第四羽 日常業務

アニパニ社員の朝は早い。通常の勤務開始時間は普通の会社と変わらずに九時だが、社内で飼われている動物にエサをあげるために誰かがそれよりも早く出社しなければならない。

「しなければならない、というのは間違いだな」

この早朝出勤は出社を強制されているというわけではなく、一早く動物にエサを上げたいという気持ちを持っている人が出てきていると言っていた。この言葉の意味は、これから話す情報を追加しなければ早朝が毎日凄いことになると想像つくだろう。

そして、私は仮配属の身でもあるので食事当番は割り振られていない。こういった言い方をすると正式な社員となったら割り振られるように思われるかも知れないが、実際はそうではない。さらに言

うなら、現在のうさぎ課は長期休暇中の人と体調不良の人が出たことが重なってしまっており慢性的な人手不足になっている。それでも、私に早朝出勤が割り振られることはない。それはなぜか。

その答えは、ロップじいが朝のうさぎの食事当番を毎日行っているからなのである。一般的な感覚でいくと、社長に何をやらせているのかと思われるかも知れない。

「私はうさぎ好きなのだが、家では家族がアレルギーを持っていて飼えなくて。だからこうして早く来てうさぎに食事をあげるというのは、一種の楽しみなのだよ」

ロップじいはそう言いながら、幸せそうに食事をあげている。

そう、うさぎに食事をあげるというのは、うさぎ飼いにとっては好きなイベントというわけで、それをロップじいは社長権限で独占しているということが真実。

「東十条さんから聞いたよ。ここのうさぎ達への扱いを学んだそうだね。野うさぎ君は特別に私と一緒に食事をあげるのを許可してもいいよ」

ロップじいはそう言ってくれた。


でも。


でも、朝七時には出社して食事をあげ始めるのはカンベンしていただきたい。私もその時間に行かないといけなくなってしまうのだから。



 ☆



増田さんと対決をした翌週の月曜日。私は先週に続き、朝七時に出社した。

「あれ?」

しかしそこにいたのはロップじいではなく、見知らぬ女性だった。いや、この女性には会ったことがある。確か私が初めてアニマルカンパニーを訪れたときに動物駅からロビーまで案内してくれた女性だ。あのときと同じ漆黒色のスーツ姿だが、今日はスカートではなくパンツスーツだ。食事をあげるときに屈んだらうんぬんとかを期待していたので少し残念だ。というのは微塵も思っていない。

そんなことを思っていると私の気配を感じたのか、彼女はこちらに振り返る。そして、にっこり笑った。

「残念、もう食事あげは終わっちゃったわよ」

彼女はそう言うと、私の横を通り過ぎ、背中越しにこう言った。

「後片付けは、よろしくね」

「えっ?!」

私は改めて部屋の中を見渡す。そこには昨日までの整然とした姿は無くなっていた。うさぎの食事を袋から取り出すときにこぼれたのか、ペレットが散乱している。草も雑に掴んで取り出したのか、細かい草がうさぎのそれぞれの小屋への道に散らかっている。机の上に置かれたノートは開きっぱなしで、ペンもそんなノートの上に無造作に置かれていた。片付けられない女性。そんな昔に聞いたようなフレーズを思い出しながら、私はそそくさと後片付けと掃除をした。なんとなく納得いかないが。


「月曜日の朝から元気なやつだなぁ」

掃除道具を片付けていると、これまた初めてアニマルカンパニー社を訪れたときに動物駅で出会ったときと同じ服装の東王子さんがいた。東王子さんはロップじいお気に入りのロップイヤーのところにいき、頭を撫でる。撫でながら、

「ご主人様は、今日は休暇だとよ。薄情なやつだよなぁ」

ロップイヤーは撫でられるのよりもペレットを食べたいといった感じで、撫でられながらもずっとモグモグしている。

「ロップじい、今日は休みなのですか」

「ああ、体調不良だってよ。そうか野うさぎ君はうさぎ課の緊急連絡網には入っていないから知らないか」

うさぎ課の皆はロップじいが朝早くに来てうさぎに食事をあげる役目を独占していることを知っているから、ロップじいが来れないときには代わりに早く出社するようにしているのだろう。普段十時頃にしか出社してこない東十条さんですら、現在朝七時三十分、普段より二時間半も早く出社してきている。これは確かにロップじいが独占していなければ、毎日壮絶な争いが起こるだろう。

