最終羽 あの日見た夢
私がアニマルカンパニー社のうさぎ課で過ごした日々。あのときから一年が過ぎた。
あの後、私が目覚めたのは自分の部屋だった。そして、それからアニマルカンパニー社へと向かうも、そこにうさぎ課は存在していなかった。もちろん、東十条さんも、愛撫クイーンも、増田さんも、そして、ロップじいもいなかった。私が働いていたあのうさぎ課は、アニマルカンパニーは幻だったのだろうか。
「いや、現実だったのだろう。彼らはうさぎに戻った。それだけだ」
私は一人そう呟きながら、小学校の門をくぐる。
「本当に助かります」
教員にそう言われながら、私は小学校の奥へと案内される。そこにあるのは、うさぎ小屋だ。
「それでは撮影していきますね。ええと、飼われているのは三羽ですね」
私はカバンからデジタルカメラを取り出し、うさぎをそれぞれ写真に収めていく。
あの日以降の私は、アニマルカンパニーへの入社も叶わず、アルバイトと貯金で生活をやりくりするフリーターとなっていた。正確には続けていた、かな。
うさぎ課での出来事は、夢か幻だったのかも知れない。でも、私は彼らに約束した。うさぎのために生きると。だから私は自分が今出来ることは何か考えた。それがこれだ。
うさぎライフネットワーク。事情があり飼えなくなってしまったうさぎの次の飼い主を探すサイトだ。私はこれを立ち上げた。主に全国の小学校で飼えなくなったうさぎを対象に活動している。私がいけるような範囲であれば、こうして自ら写真を撮影しに来ている。
「皆さんには確かに事情がある。それはわかりますが、うさぎも私たちと同じ命です。命の大切さを子供に教えるという意味でも、今後はこういったことの無いようお願いします」
このように直接会って伝えなければならないこともあるからだ。
「ねぇねぇ、最後のお別れにうさぎちゃんにチョコレートあげてもいい?」
様子を見に来ていた女子生徒がその手にチョコレートを持っている。それを聞いた教員は、いいわよ、と許可する。
「待ってください! うさぎには人間が食べるチョコレートはよくありません。あげないで下さい!」
私はその許可を取り消した。私の少し強めの口調に怯えて泣き出してしまう女子生徒。そしてそれをなだめる教員。教員は私にもう少し優しくお願いしますね、と言ってくる。
これが現実だ。
☆
その日の夜。私はラビーに食事をあげ、そして自身もコンビニ弁当を食べる。ノンアルコールビールを飲みながら、私はラビーに話しかける。
「なぁ、ラビー。やっぱり一人では出来ることに限度があるよな」
私はあの日以降、アニマルカンパニーを何度か訪れている。その目的は、うさぎ課の設立依頼だ。普通に考えれば、見ず知らずの男性がいきなり訪れて、
「うさぎ課を設立してください! そして私をそこで働かせてください!」
なんて言っても門前払いにしかならないだろう。だから私はいきなりプレゼンテーション資料を持っていき、五分だけ時間を貰ってうさぎ課の設立目的、そしてその課が何をしていくのか、何をもって利益を成すのか。それらを説明したのだ。それはそれなりに好印象だったようで、そのあとも何度か役員の方と話すことが出来た。
「その若さでそこまで考えることが出来るなんて、凄いね」
役員の方がそう言ってくれるけれど、なんてことはない。あのときのうさぎ課で学んだことをまとめて話しているだけだ。
「だが、課を増やすとなると、それは大きなリスクにもなりかねない。だからもうしばらくの間、検討する時間を頂くよ」
「どれくらいでしょうか」
「ここのところ我が社も業績が悪くてね。来年か、再来年か。予算が取れたときにしか無理なんだ。良いアイデアを持ち込んできてくれているのはわかるのだが、本当にすまない」
私は無力である。そう実感した。
うさぎ課での日々は、皆が作り上げてくれていた土台があったからこそ出来たうさぎの世話というわけだ。私は本当に一人でその土台から作り上げることが出来るのだろうか。
