第六羽 真実

うさぎ課の執務室のすぐ横にある休憩室。正しくは会議室なのだが、その部屋が会議に使われたことはここ近年ないようだ。四人ほど入れば狭いと感じる部屋には、誰が持ち込んでいるのか色々なお菓子が置いてある。うさぎ課のローカルルールとして、この部屋に置いてあるものは自由に食べてもいいが、食べた分と同じだけ、はたまたそれ以上のお菓子を補充する決まりになっている。だから実際は十人以上入ることが出来る部屋なのに、四人でも狭く感じるようになっているのだ。来年にはお菓子で部屋が埋まりそうだ。それは言い過ぎか。

と、まぁ、そんな部屋に、私たちは集合している。私たちというのは、私、野花。うさぎ課の上司である東十条さん、愛撫クイーン。そして猛獣課の増田さん。皆、忙しい中私のアイデア練りに協力してくれることになった。

今まではアイデアを考えるのはあくまで私自身だけで行うことになっていた。だから方向性のアドバイスはあったものの、アイデアそのものに対するそれはなかった。だが今回はロップじいが言ったようにアイデアに対するアドバイスが可能となっている。そして、私のアイデアの出来には皆の成績もかかっているようで、皆は容赦なく不甲斐ない私を攻めたてる。


このアイデア勝負というのは、時間をかければ良いというものではない。だから会議は一日一時間と限定し、皆が集まることが出来る就業後の時間、十八時に、ここうさぎ課の休憩室に集まるということになった。もとい、会議室。そして、皆が私に協力してくれる条件として、私自身は毎日アイデアを複数考えてその場で発表するということを約束した。それはつまり、会議の時間は一時間だけだ

が、その他の時間は私は出来る限りアイデアを練り続けていかないといけないというわけだ。


月曜日。


「うさぎが寝ているかを判定する機械というのはどうでしょうか」

「ほう、気になるね」


うさぎが寝ているか判定機。

鼻の動きをセンサーで感知する。鼻の動きが一定以上止まると、うさぎが寝ていると判断して指定のアドレスにメールを送る仕組み。これによりうさぎが寝ていることを早く知ることが出来、その眠りを妨害しなくてすむ。


「どんな高性能なセンサー搭載の機械だよ。そんなのどこかの研究所にしか設置出来ないだろうし、そもそもそういったところは監視カメラの映像で解析してるのだよ」

「つまり」

「却下だ」

「ですよね」

幸先の良いスタートを切れたようだ。


とりあえず今はどんどんアイデアを出していくことが大切だ。私は続ける。


リアルグルーミング。

うさぎ自身がするグルーミングは、舌で行っている。それを実現させるべく、舌の感じに似た少し粘着性のあるものでグルーミングするのはどうか。


「どうかと言われても、却下としか言いようがない」

東十条さんが再びバッサリ私のアイデアを切る。そんな姿を見て、増田さんは東十条さんを殴る。

「ちゃんと理由を言わないと意味がないでしょうが」

東十条さんは殴る前に口で言ってくれと増田さんにぼやいてから、私の方を向く。

「そうだな、うさぎの毛をグルーミングするというのは私たちは毎日クシを使ってやっているだろ。それは大昔から皆がやっていることで、そしてそれは昔からやっているからという理由でクシを使っているのではなくて、日々研究が続けられており、それでいてクシが最適であるという結論が出ているからだ。うさぎ自身は舌しか使えないから舌でやっているだけであり、それを真似ることに意味はない」

確かに東十条さんの言うとおりだった。


軟便スプレー。

泡で軟便を閉じ込めて匂いを防ぐことと、取りやすくするために使う。


「使わないな。そもそも軟便を残してしまうということは、そのうさぎの食生活に何か問題があるということだ。後処理の辛さからもそういった事実を反省することが出来るから、これは便利にすべきではない。それと、俺のアイデアのスプレーに影響されすぎ」

