第3話 大きな胸

 「貴方、生命を感じない……」

 「ワタシ、生きてる……」

  ――


 ■Starting Process■

  Electric power……OK

  Bio Check……OK

  NPC……OK

  Balance System……OK

  Frame System……OK

  Main Memory……OK


 「ねえ、だれにあげたの……」

 「ここにある……」

  ――


 ■Self System ■

  Route System……OK

  Sub System……OK

  Damage System……OK


 「可愛そう、助けてあげる……」

 「また逢える……?」

  ――


 ■Tool System ■

  REC……OK

  The sense of Sight……OK

  The sense of Hearing……OK

  The sense of smell……OK

  The sense of taste……OK

  The sense of touch……OK



 「CHECK OK……RESTART。Time Required 48h:24m:41s:08f」


 暗闇の中に、突然現れた白く丸い光りの粒。闇と光りの境界線は、はっきりとしない。

 それが段々と近づいて来る。不思議そうに眺めるワタシ。掴もうと手を伸ばす。

 その時、光りの粒が弾け、すべてを塗りつぶす。


 何の前触れもなく焦点が絞り込まれ、視界が鮮明になる。

 起動すれば、すべてがリアルに反映され、現状を即座に認識し始める。


 「はぁ――リストアはダルい」


 無理に首を横に向け、宙に浮かぶモニターを眺める。

 バイオシステム状況は、『OK……99.054%』と表示されている。


 今回のリストアは、嫌な感じが残る仕上がりだった。

 リストア中に聞こえたあの声は。 


 えっ夢……なの?


 たぶん、リストア明けで混乱しているだけだろう。

 それが毎回完璧に成功するとは限らない。

 起動せず、そのまま眠り続けている人を、ワタシは何人も知っている。


 もし、そのモノ達が夢を見ていれば、今ワタシが見たモノと似ているのだろうか。

 幼稚な思考が蔓延している。


 この感覚を招いたドクターにクレームをつけてやる。それに硬くて冷たいこのベッド、気に入らない。

 クレームの塊となったワタシが自由を得るにはまず、体に突き刺さるこのいくつものチューブを排除しなくてはならない。

 ナノマシン入りのチューブを取り外す作業はドクターが行うのだが、今日は本当におかしい。誰もいない。


 なら、仕方がない。


 強制的に上半身を起こす。

 ワタシの体に取り憑いていたモノが、床やベッドに跳ねながら落ちる。

 何から逃げようというのか、スパークを巻き散らしながら騒ぎ立てる。


 不意に左腕を眺める。

 外見からは、特に変わった様子は見当たらない。

 Tool SystemからLeft Armの項目を探し、動作と感覚数値を見る。

 目の中のスクリーンに、『OK……92.872%』が表示される。


 「ん? 何で腕なんかを……」


 そんな中、頭上のLEDは赤く点滅し、室内には警報音が鳴り響いていた。


 「セリ! セリ! セリ――ぃ」


 大声を上げ、飛ぶようにチェチィが入ってきた。

 彼女はワタシが任務に付く時、後方支援してくれるオペレーターの一人。

 普段は司令室内のオペレーター席で、人工衛星やステーションの危機管理をしている。

 そんな彼女が出す指示はいつも冷静沈着で、余計なモノは最大限除去してくれる。

 それに、ワタシを含め、戦闘員達のメモリを幾度となく救った、優秀なオペレーターでもある。

 しかし、限度の幅を超えた、極度の心配性でもあった。

 折角起こした上半身を、嫌なベッドに再び押し付ける。

 たかがリストアではないか。


 「チェチィ……。あ、ありがとう。ワタシは大丈夫だから。ほら、いつものリストアだし、メモリも無事だし……」


 「だって、だって……。ウェッジからのコンタクトが切れて、何度呼び出しても返事ないし……。そしたら、緊急搬送されたって……。ホント、ホントに心配だったんだから……」


 泣きながら小さな顔を埋めてきた。


 「チェチィ、ありがとう。ほんともう大丈夫だから」


 涙ぐむ彼女を支え、二度目の起床をする。

 ここまでしてくれるのは、彼女の性格や時の経過だけではない。きっと別の何か。そう、別の感情があるのかもしれない。


 ……感情?


 そう思った瞬間、彼女のセリフの中に、一つの疑問が生じた。


 ワタシが緊急搬送?