ラビーは、美味しそうにペレットを食べている。最近ちょっと太ってきた気がするから明日から少し量を減らそうか。
ぴたっ。
私がそんなことを思うと、ラビーは動きを止めてこっちを見る。私はその視線に少し驚き、そして観念して、おやつとして乾燥にんじんを手渡す。
「明日からダイエットするから今日は少しぐらい食べすぎてもいいよ」
もちろん良いわけはない。
私は布団の中に潜り込み、思う。
「また夢の中で彼ら彼女らに会えないかな」
気が付くと私は深い眠りに落ちていて、気が付くとやはり朝が訪れていた。
☆
ガチコーン。ガチコーン。食器が激しく動かされている音。
「はいはい、わかってますよ」
私は寝ぼけ眼で布団から這い出し、ラビーの食器にペレットを入れる。それと同時にがっつきだすラビー。時計を見ると、十一時を回っていた。フリーターになってからは朝起きるのがルーズになってしまった。
私は豆乳おからクッキーと少し高めのヨーグルトを食べながら、最近ゴールデンにあまり見なくなった芸能人が出ている昼前の番組をぼーっと見ている。
「見ている場合じゃない! 今日は小学校にうさぎの写真を撮りに行く日だった」
私は急いでラビーに食事をあげ、
「いいか、これは昼ごはんだからな。さっき朝ごはん食べたのだし、まだ食べるなよ」
と言いながら水が充分にあることを確認し、充分に無かったことに気づく。
「あー、水少ないな。急いで入れ替えよう」
そんな感じに慌てている飼い主の横でマイペースにペレットをバリボリしているラビー。
「留守番頼んだぞ」
私はそう声をかけてから、颯爽と家を出た。おにぎりをくわえながら。
☆
これはまるでアニマルカンパニーうさぎ課に通っていた日々のようで、懐かしい。私は動物駅で降り、うさぎ課があった場所へと歩いていく。
私が生きるこの世界では、アニマルカンパニー社にはうさぎ課はなく、またその場所も少しずれていた。私が通っていたアニマルカンパニー社があった場所は住宅街になっており、うさぎ課があったであろう場所には小さな小学校が建っていた。
一週間前ぐらいにその小学校からうさぎライフネットワークに連絡があった。廃校となるのでうさぎ達の新しい飼い主を探して欲しいとのこと。近い場所ということもあり、懐かしい場所ということもあり、私は直接うさぎ達の様子を見ると先方に伝えた。その日が、今日だ。
校門に着く。そこに書かれている小学校の名前。
「東十条小学校か。不思議な偶然だよな」
その名前を聞いてから調べたのだが、ここら辺の地域が東十条市だからそう名づけられたそうだ。それ以上の意味はない。
キーンコーンカーンコーン。キーンコーンカーンコーン。十二時を示すチャイムが小学校に響き渡る。
「お昼時になってしまってすいません」
「いえいえ、こちらこそ来てくださってありがとうございます。うさぎ小屋まで案内します」
私は教職員の案内を受け、うさぎ小屋へと向かった。
私には確信があった。そもそもラビーを飼い始めたタイミングを思い出せば、それは明らかだった。
うさぎ小屋はとても綺麗だった。他の学校で見た、世話を放棄したうさぎ小屋というのは、それは酷いものだ。だがここは、廃校になるという已む無い事情でうさぎを手放すわけだから、今も変わらず丁寧にうさぎの世話がされているように見える。うさぎの糞も今日出したであろう分ぐらいしか転がっておらず、チモシー草も散らばったりしていない。これだけ丁寧に飼ってくれているのであれば、飼育係もさぞかし寂しい思いをしているだろう。
「うちで飼っているのは、三羽です」
うさぎ小屋には、その飼っているうさぎの名前と絵が貼られていた。その中の一匹に彼女がいた。私はその名前を見て、思わず笑ってしまう。その姿を見て、教職員は不思議そうな顔をする。
「失礼しました。いやなに、同じ名前を持つうさぎさんに会ったことがありましたので」
懐かしく思えた。そして、何故か笑えた。
元気にしてるのだな。
