第2話 ワタシが見たモノ

 

 200m先の大地に、細い棒のようなモノが突き刺さっている。

 それに気づいたのは、周囲より若干白く映しだされていたからだ。ほんの少し熱を帯びているのだろう。

 モノクロ世界に浮かび上がるそれは、ワタシの左腕だった。

 無理矢理引きちぎられた痕も鮮明に見える。何本ものケーブルがバラバラに延び絡まり、弾けている。

 流れ出る液体が大地に染み込んでいくのを、ワタシはジッと見ていた。本体のない腕は、次第に周囲の色と馴染み、大地と同化していった。



 ■Self System■

  Left Arm……CAUTION

  Damage……87%


 あの衝撃波で、ウェッジがいた左腕だけが消失したのは運が良かったと言うべきか。


 ステーションとの通信が出来ないのは厄介だが、最初に起動させていたRECは今も生きている。通信が途絶えた今、それまで配信され続けていたRECの映像を見返して、司令部は対応を迫られるだろう。救援チームが到着するまで、約一時間といったところか。

 

 しかし、それには条件がある。

 その任務の重要性と救出するに値する情報を持っているかどうか、それだけ。

 ここで力尽きようと、負傷しようと、司令部が気にすることはない。

 否、気にするどころか任務に費やした時間と経費を請求されかねない。

 送っていた映像が、司令部にとって重要だと判断されることに期待をしたいが、所詮司令部が判断するコト。ワタシがここで、色々思考してみても無駄である。

 しかも判断を下すのがあの司令官となれば、尚更だ。

 それに、今ワタシには別の思いがあった。腕をもがれ、強化スーツを切り裂いた犯人を拝みに行くことだ。

 砂埃舞い散る中、飛来物が激突したと思われる地点へ歩み出した。


 長い時間をかけて無作為に積もった堆積物は、一瞬の衝撃波と爆風でそのほとんどが吹き飛ばされていた。飛来物の着地点まで、まるで舗装された道が出来ているようにも見えた。

 しかし、絶え間なく降り続く砂埃のおかげで、折角顔を出した大地も、再び侵食されようとしていた。

 爆発の規模から推測すると、二、三日はこの状況が続くだろう。

 元々見えづらかった太陽は、今や完全に遮断され分厚い灰色の砂塵が占領している。

 赤外線モードは暗視にも対応しているので問題はないが、その機能ゆえ全てが見通せ、却ってあれこれ思考せざるを得なかった。


 そう、この光景は何処となく司令室に似ている。

 ひとつの意志によって全てが決定する世界。果てしなく続ける刹那主義。その傲慢さが、地球を殺し、無感情で無機質な人工衛星を見るAI達を創造した。

 本当は、人類が一番憐れなのかもしれない。


 再びメモリにノイズが混ざる。どうやら落下地点に近づくほど、ノイズが大きくなる傾向にある。

 ウェッジが無い状態で、その原因が何か、判断出来ずにいた。

 どちらにしても救援なり増援が来るまで、この体が持てばよい。

 万が一、その両方が無くても……。



 ■Self System■

  Left Arm……CAUTION

  Damage……91%


 左腕から滴るオイルに、自由に飛び交う周りの物質が付着して、塊が形成されつつあった。


 ゴミはゴミに集まるのか、思わず頬が緩む。

 