そして、ふと思い出す。ということは、さっきの女性もうさぎ課の人なのだろうか。

東十条さんにさっきまでここにいた女性のことを尋ねる。東十条さんは、そういえばそうだなと一人納得する。

「彼女は先週フルに休暇を取っていたから、そういえば野うさぎ君にはきちんと紹介出来てないな。かもん!」

東十条さんはそう言って、私を強制的にうさぎ課へと連れ戻した。


うさぎ課の入口。余談だが、アニマルカンパニー社での出社・退社の管理は名前の書かれた札の表裏で行っている。出社したら表に、退社するときに裏にする。今日はまだ朝の八時前なのに東十条さんと長期休暇の人を除いて全員の札が表になっている。普段なら皆九時ぐらいにしか来ないのに、今日は全員が出社していることになる。ロップじいのリカバリーを皆が本気でしようとしたのがわかる。この意識の高さには驚く。

そんなことを思っていると、東十条さんは視線をうさぎ課の奥へ向け、小声で話す。

「ほら、あそこでうさぎの絵本を読んでいるのが朝に見た女性だろ」

なぜこそこそしているのかわからないが、私も付き合って声を出さずに頷く。

「彼女は、愛撫クイーンだ」

「あ、あいぶ?!」

驚きながらも小さな声で話すことを忘れない私。

「東十条先輩、聞こえてますよ」

だがそんな私たちの声は、彼女に届いてしまっているようだ。

「はは、相変わらずうさぎみたいに耳がいいやつだな。ちょっとこっち来いよ」

東十条さんは何のためらいもなくその女性を呼び寄せる。こういう性格はちょっとうらやましい。

愛撫クイーンと呼ばれた女性が近づいてくる。さっき会ったときと同じパンツスーツ姿だが、今は上着を着ていないので白いカッターシャツから見えるスタイルの良さにどきっとしてしまう。なんか私は妙に惚れっぽい性格なのか、溜まっているのか。

近づいてきた彼女の表情と態度はふて腐れており、そして何故かその手には絵本を持っている。東十条さんはまずは私を紹介してくれる。

「もう知っていると思うけど、彼が例の仮入社中の野うさぎ君」

本名を覚えてもらっているかどうかは疑問だ。

「それで、こっちが愛撫クイーン」

「東十条先輩、その呼び方は止めてください。私の名前は撫子(なでしこ)ですよ」

愛撫クイーンは心底嫌がっている口調で言っている。でも東十条さんはその言葉を完全に受け流しており、何も気にしていないようだ。

「はは、彼女はね、マッサージ大会で優勝したんだよ」

→マッサージ大会とは。


説明しよう。アニマルカンパニー社では、うさぎ商品考案大会のようなものが色々行われている。大会の規模は様々だが、基本的に社員であればどの大会にも出場することが出来る。とはいっても、うさぎ商品考案大会であれば基本的にはうさぎ課の人間しか出場しない。そういうローカル大会ではなく、全セクション・全課が出場する大会もある。その一つがマッサージ大会。そこで優勝するということは、本当の実力者であるという証でもある。


「それは凄いですね」

見た目の印象からするに、おそらく私と同じぐらいの年齢だろう。それでいてそこまでの実力を持っているとはかなり優秀な人なのだろう。でも片付けは出来なさそうだが。

そして、ふと思う。

「そういえば、こういった大会って優勝したら何か景品があるのですか?」

「もちろん。今、愛撫クイーンが持っているその絵本。それ確か景品だよな」

景品が絵本。あまり大したことない気がする。

愛撫クイーンは、そう呼ばれることに抵抗するのを諦めてしまったのか、もう怒り返さずに、ただ頷いている。そして、

「絵本をもらえるのは嬉しかったけれど、それでも限度があると思います。一日一冊読んでも三年はかかりますよ」

と、補足した。私はその言葉に耳を疑い、思わず「えっ」と声を漏らしてしまう。

東十条さんは笑う。声を漏らしてしまった私を笑ったのか、その絵本のボリュームを笑ったのかはわからないが。

「はは、愛撫クイーンなら余裕だろ」

「もう、その呼び方は止めてください!」

抵抗することを諦めてはいなかったようだ。そして、そんな二人漫才を横で見ていると火の粉がこっちにも降りかかる。

「野うさぎ君、愛撫クイーンは現在独身彼氏なし。彼女の恋人になれば毎日あの愛撫を受けられるというわけだ。そしたらこっちも彼女に愛撫してだな、」

「絵本の角で頭ぶつけて死んじゃえ!」

ガツーン!