私が写真を撮り始めていると、飼育係らしき女性徒がうさぎの食事を持ってくる。その姿を見たうさぎ達は、入口へと集まる。写真がぶれてしまった。女生徒は小屋の外からうさぎ達に挨拶をする。そして、まずは第一扉の中に入り、その扉を閉める。一般的なうさぎ小屋はここのように扉が二重構造になっていて、うさぎが入退室のときに逃げてしまわないようにしている。うさぎはさっきまで入口付近に集まっていたが、その女生徒が中に入って来たのを見ると、今度は餌箱の方に一斉に移動する。その後、第二扉が開かれ、第一扉と第二扉の間にうさぎがいないことを確認後、閉められる。女生徒は餌箱の周りでうさぎ達に催促されながらも、手に持ったペレットや野菜を容器に投げ入れるのではなく、丁寧に手で掴んで餌箱に入れていく。
この女生徒からは、うさぎへの確かな愛情を感じることが出来る。だから私はお返しとして、デジタルカメラをカバンにしまい、代わりにポラロイドカメラを取り出し、その女生徒と美味しそうに餌を食べるうさぎ達が一緒に写る構図で写真を撮る。そして、餌をあげ終わって外に出てきた女生徒に、
「はい、これ記念写真」
と言ってまだ少し黒いポラロイド写真を手渡す。その女生徒は喜びながらも少し憂いを持った表情をして、
「うさぎさん、お願いします。うちでは飼えないから」
と、お願いしてきた。私は胸を張り、元気よく答える。
「私にまかせなさい!」
その言葉を受け、女生徒は笑顔になる。
「ありがとう、おじさん!」
いや、お兄さんです……。使わないようにしている三点リーダーを使ってしまうぐらいへこんだ。
☆
一通り写真撮影を終えた私は、事務手続きをするために職員室へと向かおうとする。が、私がうさぎ小屋に背を向けたとき。
「やだーーネギ嫌いーーー」
「こら、待ちなさい!」
元気な声が聞こえる。小学校だからこういうやり取りも日常なのだろう。そう思い、私は気にせず職員室へと向かう。が、
「やだよ、う~、えいっ!」
「こ、こら! いくら嫌いだからってそんなところに投げちゃダメでしょ」
何か凄く嫌な予感がする。私は振り返る。
光が私を包んでいく。
私は振り返る。すると、それと同時に世界は光に包まれ、気が付くと世界は場面変換し、小学校内だったはずのその場所は、裁判所へとその姿を変えていた。
見覚えのある裁判所。私は傍聴席にいる。周りには誰もいない。
驚きを隠せずに私はキョロキョロ周りを見ていると、声が聞こえ始める。それと同時に、私の周りが再び光に包まれ、さっきまで誰もいなかった裁判所に、あふれるばかりのうさぎたちが現われた。
「静粛に!」
裁判官の位置にいるロップイヤーのうさぎが木槌の代わりにスタンピングしながらそう言った。スタンピングの使い方間違っていないだろうか。それよりも、このうさぎの声は聞き覚えがある。いや、姿からして一目瞭然か。
「お前たちも懲りないやつだな。また食べたのか」
ロップイヤー裁判官が視線を向ける先には、被告うさぎがいる。
「ロップじい、そういうなよ。いきなり目の前にネギが投げ込まれたんだぜ? そりゃ食べるだろ」
そう言ったドワーフホトうさぎはまだモグモグしている。口の中にまだネギが残っているのだろうか。
「というか、なんだよ、結局俺だけでなく皆も食べたのかよ」
ドワーフホトうさぎのその言葉に、レッキスうさぎは、
「子供がチョコあげるって言ってくれたから、断るのも悪いと思ってね」
そう言いながらパンパンと両手を払い、口元を拭いている。そしてその横にいるネザーランドドワーフうさぎは、
「いや、なんていうか小屋を脱走したときに畑に生えているにんにくを見つけてね」
と裁判所の床に穴を開けながら答える。
彼女らと彼の言い分を聞いたロップイヤー裁判官は、深いため息をつく。そして、言った。
「被告人であるドワーフホトの王子、レッキスの撫子、ネザーランドドワーフの増田。そして、野花真。お前たちに、人間となり我々うさぎの面倒を見るという罰を与える」
異議あり!
