第1話 人類の終わり
「こちらブルーAE01。まもなく作戦領域に到達」
「オペレーター、了解。目標地点を捕捉しました。ルート指示入れます」
大気圏を突破し滑空していたシップは、今上空2,100mまで降下してきた。
雲海ばかり映し出していたモニター画面に、赤色の三角マーカーが浮かび上がる。
ワタシはそれを横目でチラッと見ただけで、再び下界の世界に視線を合わせた。
雲の切れ間から時折覗く褐色に覆われた大地は、かつて海があったと伝えられている魅惑のブルーは何処にも存在しなかった。
人類のためだけに食べ尽くされた地球。
今や、生命活動を必要としないモノだけが残る。
人の手により作り出されたモノは、埃と空虚を撒き散らすだけのモニュメントと成り果てていた。
ワタシはそれを電子に囲まれたシップの中で、ただひたすら眺めていた。
生命を維持する為、最低限必要な行為だったとしても、旧人類が行った罪に変わりはない。
DNAを捨てたからと言って、その悪行から解放される訳ではない。
無残に破壊尽くされ死滅した地球に、ワタシ達はどう接したらいいのだろう。
しばらくそのまま飛行していると、「生きています」、と言わんばかりにウェッジが唸り声を上げた。
オートパイロットがセミモードへ移行するアラームが鳴り、目標地点まで近づきつつあることを示すマーカーが点滅し始める。
「ウェッジ、目標までの距離。音声で」
腕に巻き付いている端末へ、ワタシはぶっきらぼうに言う。
それに負けないような乾いた声がワタシの耳だけに届く。
「了解。距離、752m」
「ウェッジ。そこに何があるんだ? 司令官の言った現認とは何だ?」
「了解。答え……不明。616m」
「不明? それは知らないと言うことか?」
「了解。答え……曖昧な質問の為、返答を却下。541m」
「ふん! どうせワタシレベルでは、アーカイブ閲覧権限なし、と言いたんだろう。気使いやがって……」
「了解。答え……前後の内容から思考して、概ね正解。461m」
「チッ、もういい。目標までマニュアルで行く」
「了解。セミからマニュアルにモード変更。352m」
ワタシの指示通りシップは敏速に反応した。その行為に操縦桿を無意味に引きそうになった。
ストレートな物言いは嫌いではない、だが気を回す機械は大嫌いである。
ウェッジが再び声を出した時、目標まで200mの距離を残し荒れ果てた大地にシップは降り立った。
孤独と無機質に覆われた静かな大地に、ワタシのメモリは寂寥感と嫌悪感に包まれた。
その原因のひとつは、今から数時間前の出来事だった……。
◇ ◇ ◇
埃一つない磨かれたタイルの上に、ワタシは直立不動で立っていた。
無数の空間モニターが浮かんでいる司令室には、それを監視する為のAIカメラが同じ高さで同じ数だけ浮かんでいる。AIカメラはこの状況をどう感じているのだろうか。地球をただ周回している人工衛星を24時間見つめているだけの作業。
その監視されている衛星一つひとつの中に、人の記憶と遺伝子構造、即ち人間全部が凝縮されたメモリが保管されている。
ひとつの衛星に約3,000人分の、生命と呼ぶには冷たすぎる命が生きている。それがいまや1万個ほど浮遊している。
飢餓によって30億人ほどに減少した人口は、宇宙に浮かぶ鉄の塊の中だった。
旧人類が行っていた、生きるために他者を摂取する行為はなくなり、永遠に輝き続けている太陽光のエネルギーさえあれば生存できるようになっていた。
逆に言えば、アミノ酸やたんぱく質は死滅し、それに頼りながら生きて行くことが不可能になった。だから、そうせざるを得なかった。
太陽光なしでは、生きていけない人類。
いつの時代も人類に残された選択肢は一つしかなかった。
他者を食らうか、電子に巻かれるか。
共通するのは、太陽だけである。
ここに来るたび、ワタシはそれを感じる。
静寂を保ち続ける司令室に、驚くほど似合う声が響く。
「セリ、帰還そうそう悪いが、今から地球での調査を命じる。以上だ」
司令官はワタシを見ようともしない。背を向けたまま躊躇なくそれを言い放った。
軍にいる以上、命令に従うのは義務。それでもワタシは、司令官のそれに嫌気が刺す。
「なぜ、今更地球に?」
「質問は受け付けない。分かったなら行け」
司令官の命令や言葉遣いは、今日に限ってではない。いつもそうである。命令を出すだけ。
しかも、決まって背を向けたまま。一度たりとも同意を求められたことはない。
ワタシはそこまで冷たくはないが、似ているところがあると思うと嫌気が増した。
直立不動のまま、ワタシは微動だにしない。
「命令は下りたぞ。さっさと行動に移せ」
「……」
命令は絶対服従。だが、それを遂行するかどうかはワタシが決める。
もちろん、そんなオプションは始めからない。明らかな命令違反だ。
しかし、この任務、直ぐに他が見つかるとは考え難かった。
生命体が死滅した世界に誰が好んで行くものか。
そんな二人の間に、妥協という接点は消失していた。
時を失ったような沈黙が無駄に流れる。