愛撫クイーンは絵本を思い切り投げつけて、そのまま席に戻っていった。


それを、薄れ、いく意識の、中で、見た。


そこで私の意識は途切れた。



 ☆



気がつくと、私は見知らぬベッドの上で寝ていた。枕が変わると眠りが浅くなってしまう繊細な私でも、さすがに気絶させられたときはぐっすり眠れるようだ。

「お、気がついたか。よかったよかった」

私が眠るベッドの横には、東十条さんと愛撫クイーンがいた。愛撫クイーンは申し訳なさそうな表情をしている。

「ごめんなさいね」

愛撫クイーンの謝罪の言葉に私は今までの経緯を思い出し、そのギャグのような展開に思い出し笑いをしてしまう。私は笑いながら、気にしていませんよとだけ言った。

仮入社の身分とはいえ、さすがに就業時間中に寝ているのは悪い気がする。だから私はベッドから出ようとする。すると、担当医らしき先生がもう少し寝ていなさいと出ようとする私の動きを牽制する。仕方なくそれに従うことにする。

「先生、俺も一緒に寝てもいいですかね」

東十条さんのその言葉に、担当医は真剣に答える。

「東十条さん、すまないがここはおめでたい頭の病気の治療はやっていないんだ」

担当医もそれなりに酷いことを言っている気がするのは気のせいだろう。しかしなんだろう、この担当医は妙に犬っぽいな。


東十条さんと担当医、そして愛撫クイーンのやり取りを聞いている中で意識はだいぶはっきりしてきたようだ。だが身体を動かすことについてはまだ本調子ではないようで、だるさが身体を覆っている。だから大人しくベッドの中で身体を癒し続ける。身体とは違い頭はすっきりしてきたので、当然の疑問も浮かんできた。

「ここは、一体どこですか」

私の質問に、愛撫クイーンが答えてくれる。

「ここは、アニマルカンパニー内の医務室よ」

「ということはもしかして」

「もしかしなくても、動物用の医務室だ。ここは第一セクションにある医務室なので、小動物を診てくれているんだ。俺たちうさぎ課のうさぎたちもここで診てもらっている」

最重要施設というわけだ。私は辺りを見渡す。雰囲気は一般的な動物病院の診療所と変わらない感じだ。他の動物病院と異なるのは、診療台の数の多さだろう。一般の動物病院はある程度診療可能な動物が限られていることもあり、診療台は基本的に同一サイズのものが置かれている。だがここでは様々な動物に対応する必要があるからだろう。多種多様な診療台が壁際に並べられている。部屋の高さぎりぎりまである棚には、様々な薬品が置かれているのが見える。その中で私が辛うじてわかるのは、プロポリスぐらいだ。ウーサを飼っていた頃にはあげていたが、そういえばラビーにはまだあげていない。年を重ねてから初めてのものを飲ませるのは負担だろうから、そろそろ慣れさせるという意味でも与え始めたほうがいいかな。

などを思いながら私がきょろきょろと医務室内を見ていると、東十条さんが話しかけてくる。

「野うさぎ君は自宅でうさぎを飼っているのだからある程度は知っていると思うが、一応うさぎの病気について復習しておくかい」

東十条さんの提案に、私は頷く。正直このままただ寝ているだけというのは辛いと思い始めていたから。例によってここはうさぎの病気について詳しい人は読み飛ばしていただいても問題はない。


ペットとして飼っているうさぎの病気。その一例として、食事をしなくなるという事象がある。これが人間であれば、ダイエットしているのか恋の病なのか。どちらにせよ緊急性があるものではない。しかしうさぎにとって食事をしないというのは致命傷で、時間が経てば良くなるだろうという考えは文字通り命取りになる。かといって医療代や手間を考えるとそうそう頻繁に動物病院に行くことは出来ない。私自身は、通常時に食べていたはずの食事が次に食事を与えるタイミングになっても減っていなければ、体調を崩しているのだと判断し、翌日動物病院に連れて行くことにしている。

そういった症状になる理由は、毛玉がお腹の中にたまってしまう毛玉症、はたまた寄生虫が原因だったりする。とにかく普段の様子とは違うと感じたら、楽観視するのではなく病気であると想定した上で対応していくことをお勧めする。

