうだ。

 ヤツのコトをメモリに入れるだけで感情が不安定になる。


 「大丈夫か? 異常数値を検知したぞ。どこか具合でも悪いのか? 繋ぎ直そうか?」


 「必要ない。しばらくすれば収まる」


 そのせいもあってか、ドクターとの後のやり取りはアーカイブに残っていない。

 それに、メディケアセンターから出ると直ぐ、再び飛びついて来たチェチィの出迎えが、全ての嫌悪感を打ち消したのかもしれない。


 ◇ ◇ ◇


 エレベーターが止まり、両開きのドアが滑らかに開く。

 凍るような冷たい空気が頬に当たる。ここは永遠にこの温度のままだろう。

 AI達にとって今も昔も、熱は最大限忌むべき相手なのだから。


 中央付近に視線が定まると、白い司令服を身に纏った長身のリナ司令官が立っていた。

 大きなため息と深呼吸。その間に思考を整え、磨かれた床に両足を揃え、踵をならす。


 「セリ少尉、只今戻りました」


 聞こえたはずのリナ司令官は、背を向けたまま、コントロールパネルから視線を外そうともしない。


 我慢比べが始まる。

 前回はワタシの勝ちだが、何時もそうとは限らない。

 負ける気はしないが、ワタシの中のシグナルバーがオーバーヒートしそうである。


 モニターに向かって指示を出していた、彼女の横顔が見えた。


 その時、ワタシの姿が目に入ったか、それとも、ワタシの挨拶を思い出したか。

 否、その両方がようやく揃って初めてこちらに気づいた、という感じだ。

 彼女の目にある蒼い色彩の瞳。それと同様の色彩が、ワタシにも宿っていた。


 「任務がないならルームで待機しろ」


 その声にほんの少しでも対応していれば、ここに来た目的を忘れ、メモリに刻まれた感情を思いのままに、叩き込んでいただろう。

 期待という言葉は捨てていたが、現実は難しい。擬似メモリに感謝しなくてはいけない。

 再度思考を整え、失いかけた目的を素早く簡素に告げる。


 「アーカイブが抹消され、地球に行くまでの事しか分からず、命令にあった現認が済んで下りません」


 横を向いたままのリナ司令官。

 なのに、瞳だけが鋭くなる。


 「そうか」


 「そうか? ワタシの質問を理解されていないようなので、もう一度繰り返します」


 感情が言葉に乗る。分かっていても抑制しきれない。擬似メモリはどうやら限界を突破したらしい。

 彼女はゆっくりと、ワタシへ体を向けた。

 細身の長身から出る威圧感は、人類最強であろう。他者の魂を預かる役目としては、申し分ない。だが、威厳や圧力に屈するような貧弱なメモリを持ち合わせてはいない。


 「貴様……。まあ、いいだろう。今回はセリ少尉のご指摘通り『理解されていない』ことにする。以上だ。下がれ」


 「答えになっていない」


 食い下がるワタシに、彼女の瞳がなぜか突然和らいだ。

 危険な兆候だ。


 「なるほど、それは悪かった。では、理解出来るようゆっくりと答えよう。セリ少尉のアーカイブ及びメモリは、私が責任を持って削除命令を出した。もちろん、禁止されているプライベートも含めてだ。今回、その件に関しては不問とする。分かったならいい加減下がってくれ。貴様のように私は暇ではない」


 「応え」としては満点をあげたいが、ワタシの出した質問内容の「答え」なら、零点だ。


 「消された事実を聞きに来たのではない。何が起きた、かだ!」


 表情を一変させたリナ司令官。後には引けない。

 その時ワタシのアーカイブに、以前経験したあの時のインパクトが甦った。

 17年もの謹慎処分を言い渡された時に見た、彼女の冷酷な表情そのモノだった。

 今回も多分、それに近いかそれ以上だ。


 「黙れ少尉! 処分は後日言い渡す!」


 彼女は踵を返し、ワタシから目線を外す。

 ウェッジの擬似メモリは、既にガラクタになっていた。


 「待て! その前に質問に答えろ!」


 そう叫びながら、彼女との間合いを詰めようとしたが、背を向けたまま放たれた一言に、ワタシの行動は止められた。


 「少尉は、命令に背いた」


 叫び声と異常な数値を検知したからだろう、近くを巡回するBWCが数機、走行してくるのが見えた。

 しかしそれを片手で一蹴し、引かせる地位と権限を持つリナ。

 軍に所属している限り、彼女の放ったその言葉の意味は、余りにも深く、そして重い。

 彼女は畳み掛けるように、ワタシを疲弊させる。


 「フィードバック・コントロールを発令した。それの意味するところは、多少なりとも知っているはずだ」


 噂レベルでしか聞かない命令コマンド。

 それが噂だと言われる理由の一つは、ひとたびこのコマンドが発令されると、受けた当事者は強制的に全機能を停止させられ、思考すら出来ない状態に陥るのだと。

 そして、もう一つある。

 噂レベルにまで押し上げた本命の理由、それは。

 自我に反して実行されるコマンドの為、その副作用も強烈で、メモリの完全消失、又は崩壊する恐れがあるらしいのだ。


 これほどの強制力とリスクのある命令コマンド。

 存在する理由は、たった一つ。


 「ワタシは、人類に対して反逆行為を行ったのか……」


 そう口に出した刹那、ワタシは別のことを思考し始める。

 本来の目的と新たな疑問が沸き起こり、制御不可状態となる。


 「リストア、緊急搬送はなぜだ! メモリとアーカイブをどこにやった! そんな手の込んだことをせずに、ワタシの自我を消去すれば済むだろ! 反逆まで犯し……ワタシを……生かす……理由はなんだ……」


 でたらめに組み上がったメモリ内の思考が、一気に溢れ出す。


 それを、何も言わず受け取るリナ司令官。

 背を向けられたままでも分かる。

 二つの蒼の瞳で、ステーションを、全人類を、眺めているのだろう。

 聡明な赤の唇で、指示を、目的を、発しているのだろう。


 ワタシは、どうすればいいと言うのだ。


 「私の判断で地球から連れ帰った」


 再び、放たれた一言。

 複雑にもつれ合ったメモリが、緩やかにほどけ離れていった。

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