言われればその通りだ。厳しいな。



 ☆



これで今日私が用意出来たアイデアは終わりとなった。

「とりあえず明日に期待ということで、今日は解散だ」

東十条さんと増田さんはまだ仕事が残っていたようで、そのままうさぎ課と猛獣課へと戻っていった。私はそのまま会議室に残り、アイデアを、アイデアのヒントを思索する。

「一人で考えて出せるアイデアは、家に帰ってからでも出せるよね。せっかくだし二人でなら出せるようなアイデアを一緒に考えようか」

そう言って、愛撫クイーンも残ってくれる。本当に愛撫クイーンには頭が上がらない。私がそう思っていると、愛撫クイーンはため息一つ。

「そう思っているなら、呼び名も撫子にして欲しいわね」

この会社の人間は皆、心を読めるのだろうか。


とりあえず気分転換に雑談。

「そういえば愛撫クイーンさんは元々は撫子と呼ばれていたのですよね」

「そうよ」

彼女が愛撫クイーンと呼ばれるようになったのは、マッサージ大会で優勝したからだ。

「今となっては、撫子と呼ばれる方が珍しいぐらいよ」

「その撫子と呼ばれるようになった理由は何なのですか?」

私がうさぎ課に野原さんがいたから野うさぎ君と呼ばれるようになったように、愛撫クイーンが撫子と呼ばれるようになったのにも理由があるはずだ。それが気になっている。

「そ、それは」

愛撫クイーンは恥ずかしそうに視線を逸らす。が、そのとき私の後ろから声が聞こえる。

「アニマルカンパニーにあるカフェ、なでしこ。入社したときからそこで毎日パフェを食べていたからさ」

「東十条先輩!」

愛撫クイーンは恥ずかしがりながらも東十条さんに向けて絵本を投げる。東十条さんはそれを華麗に左手で受け止める。

「まぁまぁそう怒らずに、これで許してくれ」

東十条さんはそう言うと、会議室の机の上に箱を置いた。それは黒色のパッケージで、茶色の文字でチョコレートと書かれていた。皆さんは会議室の中にお菓子が一杯あるのにお菓子の差し入れとはこれ如何に、とお思いかも知れない。この会議室の中には確かにお菓子は一杯あるのだが、常温で管理するということになるのでチョコレートはないのだ。

「今日、営業先で貰ったお土産のチョコレートだ。愛撫クイーンは甘いものが、特にチョコが好きだろ」

愛撫クイーンの目は輝いていた。そしてその手でチョコレートを掴み、言った。

「私は、東十条さんを許します」

と。


結局その後、東十条さんを探して増田さんも戻ってきたので、皆で会議室でお茶会をした。なので結局アイデアを考えるという作業は、家に帰って一人ですることになった。


それもまた一興。



 ☆



その日の夜、私はあの昔に見たうさぎ裁判の夢を見た気がした。

私は傍聴席にいて、その裁判を見ていた。うさぎ法で食べることが禁止されているものの一つ、チョコレート。それを食べていたとされる被告うさぎ。それは確かにうさぎそのものの姿なのに、何故か彼女のような雰囲気を感じた。そんな気がしたが、朝起きたときにはもう覚えていなかった。



 ☆



火曜日。


少し眠い眼をこすりながら、私はまとめたノートを広げる。

「ホコリバキューム」

「掃除機だろ。却下」

「ちょ、ちょっと早すぎますよ。聞いてくださいよ」

相変わらず東十条さんの突っ込みは早い。だが考えてきたアイデアを無駄にするわけにはいかない。


ホコリバキューム。

草を与える際に細かな草埃が出てそれでうさぎの目を傷めてしまうのをいつも気にしていました。また、ブラッシングしたときに飛び散る毛も同様です。そういったときに、それらを吸印する機械、扇風機の逆パターンのものが有効だと思われます。動力はコンセントではなく乾電池にすることで持ち運びも可能とします。


「却下って言っただろ。それは既に商品化されている。勉強不足だ」

相変わらず東十条さんの指摘は的確だったようだ。


うさぎ用まくら。

うちのうさぎは、くつろぐ際にその顔を段差の上に乗せていることがある。うさぎ自身は別にそういった枕がない状態でくつろぐことが出来るのだから、枕に乗せたその姿勢がうさぎにとって心地よいものだと想像出来る。だから小型でかつ人間用枕のような適度な弾力性を持ったうさぎ用まくらがあればよいのではないだろうか。