そして、これは自分の飼っているうさぎに限ってそんなことはないだろうなんて思わないこと。人間でいう風邪と同じで、どのうさぎもなりうる病気であるという認識でいることが大切である。いざというときに慌てないように、近所の動物病院についても調べておくことも飼い主としては当然の行為であり、義務でもある。なぜなら多くの動物病院は犬猫中心であり、中にはうさぎを診ることが出来ないところもあるからだ。


「私は毎日寝る前にお腹のマッサージをしていますよ」

私がそう言うと、東十条さんはうんうんと頷く。

「それはいいことだな。普段からお腹の具合を知ることで、張っているかといった異常をすぐにわかることが出来るしな」

「うさぎって弱みを見せることを嫌うから、お腹の調子が悪くなると触らせてくれなくなるし、そういった点からも判断出来るね」

愛撫クイーンがそう補足すると、その言葉を受けて東十条さんがいやらしく笑う。

「どうだ野うさぎ君。本当に体調が悪いかどうか、愛撫クイーンにお腹を撫でてもらってはどうかね」

愛撫クイーンを見る。愛撫クイーンは照れた表情をして、そんなこと出来ませんっ!って言うと思ったが、冷たい軽蔑した眼差しが私に向けられただけだった。提案したのは私ではないのですが。


ああ、なんか本当に体調が悪くなってきた気がした、そんな午後の一時。



 ☆



うさぎ商品考案大会、予選第二十四回。

私にとっては二回目の挑戦となる。うさぎ課での生活にはある程度慣れることが出来たが、私の本来の目的はそれではない。あくまでこの予選で勝利を得なければならない。


「あら、野うさぎさん」

今日の対戦相手は、愛撫クイーンのようだ。

「野うさぎさん、今私のことをココロの中で何て呼びましたか」

と、不機嫌な表情を見せる。ココロは読まないでいただきたい。しかし初対面の印象では、愛撫クイーンはあまり感情を表に出さない人と感じていた。だが実際に一緒に働くことになって、その感情の豊かさに驚くことがある。それはもしかしたら、大量の絵本を読んだからかも知れない。


VS愛撫クイーン。


「ちょっと待ちなさいよ。野うさぎさん、私の名前本当に覚えていますか」

勝負開始の合図を無視してやけに突っかかってくる愛撫クイーン。もちろん私は本名を覚えているわけだが、ここはこの前間違えて絵本をぶつけられた仕返しをしなければならない。

私は、ふふふ、と不敵に笑い、こう言った。

「私に勝てたら言いますよ。愛撫クイーンさん」

この台詞が、本当の勝負開始の合図となった。

先行は、今回も私、野花真から。

「私が提案するのは、うさぎが嫌いな味のする布やコードです」


うさぎを初めて飼った人の通過儀礼、コードを齧られてしまうこと。コード齧りは感電の恐れもあるとても危険な行為なので、コードはうさぎが行ける範囲に通さないようにしたり、カバーをつけて噛めないようにしたりと、対処する必要があります。それとは別の話になりますが、布を噛んでしまううさぎもいます。そういったうさぎに暖かい毛布等を与えると、布を噛んでしまい、それがお腹の中に溜まってしまうという危険性もあります。この二点を解消するために、うさぎが嫌がる味というものを、布やコードに染み付けておきます。それを小さい頃からうさぎに与えていけば、噛もうとしなくなってくれることでしょう。


パチパチパチ。私のプレゼンテーションが終わり、愛撫クイーンから渇いた拍手が贈られる。そうだ。この拍手は褒めてはいない。

私が舞台から観客席に戻ってきたところで、愛撫クイーンはゆっくりと立ち上がる。

「野うさぎさん、若いですね」

そう言って、彼女は舞台へ移動した。


後攻、愛撫クイーン。

「私が提案するのは、うさぎの鼻棒です」


うさぎは遊んで欲しいときにその鼻でつんつんしてきます。それを飼い主側もやるべく、孫の手形式で先がうさぎの鼻を模したものを用意します。それを使えば、人間側が触れ合いたいときに、自分自身もうさぎになったような気分でアピールすることが出来ます。


