3 やらかしたアリス
やっちゃった。
やっちゃった……
やっちゃったよーーーーーーーー!
私は自分の部屋のベッドの上を文字通り激しく転がりながら絶叫した。心の中で。
完全にやらかした!
これじゃあ、自分の存在をアピールしたようなもんじゃん!
そもそもフォローしたりいいねしたりするだけで、素性(?)がバレるリスクは高いと思ってた。
フォロー外から、ただ覗き見する方法だってあったのに、なんで私はそうしなかったんだろう?
しかも緑組って言っちゃった……
アカウント名は本名と同じ『アリス』。この学校に緑組のアリスなんて絶対私だけじゃん!
そうだ、思い返してみれば、今日の恵華の話を聞いて焦っていたのだ。不安にもなっていた。
私も、ただスマホの画面を眺めているだけじゃダメだって。そんなの恋じゃない、って思ったのだ。
そんな時に見つけた先輩の呟きで、彼が同じ緑組だと気づいて……嬉しくなって、それで……
勢いでリプを飛ばしてしまった。
いやいやいやいやそうじゃないだろ、大貫亜莉子!
その時、私の手の中でスマホの通知音が鳴った。画面に短い通知が表示される。
【イチハルさんが返信しました】
わ。
わわ。
わわわわわーーーー!
焦ってスマホを取りこぼす。けれど枕の上にぽふんと落ちたそれは、間違いなくこう表示している。
【イチハルさんが返信しました】
――イチハル先輩からのリプ。
心臓がひゅん、とどこかに落下したような気がした。
なんだろう、なんだろう、なんだろう。
どうしよう、気持ち悪いと思われてたら。やめろよ、と突き離されたら。
――怖い。
嫌われるのが怖い。
ちゃんと知り合う前から嫌われるなんて!
あぁ、でも、それ以上に――
こんな時、本当に手が震えるのだと初めて知った。私の意志通りにちゃんと動かない指で、先輩の返信を確認する。
イチハル 7分前
返信先:@alice_A_aliceさん
リプありがとう。体育祭頑張りましょう!
↪ ⇄ ❤
あ……
優しい。親切でシンプルな対応――
それでさらに、
血の気が引いた。
きっと今、私の顔は青ざめている。
申し訳ない気持ちが、私の心臓をきりきりと絞っている。
先輩に余計な気を遣わせてしまった……
初めて先輩を見た時のことをはっきりと思い出す。
木漏れ日の下で、凛と立つ姿。
しつこい勧誘をする同級生を笑って止め、困っている新入生を助けてあげてた。
なかなか近づいてこれない女子に気づくと、頭を軽く下げておどけながらチラシを配りに行く。怖がらせないように、という配慮が透けて見えた。
押しつけがましくない、しなやかな優しさ。
カッコいい、と思った。
大人のカッコよさだ。
だから私は先輩のことをもっと知りたいと、憧れるようになったのだ。
この小さな15センチのスマホの画面に張りついて、毎日彼を追いかけてしまうほど――
「ねぇ、恵華、どうしよう、先輩に気を遣わせちゃったよ……!」
翌日、恵華の部活が終わるのを待って話を聞いてもらった。
学校の最寄駅を越えて、少し歩いた先にある公園。自転車通学の彼女が通学路にしているという公園で、森の中のように静かなところだった。
「あんたが返信して、それにリプがきたんでしょ。よかったじゃん、なに心配してんの?」
ベンチに隣り合っている恵華がそう言った。身を乗り出して迫ってくる私に、困惑しているようだった。
「違うの、そうじゃないの、そうだけど、そうじゃないの!」
「落ち着けし」
「だって、だって、いつも気を遣ってばっかりなんだよ、先輩は!」
SNSでもそうだ。体育祭を盛り上げようとか、弓道部の部員を励まそうとか、友だちをさりげなく気遣ったりとか、そんな呟きばっかりで……
疲れるんじゃないかな、って心配になる。
優しすぎてストレス溜まるんじゃないかって。
だから、先輩のことをもっと知りたくて追いかけるたび、私はこう思うようになったのだ。
私だけは、先輩のことを気遣える存在になりたい、って。
「なのに、私まで先輩に気を遣わせてどうすんの!」
しかも、ただの私の焦りで。そんなものに付き合わせて――
それだけ叫ぶとなんだか力が抜けてしまった。うなだれると、夕暮れの寂しい光で、むき出しの土の地面が寒々と照らし出されているのが目に入った。
先輩に迷惑かけたかったわけじゃないんだよ、とため息とともにこっそり吐き出す。
背中に優しい感触があった。恵華がポンポンとブラウスの襟元辺りを叩いている。
「なんだ、亜莉子、あんた本当にイチハルセンパイのことが好きだったんだ」
「……いつもそう言ってるじゃん」
なんだそれ、ちょっとオコだ。くそぉ、彼氏持ちだからって私のことバカにしてるな。
「だってSNSでストーカーしてるだけで、なにも行動しないし」
物騒なことを言いながら穏やかに笑う。ストーカーって、こら。
「ごめんね、ただの推しなのかと思ってたからさ。でも亜莉子は、先輩の表面だけ見てたわけじゃないんだね」
「……言ってる意味がよくワカンナイ」
「うん、私も実はよく分からない」
恵華が立ち上がる。革靴の先だけが、俯く私の視界に入ってきた。
突然ほっぺを両手で挟まれた。
「ぎゅえっ」
そのまま私の顔は無理やり持ち上げられ、見下ろしてくる恵華の視線につかまった。
彼女の遥か向こうに浮かぶ空は、もう夜の色に移り変わりつつある。小さな星が幾つか、ほのかな光を放っていた。
「直接話してみなよ。先輩だって、きっと気を遣ってばっかりの人じゃないし」
「むぐぅ」
「そういうところ知るのもいいんじゃないの?」
美しい友人の顔は、星を背負ってもなお美しい。
あんたみたいな美女だったらね、そうやって思えたかもしれないけどね。
ほっぺを潰している手を振り払い、盛大に不満を言った。
「話すもなにも、その前にちゃんと『お知り合い』にならないと」
「確かに!」
また笑い出す。
「ねぇ、ちょっと、さっきから私のことバカにしてるでしょ」
「しーてーなーいー」
「してる、絶対してる!」
彼女は相変わらず笑いながら、ベンチの脇に止めた自転車にまたがる。細身でスポーティなタイプのやつだ。
「してないよ、ただ可愛いなって思っただけ」
制服のスカート姿で自転車にまたがりながら、そんなことを言う。
くそぉ、恵華め、カッコいいな。私が女なら惚れちゃいそう……ん? おかしいな、私は女だぞ?
「体育祭、先輩も同じ緑組でしょ。なんかご縁があるかもしれないじゃん。まずはリアルの亜莉子を知ってもらおうね」
◆ ◆ ◆
イチハル 2017/06/03
明日の体育祭、緑組が勝つんでよろしく
↪4 ⇄2 ❤39
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