 応急処置も思考したが、それが出来るのはシップの中のメディカル装置だけ。複雑に成り過ぎたワタシ達の体は、おいそれと簡単に処置することすらままならない。

 それに、あえて戻らなかったのには別の理由もある。

 先ず、あの爆風で鉄屑になっている確率が高かったから。

 次に、今応急処置が出来なくても、どういう形であれステーションにさえ戻ることが出来れば良い。先の任務で壊れた右耳も含めリストアするつもりでいた。


 警告表示を無視したまま、しばらく歩き続けると、砂埃の影響からか見えていなかった壁が現れた。爆発の影響で出来たクレーターの縁だろうか、ちょうど目線の高さほどある。

 ワタシの身長が160cmなので、乗り越えられない壁ではない。


 「さて、どうする? この状態で行けるか……」


 大地の質感とは明らかに異なる壁を見渡すが、切れ目らしい場所は何処にもなかった。

 これを越えるしか無さそうだ。右腕だけで登るのは無謀な行為と分かっていたが、とりあえず行動に移す。

 手を伸ばし、壁の淵に右手を掛け、強引に体を引き上げる。

 体重58kg、装備込みで約70kgのワタシの体は、強化スーツの性能を借りなくても、簡単に浮かせることが出来た。

 腰の高さまで持ち上げた時、無意識に左腕を伸ばした。

 あるはずのモノがない。予期せぬ事態に陥ったワタシは、素直にバランスを崩し重力の法則に従った。

 それでも受け身を取りながら落下したワタシを待っていたのは、実質2mほどの高さから落ちる衝撃だった。

 左腕のゴミとオイルが、辺り一面に飛び散る。



 ■WARNING ■

  Left Arm……CAUTION

  Damage……99%

  Body Bio……64%


 「ダサッ……このカラダ、ダメだな」

 

 オイルで汚れた大地と体を気にすることなく、立ち上がる。

 最初からこうしていれば、と唇を噛んで左側のフォルダに納めてあるレールガンを右手で握りしめた。

 目線でスライドをホールドからバーストへ。

 トリガーに掛けた人差し指を抗うことなく引き込む。ストレートに反応した無関心なレーザーの束。相手に抵抗させる余地を与えず、あっさりと破壊した。

 崩れた壁の隙間から流れ出た風には、熱気が含まれていた。


 ワタシの短い髪がなびく。


 銃身を利用し裂け目を広げ、通れるほどの幅を作り、踏み入れる。

 壁の内側に広がる世界は、それまで黒に侵食されていた光景とは違い、白とグレーのコントラストを加えた鮮やかなモノだった。


 視線の先に、長く細い円柱のような真っ白な映像が浮かび上がる。

 その正体まで8mほどの距離を残し止った。

 円柱の正体は、揺らめく焔の渦だと識別する。

 そればかりに目を奪われていたので、見逃していたこともあった。

 周囲はガラスを砕いた煌めきに包まれ、光り瞬いていた。熱による溶解が原因だろう。


 それを眺めていると、何も生まない世界に、命が誕生したような暴走した世界を思い画いた。


 引き込まれるように、ワタシは足を進め、近づいて行く。

 まるで焔とリンクしているのかのように強まるノイズ。


 今は我慢するしかない。


 ノイズの原因も気になるところだが、それにもましてワタシの注意を引くことがあった。

 水面に雫を落とした時に出来る波紋のように壁が出現しただけで、爆発による窪みや裂け目がない。

 

 強化スーツの破れた隙間から、異様な感覚が鋭く突き刺さる。

 これはいつもワタシを救ってくれた、あの感覚に似ている。

 

 危険認識を最大限に広げる。

 慎重に歩みながら、焔を観察する。


 距離、5m。


 揺らめくその中に、丸い物体があることが識別出来た。

 モノクロ世界で、真っ白に映る映像の中から、特定の物体を識別するのは至難の技である。ましてや通信不可の状況下、司令部にあるアーカイブは参照できない。自身の中にあるアーカイブだけでは限界があった。

 残る識別方法は、近寄る。原始的だが、一番確実で早い。


 熱を肌で直接感じる距離に達してなんとか識別出来たそれは、ワタシのメモリが完全に壊れたのかと思えるほどのインパクトだった。


 「何だ、あれは?」


 丸い物体は、焔で焼かれることもなく、人の姿をしていた。

 今、ワタシに背を向け寝ている。そんな狂った映像だった。

 見間違いかと思った刹那、焔の中で蠢いた。真っ白な映像に少しずつ黒が増え始め、焔との境目がハッキリと見えてくる。

 何度もアーカイブを検索するが、『この熱量に耐え切れる有機物は存在しない』、と検索した分だけ繰り返し表示される。

 

 いつの間にかワタシの短い髪は溶け、大地に点々とシミを作る。

 引くわけにはいかない。RECの動作確認を手早くする。

 これがのちに情報となり、そして、メモリを救ってくれる手助けとなるはず。

 それを見極める為、限界を超えて近づく。


 ワタシの肌に、耐熱効果は備わっていない。

 赤く腫れた肌は、やがてくすぶり始めた。

 

 「衝撃でイカれたかッ……」


 笑みがこぼれたが、直ぐに引き締まる。

 残念ながらイカれていたのはワタシではない。そこにあるモノの方がよっぽどイカれていたのだ。


 焔の中に蠢く物体は、全裸姿の人間だった。


 イカれたその人間は、ワタシを待っていたかのようにゆっくりと動き出す。

 上半身だけを起こし、背中を見せつけてきた。

 周りの熱量に変化がないにも関わらず、それだけが黒く温度が低下している。

 

