おまけエピソード パーティナイト
仕事が終わった後の週末というのは、人を狂わせる魔力を持っている。夜中から明け方までずっとゲームをして、朝日が昇る頃に目覚まし代わりにシャワーを浴びる。そして再び覚めた眼でゲームを始めるも、数分で猛烈な眠気が襲ってきて、そのまま布団に倒れこむ。そして、眼が覚めたときには夕方になってしまっている。気だるい身体と、一日の半分以上が終わってしまったという焦燥感が襲ってくる。それを解消すべく、またゲームをプレイする。そんな生活を長年送ってきた。
私、野花真は、決意する。今日こそはそんな生活を改め、休日を有意義に過ごすことを。
ピピピ。土曜日なのに目覚ましをかけてやった。ラビーを見ると、こんなに私が早起きするとは思っていなかったのだろう。普段なら私が目を覚ます頃には餌箱付近で待機しているのだが、今日は今から慌てて餌箱に向かっている。私は餌の入った袋からペレットを一掴みして、餌箱に入れようと手を伸ばす。が、ラビーは待ちきれなかったのだろう。私が餌を握る手そのものを噛んでくる。私は噛まれた衝撃で手を広げてしまい、ペレットは餌箱だけに入るのではなく、部屋に拡散されてしまった。だから、今日の有意義な生活その一として、掃除をすることにする。
「唸れ、マイサイクロン掃除機!」
一人そう叫び、私は一人暮らしを始めるときに気が大きくなって買ってしまった高い掃除機を久しぶりに起動させる。おお、さすがサイクロン、凄い勢いでゴミが取れる。と、思いながらも他の掃除機の取れ具合を知らないので適当だ。
ラビーは掃除機の音に最初は少し驚いて固まっていたが、すぐに慣れたのか、ペレットを食べ続けていた。そういえば前に飼っていたうさぎのウーサも、掃除機の音程度では眠りすら妨げることが出来なくなっていたな。
そんなこんなで、気合を入れたので小一時間掃除機をかけた。今日は十一月にしては暑い日なので、掃除をすることでそれなりの汗をかいてしまったようだ。私は着替えようとTシャツを脱ぎ、そこで思い立つ。今度は洗濯をしようと。
「どうせ誰も見てないし、全部脱ぐか」
シャツだけでなくパンツも脱ぎ、私は全てを洗濯機に突っ込む。これまた勢いで買わされた一人暮らしには大きすぎるドラム式洗濯機だ。私はその他にも溜め込んでいた洗濯対象物を一気に突っ込む。どれだけ溜め込んでも一気に洗えるのだから、ある意味この大きさでも正解だったかも知れない。ラビーを見る。食事が終わったのだろう。ごろんと横になってくつろいでいる。うさぎは風呂に入ることはないが、毛づくろいで綺麗にしたり、毛そのものが生え変わるという着替えをする。ラビーは今の時期が生え変わりのようで、抜けそうな毛があったり、その身体の模様が斑になっていたりする。
私は自分が着替えるのだからラビーも着替えさせてあげようとブラッシングをすることにした。素っ裸で。ブラッシングするのにもコツがあって、クシそのものを近づけていくと逃げていってしまうので、まずはおでこを撫でる。そうすると気持ち良さそうな顔をして身体を預けてくるので、そこですかさずブラッシング。最初は驚くが、すぐに慣れるようで、そうなれば大人しいものである。気が付けば五分。私はそれなりにこんもりとラビーの毛を抜き取ることに成功する。そして、そこまでやってから洗濯機に服を突っ込むだけ突っ込んで回していなかったことに気づく。どじっこである。
洗濯機をまわし終えた私は、そのままシャワーに入ろうとする。が、そのとき部屋にチャイムが鳴り響く。
「宅配便をお持ちしました」
素っ裸で対応、したら通報される。私は仕方なく新しい服を着て対応することにした。
愛想笑いをしながら受け取った荷物は、二日前に発売されたゲームだ。あのサイトで予約したからこのざまだよ。とりあえずここでゲームをしたらいつもの週末になってしまう。私はそれを未開封のまま部屋の隅に積む。このタワーもだいぶ高くなってきた。
ぐぎゅるるる。お腹が鳴る。そういえばラビーには食事をあげたが、肝心の自分自身は何も食べていなかった。本当は風呂に入ろうと思っていたが、服も着てしまったことだしとりあえず朝御飯にする。
私は買い置きの菓子パンとシールが付いてくるチョコレートを食べる。
「ごちそうさま」
食後にすぐ動くのは良くない。私は食後の少しだけの時間ならいいだろうと、先ほど届いたゲームを開封し、最初のセーブポイントまでやることにした。