「悪くはないわね。でもひとついいかしら」

そう言いながら愛撫クイーンは首元を触る。

「人間の首元とうさぎの首元の違いについて考えてみたかしら」

「それは考えていませんね」

「人間は肌が露出しているから、枕とするには柔らかい素材を好む。でもうさぎは毛に覆われている。メスのうさぎならさらにマフマフもある。そういった場所にあてがうものは、果たして本当に弾力性を持つものがいいのかしら。硬い方がいいから、あなたの飼っているうさぎは段差でくつろいでいるのではないかしら」

愛撫クイーンの指摘は最もだった。そこまで深く考えることは出来ていなかった。

「まぁアイデア自体は悪くなさそうだし、他のものが出なかったときの候補生として残しておきましょう」

やっと一つ次点アイデアを出すことが出来た。だがもちろん次点で満足していてはロップじいに勝つことは出来ない。

「次、はい次」

東十条さんの催促に、私は頷いた。


毎日写真を撮らないと爆音が解除されない目覚ましアプリ。

これにより毎日うさぎを撮影する必要が出てくるので、思い出作りにもなります。このアプリの良いところは普段は思い出作りをしていないような人でも写真を撮ろうというきっかけになるということです。


「そしてそのアプリの欠点は、必ずしもうさぎを撮影する必要はないということだな」

そういえばそうだ。しょんぼり。

カシャ。そんな私の顔を撮る、東十条さん。その写真を見て笑う愛撫クイーンと増田さん。私のアイデアは、ひと時の笑いに消えた。



 ☆



今日のアイデアはここまで。とりあえず次点のアイデアが出たことだけが救いか。

だがまだまだだぜ、と言って東十条さんは会議室から出て行く。その後を追うように愛撫クイーンも出て行く。増田さんはひとつ大きなあくびをしながらも、会議室から出ていこうとはしない。おそらく何かしらアドバイスをしてくれるつもりなのだろう。私はその好意に答えるためにも、アイデアを搾り出していくことにする。


が、その前にやっぱり雑談。

「増田さん、ぶっちゃけた話をしてもいいですか」

「ん、どんとこい」

「ずっと気になっていたのですが、東十条さんって本当に女性なのですよね」

私のその言葉に、増田さんは一体何を言い出すのかといった感じで、笑う。

「そうだよ。なんだずっと東十条を男性だと思っていたのかい」

「そりゃあ、あの服装で口調も俺って言っていますし、普通気がつきませんよ」

「あいつは胸も尻もちっちゃいしなぁ。ちっぱいに、ちっちりだ」

そこまでは言っていないけどな。

「で、それが聞きたかったのかな」

私は首を振る。

「ずっと東十条さんと増田さんは付き合っていると思っていたのですが、お二人とも女性ということは私の勘違いだったのでしょうか」

私のその言葉に、増田さんは今まで見せたことがないようなニターとした悪い表情を見せる。その表情にどきっとしたそのとき、またまた不意に後ろから声が聞こえてさらにどきっとする。

