自分を疑う

 よく「まず自分は間違ってないか疑う事が重要」と聞きます。


 まあ概ね賛成なんですけどね。


 僕もよく自身に課している事です。


 自分の行動を客観的に見られる力が需要、というのも同じですね。


 しかしどんな状況にも当てはまるのか、と言えばそうとも言えないと思います。


 それは組織の上に立つ人間。


 社長、監督、指揮官。


 人の上に立つ人間は決断力が必要で、そしてその決断は絶対でなくてはならない。


 戦争なら多くの人間の命がかかってますからね。


 自分の決断が間違いでないかを考える一瞬の間が戦局を左右する事もある。


 自分の決断が間違いであったと分かっても、無理矢理正解に捻じ曲げる突進力が要求される。


 作戦を見直すのは参謀の役目なんですね。


 指揮官は絶対でなくてはならない。



 しかし、それ相応の実力の無い者が、その方針だけを真似ているならそれほど滑稽な事もない。


 戦争なら無の名指揮官として部下に殺されるでしょう。



 ネットとかクレーマーとか見ているとそんな輩が横行しているようにも思います。


 僕も何人も見てきていますね。


 自分の間違いを認めない人間。



 そういう人達って結局これなんじゃないかと思うんです。


 自分は指揮官のつもりなんでしょう。


 実際それだけの決断ができるのならいいんです。


 でもまあ、巷で騒ぐような人はせいぜい戦車の指揮官。


 それ一台では戦局には何の影響も与えない上に砲弾一発で沈む。


 しかし自分が死ぬまで、死んでも間違いは認めない。


 そういう事なんでしょうね。



 しかし人間、というより男なら成長の過程で一度は通るんじゃないかとも思うんです。


 そういう時期、自分にもありました。子供の頃ですけど。


 僕はどちらかというと慎重過ぎて機を逃す事の方が多い。



 その頃から成長してないんでしょうかね。


 それとも指揮官の器でない事を知りつつも、それにすがっていくしかない人達なのでしょうか。

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