それでもワタシの読みが功を制したのか、今日は珍しく司令官が先に口を開いた。
「今、理由は明かせない。知りたければ現認することだ」
背中越しに響くその声には、これが最後だと感じさせる何かがあった。
「自分の目でかッ……」
不満が募る中、発着デッキに着いたワタシ。
握っていた手がひらがやけに熱く感じたのだった。
◇ ◇ ◇
「目標地点まで残り200m。物理スキャン開始します。ルート案内スタート。3D表示します」
ウェッジの案内を確認してからタラップを降ろした。
辺りは砂埃が吹き荒れ、これだと1m先も見えない。着陸時の逆噴射のおかげである。
視界モードを赤外線モードへ変更する。
元々色彩のない世界ではあったが、完璧なモノクロ世界へと変化する。
視界距離をMAXまで引き上げて分かる。濃淡が付いているのは温度差がある証拠だ。
飛来物が激突した周辺が白く輝いて見える。
それとは別に、本来の目的でもある目標物を探すが、目印すら見当たらなかった。
果てしなく続くモノクロが360度展開しているだけ。
遮るモノは何一つない。人工物はすべて崩れ細分化された後、砂と埃に変貌している。
大地にあるのはそれだけだった。
仕方なしに、目の前に現れた3D仮想ラインの指示に従いワタシは歩き始めた。
「司令官は何を現認しろと……。大体、目標はどこにあるんだ?」
何もない砂と埃だけの大地をラインに沿って歩き進めると、腕に巻き付いているウェッジが突然騒ぎ出した。
目標地点に到達したサインだ。
「ウェッジ、壊れたのか? 何もないぞ?」
「……」
「おいウェッジ、返事! マジで壊れたのか?」
伽藍堂の大地に、ワタシの声だけが響き渡る。
「了解。答え……上空より飛来物あり。接近距離118m。衝撃波注意」
「バカ! それを早く言え、遅い!」
北北東の空が赤く滲み出す。
と、その時、一筋の眩しい光が短い尾を引きながらワタシに接近しているのが見て取れた。
摩擦によって段々と光度が増してくる。どうやら燃え尽きず大地にたどり着きそうな勢いだ。
輝きを増しながら轟音を発し、近づいてくる飛来物。
光りと音の調和の取れたそれは、ワタシの影をも奪い去り、そのまま大地へ沈み込んだ。
少し遅れで周囲にある空間そのモノを、吸収し始めた。
背後から砂粒が当たりだす。ワタシは両膝を付いた形で、両腕をアンカー代わりに大地に深く突き刺した。と同時に吸引力が増大した。大地にしがみつくワタシの体が軽くなり始める。
強化スーツの出力をMAXまで上げ、叫ぶ。
「クソ! 耐えろ!」
引き寄せる力と支える力のバランスが崩れようとした時、全てが静止する。
「え、終わった?」
正確に言えば、間違いだ。確かに、吸い込むコトは止めたが、それには続きがあった。
吸い込んだモノを戻してあげると言わんばかりに、逆の行動が始まったのだ。
放出へと変化させたその勢いは、アンカー代わりの腕は元より、電子シールドを展開していたワタシを、200mも後方へ吹き飛ばしていた。
展開するのが少しでも遅れていたら、自我は消えて無くなっていただろう。
消えて無くなる前の出来事をしっかりセーブしてあるのだろうかと少し心配になったが、特に思い返すようなメモリがない事に気づき、口元がゆるんだ。
メモリにノイズが混ざる。
ワタシを吹き飛ばした衝撃波の中に何か特別なモノが含まれていたに違いない。そうでなければ、コロナ放電すら防ぐメモリ防壁にノイズが発生するハズが無い。
「チッ、ツイてない!」
悪態を付いたワタシは、その勢いでウェッジを呼び出す。
「ウェッジ、現状把握だ! オペレーターに繋げ! 帰還したらお前は機種変してヤル!」
「了解。……現状、衝撃波及び爆風により、視界0.4m。墜落地点、約392m先。飛来物の詳細不明。砂塵等による通信障害発生中。機種変更に関しては……」
「クソ! 通信障害だと!? ウェッジ、RECの動作確認!」
「……了……解」
砂と埃、それに混じって得体の知れないモノが遠慮なく押し寄せる感覚がする。
これが中性子系の物質だとしたらかなり厄介だ。
「ウェッジ! 解析はまだか!」
「……了……、電磁……」
「ウェッジ? 何だ、応答しろ!」
「……」
腕の端末は、それ以降ワタシを無視し続けた。先ほどの影響で大方故障でもしたのだろう。
防壁対策をしてなければ今頃ウェッジ同様、不要物を地球に増やしていたに違いない。
「アノ飛来物は一体何なんだ? ワタシが目標だったのか?」
自然と愚痴が漏れる。
今のこの状況より更に厳しい経験をしたワタシだが、過去のアーカイブからの警告は、もっとも危険なレベル『High』を示していた。
それなのにワタシのメモリはなぜか危機回避行動を取らず、一人きりになったという根拠のないモノを感じ取っていた。
正面から吹き付けていた衝撃波や爆風はいつしか止み、その代わりに砂塵が降ってきた。
裂け広がった強化スーツから覗くワタシの白い肌に、遠慮なく積もり始めていた。
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