「京子はな、男だよ」

東十条さんの爆弾発言。その言葉に、増田さんは不服そうだ。

「あっさりばらしてしまって、面白くないなぁ」

「まぁそう言うな」

東十条さんはそう言いながら、会議室の机の上にコンビニの袋に入った何かを置いた。

「さっきコンビニに行ったら、懐かしいものが売っていたから買ってきた」

その袋の中には、にんにくキャンディというものが入っていた。

「懐かしいね」

そう言って、増田さんは袋から一粒取りだし、口の中に放り込む。にんにくの匂いが、狭い会議室に充満する。東十条さんも同じように口に放り込んだあと、

「俺はボーイッシュな格好を好むし、京子は京子で俗に言うオカマだから、妙にウマがあったというわけさ。だけど、それも昔の話だ」

「昔の話?」

「もう別れているわよ」

それを聞いた私は、

「お、ほっとした? おいおい俺に気があるのかな」

そう言ってからかう東十条さんを無視して、にんにくキャンディを口に放り込む。そして、思う。やっぱり私は東十条さんが嫌いだと。


あと、にんにくキャンディは微妙だった。



 ☆



「また今日も雑談してしまって会社でアイデアを考えることが出来なかったな」

反省をしながら布団にもぐりこむ。


その夜、私は再びあの夢を見た。そのときには既に判決を言ったあとのようで、一匹のうさぎが係官に奥へと連れていかれていた。そのとき、にんにくの匂いを微かに感じた。そんな気がしたが、朝起きたときにはもう覚えていなかった。でも、口臭が気になったのでいつも以上に歯磨きを丁寧にした。



 ☆



水曜日。


気にしないように努めているけれど、それでも少しずつ漏れ始める焦り。押しつぶされる前に、先に進まないといけない。


会議室にあるホワイトボードの前に東十条さんは立っている。その手には指し棒が握られている。

「うさぎは本能だけで生きているか。それは否。例えばそのうさぎが苦手としている人が近づいてきたとき、逃げ切れるぎりぎりのところまで様子を見ている。それは本能ではなく、判断。飼いうさぎが穴を掘る仕草をするのは、本能」

東十条さんが手に持った指し棒で私を差す。

「焦りを感じるのは結構。だが本能だけで考え、話すようなことはしてはいけない。あくまでそこに判断を入れなければならない。そこのところを踏まえて、さぁどうぞ、素晴らしいアイデアを披露願います!」

不必要にハードルを上げてくる東十条さん。嫌いだ。


圧縮カバー。

Πの字の形をしていて、πの形に変形可能なクッション素材を使用する。それでうさぎを挟みこみ、狭い空間を任意に作り出し、安らぎを与えることが目的。これは足のくるぶしでうさぎを挟みこむのをイメージしてもらえばわかりやすいだろうか。自身の足で挟むと、視線をうさぎに合わして写真を撮ることが出来ない。その他にも動きが制限されていることで出来ないことは多い。そんなときにこれを使えばそれらを自由にすることが出来る。


「悪くないわね。ただ、うさぎのグッズにおいてクッション系のものは競争率が高いのよね。いかに普及させていくかを考えるのも課題になるわね」

増田さんがそう言うと、愛撫クイーンが答える。

「あくまで今回はアイデアを競う場なのですから、そこまで意識する必要はないのでは?」

その愛撫クイーンの言葉に、東十条さんは珍しく責めるような口調で話す。

「俺たちは社会人であることを忘れるな。商品化出来ない商品のアイデアはアイデアではない。愛撫クイーン、甘いものを食べ過ぎて考え方まで甘くなってしまっては困るぞ」

東十条さんの少し厳し目の言葉に愛撫クイーンはただ謝った。そんな様子を見て、考えの足りない自分にまた焦る。

アイデア自体は悪くないということで、とりあえずこのアイデアも次点ということになった。


足拭き専用ウェットティシュ。

うさぎが前足を叩く動作や、耳を洗う通称ティモテ動作。これらは老年期になるとやりづらくなっているのを昔飼っていたうさぎで見ていました。それならば飼い主がこのウェットティシュで世話をしてあげればいい。コミュニケーションにもなる。


「うん、わかった。それウェットティシュだよ」

そういえばそうだ。ウェットティシュそのものだった。そんな私に愛撫クイーンは付け加える。

「動物の商品は、人間が使用するものとほぼ同じでパッケージだけを代えてそれぞれの動物専用とするものもある。そういう意味からすると、このアイデアは完全に否定されるわけじゃないけれど、野うさぎ君はどう思う? そういう商品」

「ずるい気がします」

「だよね。私たちには、うさぎ課としての誇りがある。プライドは安売りしないよね」

厳密に言えばまだ私はうさぎ課の一員ではないのだが、その言葉は嬉しかった。


生え変わりで抜けた毛で作るうさぎストラップ。

「本当に欲しいかもう一度考え直してくるといい」

一蹴だった。

「うさぎ好きや思い出のうさぎを形に残すなら、それは日々持ち歩きたい。そういう意味でストラップというアイデアは悪くはない。でも、毛だけじゃそのうさぎの姿が記憶から少しずつ失われていくのを防げない」