 確かに、右耳の破損を取り除く為、次回問題が発生すればリストアする予定だった。

 しかし、緊急搬送された、とはどういうことだ。 

 急いでメモリにスキャンを掛ける。


 「なるほど」


 RECのアーカイブに問題箇所はなかった。でも、そのごく一部に、外部から進入した痕跡が見つかった。


 ここに来た原因が不明瞭なのはそのせいか。

 リストアされるには、必ず何らかの要因があるはず。それになぜか、左腕が気になる。

 この腕に何があるというのだ。ウェッジ端末が付いているだけではないか。


 色々な疑問が沸き起こる中、念のためリストアされる規定条件を確認する。

 アーカイブにある、リストア関連の情報を引っ張り出す。



 ■リストアに関する条件及び、それに該当する項目■


  「体全体の53%以上が欠損、又は破損し、修理、修復が不可になった場合」

  「各センサー類の57%以上に異常が発見され、修理、修復が不可になった場合」

  「System又は、メモリ内にウィルスが混入し、削除及び、除去が不可になった場合」

  「経年劣化及び、電通、電熱劣化による動作不良が確認された場合」


 そして、最後に書かれていた項目は、


  「コンタクト不可及び、回収不可となった場合」



 ワタシはこれまで、5回リストアしてきた。6回目の今、その要因が把握出来ない。

 どのリストア項目に引っかかったというのだ。こんなことは初めてだ。

 理由もなしに、リストアされた、ということなのか。

 否、あり得ない。

 現に、ワタシの耳が壊れていても、任務に支障がない限り、ワタシはこれで3年間過ごして来た。


 検索の途中、別のアーカイブの見出しで、地球に行った情報を見つけた。

 記載内容は、司令官からの地球調査命令。その情報の右上に、軍専用のファイルナンバーがある。

 間違いない、ワタシは地球へ行っている。


 ならワタシはどの項目に該当し、緊急搬送された挙句、リストアに至ったのだ。

 どちらにしても、要因となるアーカイブが存在しない現状で、そのコトをいくら思考しても無駄である。

 そことは違う、別の理由があるはずだ。

 デリートまでしなければイケない、別の理由……。


 簡単な話だ。

 極秘、それだけだ……。



 今から約500年前。

 系統樹の根元にある全生物最終共通祖先のDNAに破滅のプログラムが施されていると知った一部の学者どもが、その恐怖から逃れる為、再び禁断の扉を開けた。

 すでに遺伝子組換技術により消費しない細胞を有していた人類は、その恐怖から逃れる為、更に電子へと変換させる技術を生み出した。

 細胞という枠組みから切り離された情報は、電子へと変換され、メモリ内に保存された。

 道徳も倫理も無視したその技術と、人類を救う狂言とを、全世界規模で広め計画されたのが、『メメントモリ計画』である。

 それを実行し、導いて来たのが人類電子保存機関。今、ワタシが所属している前進組織である。


 今では人類保全監視機関UMWOと名を変え、英雄的な存在として扱われているが、ワタシの視点から見れば腐った組織とも言えなくはない。

 人をモノへと作り変えた組織に、英雄などと馬鹿げた称号を与えた人類の方が、よっぽど破壊されている。


 そんな組織が行うことだ、ワタシのアーカイブやメモリを奪うくらい容易いことだろう。

 だが、その態度が気に食わない。

 もっと上手にデリートしていれば、ワタシは悩まずに済んだ。

 下手に痕跡を残すから、遺恨が生じるのだ。


 もしかして、それもワザとなのか……?


 どちらにしても、こんなことを相手の同意なしに行えるのは、司令官のリナしかいない。

 ステーション内で最高位の地位を持ち、しかも軍のトップでもある。

 ヤツなら十分、あり得る話だ。


 「だとしたら、地球にある秘密とはなんだ……?」


 「ちきゅうぅ? ひみつぅ? どうしたのセリ、何言ってるの? え――おかしくなっちゃった――」


 「あ、違うんだ。ちょっとね。今別のこと考えてた」


 「別のコト?」


 チェチィはそう言って、ワタシを見返してきた。

 説明するにはあやふや過ぎる思考に、ワタシは苦手な笑顔で応えた。

 それを見たチェチィが真面目な顔をして言う。


 「ねぇ、どうしたの? ホントにおかしくなった?」


 「失礼な! これは笑顔だ!」


 それでも、チェチィはワタシをジッと凝視する。

 しかし、その視線はワタシのそれではない。もっと違った……。


 「ねえ、どうしてセリの胸は小さいの? せっかくリストアするんだから、大きくしてもらえばよかったのに」


 「な、なんだと! いいだろ別に。き、気にいってるんだ。それに、デカイと邪魔だ!」


 「え――邪魔だって。女性なのに邪魔だなんて……やっぱりセリおかくしなっちゃった……」


 何を勘違いしたのか、チェチィは再び泣き声をあげ、三度嫌いなベッドへなだれ込んできた。

 そろそろこのベッドに愛着が沸きそうだ。


 それでも、小さな胸の谷間で泣く彼女には申し訳ないが、ワタシの思考はすでに別のコトを画いていた。

 明瞭になっていくメモリ。

 事の真相へ、深くダイブする。

 違法だと認識した上で取り付けていたプライベート仮想領域。


 今まさに、ワタシはその中を泳いでいた。

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