その後。おやすみ。
ダメ人間は、いつまで経ってもダメ人間なものである。
☆
私の身体がいきなり勢いよく転がりだす。声にならなら叫びが出たのと、転がる際に打った鼻が痛い。一体何事と一気に覚めた眼を開くと、そこには何故か素っ裸の女性がいた。その女性は裸のまま私に対して怒りを露わにしている。
「まことさん、なんでよりによってあのシバに私のこと話したんですか!」
シバ? 柴犬? 一瞬何で犬にと思ったが、まさかこの女性は第一セクションにある医務室の担当医の一人、柴村先生のことを言っているのだろうか。確かに私は彼に相談した。
「最近私が太ってきたからダイエットさせるにはどんな餌がいいかとか、寝起きにトイレに行った隙に布団の上でオイタをしちゃうとか、恥ずかしいでしょ! これでも一応乙女なんですからね」
突っ込みたいことは色々あるが、とりあえずこの女性はラビーであることはわかった。うさぎ課での生活や、あれからうさぎ達が人間へと変身している様子を見ていなければ自分の頭を疑っていたところだ。こういう非日常に慣れてしまっている私自身を疑った方がいいとは思うが。それはさておき、私はまず提案する。
「とりあえず服を来てよ、見てて恥ずかしいのだが」
だがそんな私の提案は怒りを助長しただけだったようだ。
「服なんて持ってないわよ。普段は貴方のペットですからね!」
一般人が聞いたら誤解されそうな台詞である。そして確かにラビーが服を持っているわけが無いのも事実なので、私の服を貸すことにする。
「この白いカッターシャツなんてどうかな」
「あのね、裸の女性に男性ものの大き目の白いカッターシャツを着させて、そういった格好を見て性的興奮を覚えたいのはわかるけど、そういうのはゲームだけにしてよね」
酷い言い草だが当たっているので何も言い返せない。人間化したラビーは自分で探すと言って、クローゼットの中をごそごぞ。そして取り出すは一枚のTシャツ。
「いいのあるじゃん。これ着るね」
それはこの前うさぎ島に行った時に買った島限定の兎人シャツ。
「おいおい、それは記念に置いてあるやつだぞ」
「けち臭いこと言わない。このTシャツもおっさんに着られるより私のようなグラマーな女性に着てもらった方が嬉しいでしょう」
確かにその胸の大きさと、素晴らしいぼんきゅっぼん体型は認める。けしからん。ラビーはすぐにそのTシャツを着ると思ったら、それとジャージのズボンを手に取り、
「先にシャワー浴びる。そうそう、ブラッシングはありがとね」
そう言って、風呂に入っていった。散髪の後に頭を洗いたくなるような心境だろうか。私もシャワー浴びたいので一緒に入る、ないな。
とりあえず。
状況を整理したい。現在時刻は、午後二十時。窓の外は寝る前とは違い暗くなっている。私は部屋にあるゲージを見る。そこにはラビーはいない。そして、部屋を見渡しても、ラビーはいない。ただ私以外の人間がいないはずのこの部屋で、シャワー音がしている。
ということはやはり彼女は疑うことなくラビーなのだろう。アニマルカンパニーで働く人は、元がうさぎや犬、猫などの動物である。
それはつまり、人間化することが出来るということだ。罪を犯したうさぎが強制的に人間にさせられる場合もあるが、基本的にはその姿を人間や元の動物の姿に自由に変えることが出来る。らしい。
「姿を変えることは出来るのだが、普段は月からの監視が厳しいのだよ。今日みたいな新月の日だけは、治外法権なのさ」
「なるほど」
それなら納得だ。
「東十条さん、追加でもう一つ質問いいですか」
「どんとこい」
「どうやってこの部屋に入ってきたのですか」
まるでさっきからずっと私の横にいたかのように東十条さんは話しかけてきた。だが、さっきまで確かに居なかったはずだ。私がそんなことを思っていると、東十条さんは告白した。
「昼間、宅配便が来ただろ。あれの受け取りのときにこっそりドアの隙間からうさぎの姿で入った」
「何不法侵入しているのですか!」
そして、おかしい。それならさっき私が部屋を見渡したときに気がつくはずだ。
「驚かそうと思ってずっと死角にいた」
これは酷い。だが東十条さんの行動が突拍子も無いことはいつも通りなので、驚いてばかりいても疲れるだけだ。私はとりあえず確認したいことを質問する。
「月からの監視って何ですか」