東十条さんがそう言うと、愛撫クイーンは私に絵本を手渡す。

「毛で作るだけじゃなくて、イラストも追加してみてはどうかな。うさぎの写真を元にイラストに書き起こして、それと毛を組み合わせたストラップを作ればいいんじゃないかな」

うんうんと東十条さんは頷く。でも、私は気づいてしまった。あっ!という愛撫クイーンの表情。彼女も気がついたのだろう。もちろん東十条さんも気がついている。

「だな。これはアドバイスではなく、答えだ。なのでこのアイデアは勝負に使用することは出来ない」

愛撫クイーンはごめんね、その絵本あげるからと言ってきた。

絵本げっとだぜ!



 ☆



東十条さんは次のアイデアを要求する。しかし私が今日考えてきたアイデアは今ので最後だった。それが東十条さんには驚きだったようだ。

「ちょっと焦って自分を見失っている感があるな」

否定は出来ない。そしてそんな自分に落ち込んでいる私に、東十条さんは提案する。

「どうだろう、今からみんなでラヴィアンローズにいかないか。そこで夕食でもとりながら、作戦会議するというのはどうかな」

東十条さんの嬉しい提案。久しぶりにラヴィアンローズにも行ってみたいと思っていたし。

「あ、行きたいけど今日は夜間待機の日なんだよ」

そう言ったのは増田さん。

「私もちょっと今日は仕事がまだ残っているから遠慮するわ」

そう言ったのは愛撫クイーン。

「なんだなんだ、みんな付き合い悪いな」

東十条さんはそう言いながら会議室を我先に出ようとして、入口付近で背中越しに、

「二十時丁度に正門前集合な」

と言った。



 ☆



時間通りに二十時に正門に集合した私と東十条さん。動物駅から電車に乗り、ラヴィアンローズへと移動する。

久しぶりに来たラヴィアンローズの雰囲気は昔と変わっていなかった。

「あら、お二人ともお久しぶりね」

そう言っていつもの店員さんが迎えてくれる。しかしこの店員さんは、ラヴィアンローズ以外の場所でも会っているような気がするが、思い出せない。だからキノセイだろう。

「久しぶり。うさださん、元気そうだね」

「東十条さん、その呼び方は止めてください。私はラヴィアンローズです」

東十条さんはここでも呼び名で問題を起こしているのか。うさださんの眼が今まで見たことがないような怖いものになっている。

「ラヴィアンローズです」

何故か私も睨まれた。ココロは読まないでいただきたい。


そんなやり取りを後にして、私たちは席につく。そして、軽い食事を取りながら、食事をしているうさぎ達をお互いにぼんやりと眺めている。会話は特に必要なかった。ここには作戦会議という名目で誘われてはいるが、アイデアのアドバイスではないことは理解していたから。

しばらくして食事が終わり、私はオレンジジュースを、東十条さんはラビットティを飲む。半分ぐらい飲んだところで、東十条さんは口を開いた。

「野うさぎ君は、どうしてうさぎ商品考案大会で勝ちたいのかな」

「それがアニマルカンパニーへ入社する条件なのです」

お互い視線はうさぎ達に向いたままで、合わすことはない。

「前の会社を辞めた理由をロップじいから聞いているけど、仕事より飼っていたうさぎを優先させることを認めてもらえなかったからだよな」

「ええ、そうですね」

「アニマルカンパニーでも、仕事を優先しろと言われると思うぞ」

「東十条さんも、もちろんそう言いますよね」

「ああ、その通りだ」

私は飲み終えたオレンジジュースをテーブルに置く。そしてうさださんを呼び、ラビットティを注文する。東十条さんも一緒におかわりを頼んだ。夕飯を食べ終えたであろううさぎ達は、小屋の中で静かに座っている。今ぐらいの時間は眠いからまどろんでいるのだろう。時々ピクっと動いたりするのが可笑しくて可愛い。