私は心の中でそう叫び、そしてロップイヤー裁判官に問いかける。
「ちょ、ちょっと待ってよロップじい。私は関係ないだろ? しかも元から人間だぞ?!」
私がそう言うと、ロップイヤー裁判官は、間違っていた訂正する、と言って、
「おお、そうだった。野花真は、人間のままで我々うさぎの面倒を見るという罰を与える」
と、宣言した。
「そ、そういうことじゃなくて」
「罪がないと言いたいのかな?」
「そう、それだよ! 私は何もしていないじゃないか」
「それだよ」
「えっ」
ロップイヤー裁判官は、厳しい表情で私を見る。
「私は君があの日に言った、我々うさぎの面倒を見るという言葉を信じ、彼らの呪いを解いた。だがどうだ、君は未だにうさぎ課を導くことすら出来ていやしない」
そう言われると返す言葉もない。
私が理解したのを見て、ロップイヤー裁判官は続ける。
「私たちうさぎは、仲間を大切にする。それは言い換えれば、一人の罪も連帯責任として皆が負うことになるということだ。だから今日召集させていただいた傍聴席にいるうさぎの皆よ。貴方たちも彼ら四人の罪を一緒に償うものとして、昔のように人間となりうさぎ課で働いてもらうこととする」
その言葉を受け、周りから一斉にスタンピング音が聞こえる。
「静粛に!」
ロップイヤー裁判官の木槌代わりのスタンピングが響く。一斉に静まる裁判所。そんな様子を見て、改めて思う。
「ロップじいって、本当に偉かったのね」
改めて私はその存在の偉大さを実感した。
私も彼らの仲間扱いになっていることには気づいていましたか。
「それでは、係官。被告人のうさぎ達を、順に奥の部屋へ」
その言葉を受け、係官が物陰から出てくる。その姿には見覚えがある。
「ラビー、何してるんだよ」
私は思わず声をかける。係官はその声に反応するも視線はこちらに向けずに話す。
「公務ですよ。それから私の本当の名前は、家うさぎです。自宅ではラビーで構いませんが、正式な場ではそう呼んでいただくようお願いします」
もう、うさぎが話すことには慣れたつもりだったが、実際に飼っているうさぎが話をしてるのを見るのはやはり不思議なものだ。そんな私に、ロップイヤー裁判官は補足する。
「彼は君の一次試験の監督だったのだよ。だから君が自宅でどういう風に過ごしていたかも全て報告を受けている。この意味わかるよね」
一瞬で理解した。
「ロップイヤー裁判官、私、野花真。うさぎ課のために命を賭ける所存です」
「うむ、それでいい」
一人だと思って色々やらかしてしまっている秘密。それをばらすということ。なんという脅しか。それでも裁判官か。
「ロップイヤー裁判官、ひとつよろしいでしょうか」
ラビーがロップイヤー裁判官に声をかける。
「野花氏は、あれからうさぎライフネットワークを立ち上げ、それなりに私たちの仲間の命を救ってきています。それに対して何かしらの恩賞を与えてもよいのではないでしょうか」
ラビーのその提案に、ロップイヤー裁判官は頷く。
「そうだな、その通りだ」
そして少し考え込んだあと、私を発言台に来るように手招く。私はうさぎサイズになった裁判所を壊してしまわないように慎重に移動する。そして、発言台になるべく膝を曲げて視線を下げた状態で立つ。そんな私に、ロップイヤー裁判官は言った。
「野花真、本名、野うさぎ」
逆だ逆。
「今日よりアニマルカンパニーの正式社員となり、うさぎ課で働くことを認める!」
ズボンの裾が引っ張られる。足元を見ると、そこにはドワーフホトがいた。
「今日からは同僚だな。改めてよろしくな」
「こちらこそよろしくお願いします。東十条さん」
私はそう言ってドワーフホト姿の東十条さんに触れようとすると、東十条さんは猛ダッシュで奥へと走っていく。そして、言った。
「気安く触ろうとしてるんじゃないよ」
その態度、その言葉に、私は改めて思うのであった。
私は、東十条さんが、嫌いだと。
― うさぎ課 終 ―
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