そもそも現在の科学では、まだ月に生命を見つけることは出来ていない。私の問いかけに、東十条さんは良いところに気がついたね、と言って、教師が黒板を指すような仕草で、カーテンを閉め忘れて外の闇が映っている窓ガラスを指す。
「まず、月に俺たち動物の国があるのは知っているよね」
知るか馬鹿。
ガチャリと音がして、私たちがいる部屋と廊下の間にある扉が開く。そしてそこから現われるのはその胸でTシャツの文字を大きく歪ませているラビー。ラビーは東十条さんに代わり続きを話す。
「国の名前は、アニマルキングダム。アニマルカンパニーにいる人は大体そこの出身だよ。うさぎ課で働いていたから気がついていたと思うけど、毎週誰かが一週間単位で休んでいただろ。あれは王国に戻っていたのだよ。で、私は王国に戻ったときにシバに出会って、まことさんがこんなことを相談してきたぞニヤニヤ、と恥ずかしい思いをさせられてしまったんだ」
本編で名前が明かされていなかったキャラクター、そして本編に絡んでいない月とその設定。それらをこんなおまけの場所でするとはこれ如何に。
「王国は絶対的な王政で、しかも戒律が厳しい。昔はそうでもなかったのだけど、ある日、ピーター王子がお忍びで地球に来て、そしてさらに羽目を外しすぎた姿を人間に見せ、それを絵本にまとめられるという失態をしたからなんだよ」
「なるほど」
あれはあれで素晴らしい物語なのだが、確かに王子としての品格という点から見ればあまり良くないかも知れない。と言いながらも、いきなりこんな現実離れしている話をされても理解出来ていないと思う。そんな私の状況を把握しつつ、ラビーは続ける。
「だから、王国は地球にいる我々を常に監視している。だけど新月のときは月から地球が観測出来なくなるんだ。その隙を狙って私たちは息抜きをしているというわけ」
「だからそんなだらしない胸と尻で野うさぎ君を誘惑してその欲望を満たそうとしているのね、いやらしいやつだ」
ラビーはTシャツのしわを直す建前で、その胸を強調する。それは東十条さんへの見せつけだ。
「ごきげんよう、人の飼い主を寝取った泥棒兎さん。相変わらず胸と尻はぺったんこね」
東十条さんとラビーはにらみ合う。この二人はあまり仲が良くないのだろうか。そんなことを思っていると、ラビーは私に、
「シャワーを浴びたらノドが乾いたわね。ラビットティが飲みたいわ。ラヴィアンローズに電話して宅配してもらって」
と、無茶ぶりしてくる。とりあえず電話しろと何度も言ってくるので、仕方なくかける。
『了解しました。今日は野うさぎさんの家でパーティナイトですね。すぐ行きます』
パーティナイトって何ですかと聞く前に電話が切れる。
私は代わりにラビーや東十条さんに聞こうとする。が、ピンポーン。チャイムの音が響く。まさかと思って玄関のドアを開けると、そこには愛撫クイーンがいた。そしてその横には新幹線で見ることが出来る移動販売車がある。いくらなんでも早すぎだ。
「ラヴィアンローズです。パーティナイト会場はこちらでよかったでしょうか」
よくないよ。
「うむ、今日は野うさぎ君の家でやることにした」
と、いつの間にか私の後ろにいた東十条さんが答える。勝手に答えないでいただきたい。
そんなやり取りをしていると、隣の部屋の扉が開く。そして、出てきたのは、
「ちょっとうるさいのですけど。なので私も混ざりますね」
そう文句を言いながら私の部屋に勝手に入っていく増田さんだった。というか絶対隣の住人は増田さんじゃなかったはずだ。一体どうなっているのか。
「今夜は新月。私たちアニマルキングダム住民の人間が唯一息抜きを出来る日。だから、みんな集まって無礼講で楽しもうということ。それが、パーティナイト。多少現実と同期が取れていなくても気にしないほうがいい。禿げるぞ。私みたいに」
そう言ったのは、ロップじい。もう急に人が増えても驚くことはなくなった。
私は皆が部屋の中に入ったのを確認し、自身も部屋に戻る。ほんの少し前まで、私とうさぎであるラビーしかいなかった部屋が、人間化したラビー、東十条さん、愛撫クイーン、増田さん、ロップじい。それだけの人で賑わっていた。
私の姿を見た東十条さんは、まるで宴会の幹事の様に話し始める。
「それでは、今宵も開幕といきますか」