「はい、ラビットティ」

私が前にこの店に来たときにはまだ試作品だったが、今はもうすっかり大人気となったラビットティ。私は甘い香りを味わいながら、これを初めて飲んだあの頃の自分の気持ちを思い出す。

「あの頃は、飼っていたうさぎが全てというより、仕事から逃げていたのだと思います。でも、今は違う。アニマルカンパニーで、うさぎ課で働いていく中で、私は変わったのだと思います」

「どんな感じにかな」

「今はまだ見習いではありますが、仕事に対して愛情を持ち始めているんです。こんなことは今までにありませんでした。でもこの愛情は仕事に対してではなく、あくまでうさぎに対してのものだと思っていました。ですが、それだけじゃないと最近気がついたんです」

東十条さんは静かにラビットティを飲んでいる。

「ロップじいが休むときは、皆は必ずその代わりをする。実際のところ、普段はロップじいが一人で作業しているわけだから全員出てくる必要はない。でも、全員出てくる。それはロップじいが普段から仕事を真剣に取り組んでいることを私たちが知っているから」

私はラビットティを机に置く。

「私があの頃もっと仕事に対して真剣に考えて、出来る限りの付き合いもしていれば会社の皆に認められて、うさぎについても色々考慮してもらえたと思うのです」

ウーサを苦しめたのは、私自身だったのだろう。

「だからアニマルカンパニーでは、うさぎ課では、精一杯仕事していきたいと思っています」

「それでも皆が仕事を優先しろと言ったらどうする?」

私は笑いながら答える。

「うさぎ課に飼っているうさぎを連れていきますよ。それで無料で治療してもらいます」

仕事と飼っているうさぎの世話の両立。それをきちんとすることがうさぎのためになるのだから、多少の職権乱用は許してもらおう。 

そんな私の答えが予想外だったのか、東十条さんは驚きの表情を見せる。そして、そんな私の一連の言葉を聞いた東十条さんは、さっきまで見せていた少し暗めの雰囲気ではなく、明るくなったように見える。

「よし! まだまだ青臭いけど、野うさぎ君の想いは理解した」

東十条さんはそう言いながら軽く手を合わせる。そして、私に視線を向ける。

「もうアイデアを考える時間は明日しかない。本来ならきちんとしたアイデアを野うさぎ君が確立してから言うべきだと思うが、時間がもうないので伝える」

「何をですか?」

「ロップじいのアイデアだ」



 ☆



木曜日。


ロップじいとの対決前夜。つまりこうしてアイデアを練る作業は今日までということだ。今日まで色々なアイデアを考えてきた。だがそれはあくまでアイデアを考えるということのためだった気がする。昨日聞いたロップじいのアイデア。そしてそのアイデアが目指す方向性。私はそれを聞いた上であらためて考えた。うさぎ商品考案大会。この大会の意味を。

「以上が、私のアイデアです」

今日のアイデアは、この一つだけ。

「おっけ。俺たちからなんかコメントいるかな」

私は静かに首を振る。東十条さんは、なんとか間に合ったなと胸を撫で下ろしている。

増田さんは立ち上がる。

「野うさぎちゃん、がんばってね。明日は思いっきり応援するからね」

そう言うと、会議室から出て行った。

続いて愛撫クイーンも立ち上がり、

「明日はがんばってね。今後も一緒に働けるといいね」

そう言った後、愛撫クイーンはその視線を東十条さんに向ける。東十条さんはそれを受けて静かに頷く。それを見て、出て行った。


会議室に残る、私と東十条さん。

「どうだろう、このあと一緒に食事にいかないか」

「えっ?!」

二日連続となる東十条さんからの誘い。しかし今日は昨日とは意味合いが違う。

「行くのか、行かないのか」

「行きますよ。あ、でも明日の大会のための下準備をしないと」

「おっけ。じゃあ少し時間をあけて、二十一時に正門前に集合な」

「わかりました」



 ☆



時計を見ると、二十一時十五分。約束の時間を過ぎてしまっている。明日の準備に予想以上に手間取ってしまった。急ぎ足で向かう目的地、怒られるだろうなぁと思いつつ着いた正門前。


そこにいたのは、赤いパーティドレスを身にまとう女性だった。

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