パチパチパチ。愛撫クイーンのプレゼンテーションが終わり、私の熱い拍手が贈られる。そうだ。この拍手は彼女を讃えている。

愛撫クイーンは舞台から降りてこちらに戻ってくる。

「撫子さん、若いですね」

その私の言葉の変化に、撫子さんは微笑む。

「それでいいのよ。だけど、敗北宣言の言葉だけは、まだ早いわね」

撫子さんはそう言ってくれたが、結果は想像通り彼女の勝利だった。


お互いのプレゼンテーションが終わったあと、審査員はどちらが勝利したかを宣言する。その後、審査員による講評があるのだが突然それを撫子さんは断った。そして、

「野花君、まだ時間あるよね」

その答えに私が答えるよりも先に、撫子さんは私を強制連行した。その強引さに驚いていたから、呼び方が変わっていたことになんて気がつかなかった。そんなわけがない。



 ☆



アニマルカンパニー本社内カフェ、なでしこ。一般的な喫茶店にあるようなお洒落な内装はないが、それ以外の基本的な部分は同じである。一番奥のテーブルだけは場所の関係上、少し広くなっている。私と撫子さんはそこに陣取り、予選大会後の余韻を味わっている。そんな私たちの目の前に置かれた、チョコレートパフェ二つ。

「ほら、私丁度休みを取っていたでしょ。だから野花君の歓迎をちゃんと出来ていないと思ってね。今日は奢るわよ」

そう言いながら美味しそうにチョコレートパフェを食べている撫子さん。ウエハースは手で取ればいいのに、全てをスプーンで食べるというこだわりでもあるのか、器用にすくって食べている。

「ただ単に撫子さんがパフェを食べたかっただけな気がしますが」

「なにか言った?」

「なにも言っていません。いただきます!」

私はウエハースを手にとって食べた。


撫子さんのチョコレートパフェは早くも終盤戦を迎えており、グラスの底のクリームを一生懸命スプーンで掬っている。

「野花君は、まだアイデアに対する考え方が硬いわね。さっきのやつも、あれはまずうさぎが嫌いな味というものを客観的に作り出さないといけないし、しつけとは言ってもうさぎに嫌いな味のものを与えるのは気分的に良くないし、あくまでしつけレベルなので布やコードを完全に放置出来るようになるわけでもない。そして、味を染みこませるということは、それから少なからず匂いがするわけで、それは私たち人間には無臭でも、うさぎにとっては大きな匂いかも知れない。そんな匂いがするところで生活させて、健康に良いわけがない」

なんというフルボッコ。これなら絶対審査員からの講評を聞いていたほうがまだよかったはずだ。

「私のアイデアはどう思った?」

「楽しそうだなと思いました。もしうさぎの鼻棒が実際に販売されたら、買うと思います」

「それよ!」

撫子さんは私の回答を受けて急に叫び、そしてスプーンをこっちに向けた。怖い。

「野花君の事情はわかっている。今日も負けたから、あと二週で結果を出さないといけない。どんどんアイデアを出し続けないといけないプレッシャーもあると思うの」

とても真面目なことを言ってくれているのだけど、チョコレートパフェを食べながら言っているからなんか可笑しい。

「それでも、楽しまなきゃ。自分自身が楽しんでいないと、うさぎのことを楽しませることも出来ないわよ」

撫子さんの言う通りだ。確かに私はアイデアを出すときに楽しむという観点はなかった。少しずつ焦りも出てきていたのだと思う。そして、気づく。私はまだ半分ぐらいしか食べていないのに、撫子さんはもう食べきっているという事実に。ナプキンで口元を拭いているその姿は、妙に色っぽい。

「東十条先輩は、ちょっと楽しみ過ぎているけどね。あそこまで行ったらだめよ」

撫子さんの忠告に、私はクリームを口に運んだスプーンを口にくわえながら頷く。そしてスプーンを口から取り出して一言。

「ですね」

私たちは笑った。そして、撫子さんはウェイターを呼び止めた。


二回戦が始まる。



 ☆



次の日。

「野うさぎ君や、またまた負けたんだってな。プギャー」

「それが可愛い後輩に言う言葉ですか」

「まだ正式な後輩じゃないしな。仮・後・輩」

これだから東十条さんは嫌いだ。

「野うさぎさん、これは東十条先輩を倒して正式な社員になれということだよ」

いつの間にか近くにいた愛撫クイーンの言葉。そして、その変化を理解した。

私は東十条さんに宣戦布告する。

「愛撫クイーンさん、見ててくださいね。次こそ勝ちますよ!」

ガツーン!

愛撫クイーンは絵本を思い切り投げつけて、そのまま席に戻っていった。


それを、薄れ、いく意識の、中で、見た。


そこで私の意識は途切れた。

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