その言葉を合図に、皆は各々缶ビールを手に取る。そして一斉にプシュっという音。愛撫クイーンは戸惑っている私に缶ビールを手渡して開けるように言ってくれる。プシュ。そして、
「「「パーティナイト!」」」
そう言いながら、私たちは乾杯した。
うさぎ達の治外法権の夜が、今始まる。
☆
「とりあえず聞くけど、皆さんアルコール飲んでも大丈夫なんだね。本編では皆飲まないようにしてたけども」
「うむ。今夜はパーティナイトだからな」
相変わらず説明の少ない東十条さん。愛撫クイーンが補足する。
「うさぎが食してはいけないものというのは、全てキングダムの法律で決められたことなのです。それに合わせて私たちの身体は構成されているので、中毒症状を起こしてしまうのです。ただそれはあくまでうさぎ姿のときだけであり、人間化しているときは、本当に普通の人間と同じなのですよ」
なるほど、そういうことだったのか。東十条さんは、とりあえず細かいことを気にするな、と言いながらゴクゴクモリモリしている。
二人きりで会うときはあれだけお淑やかなのに、皆がいる前ではどうしてこうも雑なのか。不思議でならない。
それにしても。私自身は正真正銘人間なわけで。そんな人がうさぎだらけのパーティに混ざっている。最初はこの雰囲気に戸惑いを感じていた。だけど持ち前の適応力なのだろうか。お酒の影響なのか。この雰囲気にもう慣れてしまった。
増田さんが、空になった缶ビールを叩いている。
「愛撫クイーン、クッキーはよう」
「あ、私もひとつお願いします」
増田さんとロップじいからの注文。
「もう、ここはラヴィアンローズじゃないんですし、それくらい自分でとって欲しいわね」
愛撫クイーンはそう言いながらも丁寧に色々な種類のクッキーを皿に取り分け増田さんとロップじいに手渡す。増田さんと話をしていたラビーは、増田さんの皿からクッキーをつまみ食いしている。
「やっぱり人間用のクッキーは美味しいよね。うさぎ用のやつは身体を気遣ってくれているのはわかるのだけど、味気ないんだよね」
ラビーのその言葉に、話題はクッキーへ。
「あのうさぎ用のクッキーってさ、結構な量入っているじゃない。あれってどうしても最後の方クッキーが湿っちゃうんだよね」
「そうだよねー。アニマルカンパニー社で管理しているものは乾燥剤を入れた専用タッパーに移し変えているけど、一般家庭にそこまで要求するのはどうかだしね」
ラビーと増田さんは一緒にクッキーを食べながら話している。そして、私に何かアイデアはないかねと問いかけてくる。
「うさぎ商品考案大会で結局一勝も出来なかった野うさぎさんはどうお考えでしょうか」
東十条さんも余計なことを言ってくる。私は東十条さんを軽く睨んだあと、答える。
「人間が食べるクッキーのように、箱の中でさらに個別包装したらどうですかね」
私の提案に、愛撫クイーンは頷いてくれる。
「確かにそれはいいわね。でもそれだと値段高くならないかしら」
「高くなっても大丈夫だと思いますよ。そして、個数も減らしていいと思う。そもそもうさぎに対してクッキーをあげすぎたら健康によく無いですしね。たまにスキンシップやご褒美としてあげる分には、高級感があった方があげる側としても嬉しいですしね」
ロップじいは感心している。
「なるほどのぉ。確かにペットに対しては皆財布の紐が緩くなるものだしな。野うさぎ君、やりますな。でももう聞いちゃったから今度の大会で提案しても無効ね」
酷い話だ。これだから東十条さんは嫌いだ。
「いやいや、今のはロップじいの発言で、私は関係ないでしょう?!」
確かに関係はなかった。でも嫌いだ。
そうだ、ラビーには言いたいことがあったんだ。
「ラビー、とりあえずサラウンドスピーカーを弁償してくれ。あのときはよくもケーブルをずったずたにしてくれたな」
私がそう言うと、ラビーは、異議あり!、と叫ぶ。それを受け、ロップじいは異議を認めますと言った。なんだこの法廷コンボ。
「あれはまことさんが噛める位置にコードを置いてしまっていたのが悪いのよ」
「噛まないという選択肢はないのですか」
「あのね、子供の手が届く範囲にタバコを置いておいて、それで子供が食べてしまったら子供を怒りますか? そういうことですよ」
「そんな大きな胸しておいて、いまさら子供って」
東十条さんがちゃちゃを入れる。今回ばかりは東十条さんに同意した。そんな私の頭を、スパコーン。ハリセンが襲う。
「増田さん、ハリセンなんかどこから持ち込んだのですか?!」