 燃え盛る焔の中、長く伸びた髪の毛は、溶けることなく滑らかに揺れ動き、透明感のある肌は、ワタシのようにくすぶることもない。


 「この熱量に耐えられる?」


 通常種とは考えにくい。人類とは別の生き物だと直感する。


 それでも人の形をなしており、しかも同性だと分かる。髪の毛の長さからではない。

 理由はとても簡単なことだ。

 上半身を捻りワタシの方へ振り向いた時、全裸姿の胸には、不釣合いなほどの豊満な乳房が付いていた。


 女性は誰かを捜しているのか、細く切れ長な目を泳がせる。

 その行為にワタシがヒットしたのであろう、女性と視線が絡みあう。

 

 それに満足したのか、振り向いたままの姿勢で両手も付かず立ち上がる。ワタシと同じか少し高いくらい。無表情のまま一歩前へ、焔から歩み出た。

 その唇はなぜか小刻みに震え、細くしなやかな腕を伸ばし、人差し指を突き出した。


 ワタシに語りかけている?

 冗談じゃない。


 「おいお前、そこから動くな!」


 念の為、相手にも見える3Dパネルを展開し、12ヶ国語の文字で表示する。


 腕を伸ばした姿で、尚も近づいてくる。


 反射的に、ワタシは一歩退いた。怖さからの行動ではない。赤外線センサーの動作確認をしたかったからだ、と言い訳をしたくなる。

 ワタシの目に映る全裸女性のモノクロ映像。既に、人体と同じ温度を示していたからだ。

 しかし、後方で揺らめく焔の熱量は少しも変わってはいない。198度のまま。


 「お前、化け物か?」


 長い髪に透き通る肌、小さな顔に巨大な乳房。そして、引き締まった腰から伸びる細長い脚。

 どこを観察しても傷どころか汚れ一つない。

 焔を背景に、妖艶な雰囲気すら醸し出している。


 確かにそこまで綺麗に整っていれば、別の意味で化け物なのかもしれないが、お気の毒さま。

 あいにくワタシには、美を保護してあげるセンスがない。

 握られていたレールガンを、躊躇なく構える。

 バーストからスナイパーに。


 「貴様、何モノだ? 忠告は……。まあいい、好きにしろ。動きたければ動け。危険と感じたら即、消してやる」

 

 もちろん、これは嫉妬からくる言動ではない。ましてや負けているからでもない。生き残る為に身に付いた術だ。

 無情かもしれないが、ワタシはそれで生き延びている。

 正確には、リストア回数を抑えている。

 

 どうやらワタシの思いやりは美人には通じないらしい。


 動きを止めない全裸女性に対して、言語機能がない、と一瞬思考したが、トリガーに掛けた人指し指は優しく動き出した。


 予備動作なしに、プログラムが起動する。



 ■ 警告 警告 警告 ■


  ※重要事項 ファイルNo.Z-0145※


 「半生命体及び、生命体。もしくは、それに準じる有機物を発見した場合、保護及び、確保を最優先事項とする」


 3Dスクリーンに映し出される初めてのファイルナンバー。


 「チッ、邪魔するなッ!」


 何が重要事項だ、今の最優先事項はワタシだ。

 警告を無視しトリガーから指を離さずにいると、警告音が激しさを増し、それに同調するかのように視界が赤色と黄色、交互に点滅しだした。


 「何度も言わせるな!」


 強引にプログラムコマンドを無効にスライドするが、収まるどころか更に激しくなる。

 すると突然全てが静かになり、照準スコープが消え、見たこともない警告表示が現れた。


 「な、なんだ……これは……」



 ■ フィードバック・コントロール発令 ■


  ※重要事項違反行為確認※


 「……全ての機能を緊急停止します」


 何の前触れもなく、全身の力が抜け落ちる。

 大地に頬が直接当たり、レールガンの発射音が木霊する。


 ■ 全機能停止 ■


 「……ッ」


 意識が失われる中、最後に映った映像は、ワタシの横に立っている全裸姿の女性だった。

 兆弾が当たったのか、私が狙って当たったのかは定かではないが、女性の右肩は砕け散り、赤い液体と白い枝らしきモノが、枠の中から溢れ出していた。

 それでも全裸女性は華麗に立ち、親しみを込めた笑顔でワタシを見下ろしていた。


 酷かったノイズから解放されたメモリに、穏やかな静寂が訪れた。

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