私がそう言うと、増田さんはニタリと笑う。
「うさぎの女性はね、マフマフに色々なものを隠し持っているものよ」
「でも、今は人間の姿ですよね」
私のその言葉に、何故か部屋にいる皆が一斉に私の方を見て驚く。そんな様子を見て、私自身も驚く。
「人間のときの隠し場所をこんなにストレートに聞くなんて、野うさぎちゃんは本当にドスケベね!」
結局答えを聞くことは出来なかったが、妄想だけが加速した。
「愛撫クイーンさん、質問いいですか」
「撫子って呼んでくれたらね」
「あ、じゃあいいです」
パーティナイト、完。
「いやいや、まだ夜はこれからですよ」
本当に自由な夜だ。愛撫クイーンは仕方ないわね、と言って、質問どうぞと言ってくれる。
「うさぎって、どこを撫でられるのが一番気持ち良いのですかね。私の中では、おでこか背中側の耳の付け根付近のどちらかだと思っています。一般的にはおでこって言われていますが、それは甘えるときにおでこから来るからで、実際は耳の付け根の方が気持ち良さそうに思えるのですよね」
私がそう言うと、愛撫クイーンはずばり答える。
「どっちも一番。うさぎも人間と同様に、同じことばかりされていると飽きてくるもの。なのでどこか一箇所だけをずっと撫でられても次第に飽きてしまうのね。そういう意味で色々な場所を交互に撫でてあげることが大切よ」
マッサージ大会での優勝者の意見は伊達じゃない。
「でも本当の意味での一番は、愛している人に触られることだね。そういう意味ではラビーは幸せそうでいいなぁ。私も彼氏かご主人様が欲しいなぁ」
ご主人様という言葉にピクっと反応するロップじい。いやらしいやつだ。もちろん私も反応したが。そんなどうでもいいことはさておき、愛撫クイーンの言葉を受け、ラビーは恥ずかしそうに答える。
「まことさんは、それはもう激しく全身を撫でてくるのよ。表も裏も容赦なく触ってくるの」
ラビーはだいぶ酔いが回っているのか、饒舌だ。そして余計なことまで話している。
「きゃー、野うさぎ君いやらしー」
東十条さんの煽り。私はそれを聞いて、東十条さんにニヤリとした表情を返す。ふふふ、馬鹿だな。東十条さんのいやらしい秘密なら私も知っている。それをここで、
「あーーーやっちゃった」
そんな私の決意は、増田さんがラビットティを床にこぼしてしまったハプニングでかき消された。
まことについてない。なんちゃって。
☆
まだまだパーティナイトは続いているけれど、私は火照ってしまった身体を少し冷やそうと、ベランダに出る。
夜風が心地よい。
「良い新月の夜だな」
私は一人、呟く。
「そうだね」
そんな私の独り言に答える人が当然いて、その姿も当然のように私の横にある。だが私はもうそんなことは気にすることはない。
私は彼女に視線を合わせることなく、話し始める。
「なぁ、こんな話、知っているかい」
彼女も特に返事が必要ではないことを悟ってくれているのか、黙って私と同じように空に映る新月を眺めている。
「うさぎは、その命を全うしたなら、月に帰る。そしてそこで餅つきをして余生を暮らしていくという話。そんな話を私は小さい頃に聞かされたりした。でもね、それって寂しいことだよね」
私はそっと彼女の指先に触れる。その手が握り返される。
「そんな話は真実ではなくて、私はこう考えているんだ」
うさぎは、その命を全うしたなら、月に帰る。そしてそこで大量の粘土をまるで餅つきのようにしてこねる。そのこねた粘土で、うさぎの姿を創り出す。そして、それに自身の命を投影させ、その姿で再び地球にやってくる。
「だから、その姿形は前までのうさぎのそれとは全く異なるけれど、魂は同じ存在なんだ」
それは人間独特の都合の良い解釈なのかも知れない。だけど、うさぎ好きだけが知りえる真実でもある。
私は彼女を見つめる。
「君は、ウーサだね」
☆
気がつくと、部屋の中から多数の視線。
「この雰囲気は、キスするぞ。撮影班準備早く!」
私は我に返り、ベランダから再び部屋に戻り、照れながら怒る。
今宵は、うさぎ達のパーティナイト。
終わることのない、闇が私たちを照らす、そんな新月の夜。
― おまけエピソード 終 ―
うさぎ課 よろしんく @yoro_synk
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