第二羽 アニマルカンパニー

場面はアニマルカンパニー社の正面にいる私から、三十分ほど前に遡る。


アニマルカンパニー。ラヴィアンローズでロップじいに誘われたときにはこの会社について漠然とした知識しか持っていなかったので、あれから少し調べてみた。一言で言うと、動物全般を扱う企業だ。動物全般というのは文字通りで、うさぎやハムスター、犬や猫等の愛玩動物だけではなく、虎やライオン等の一般的にはペットとして飼われていないような肉食動物まで幅広く扱われている。これには本当に驚いたものだ。

そして驚き終えるのはまだ早くて、この会社が他の動物を扱う会社と違う点はまだある。それは、動物の販売やレンタルを行っているだけではなく、独自で商品開発もしているという点だ。最近販売された商品を例に挙げると、一目で残量がわかる給水ボトルというものがある。ボトル内部がすりガラスになっており、水がある部分だけが透明になるというものだ。忙しいときにでもちらっと見て残量を確認することが出来るので管理がしやすく、補給忘れの防止にもなるという優れものだ。このようなちょっとした便利を提供するアイデア商品を多数開発・販売している。

普段何気なくペット用品を使っているときには気が付かなかったが、こうして改めてそれらを開発している会社であるアニマルカンパニーについて調べることで、その存在の大きさを思い知らされた。


電車に揺られながらアニマルカンパニーについて調べたことを思い返していた私は、目的の駅に到着したという車内アナウンスで

我に返り、慌てて下車した。背中越しに扉が閉まるのを感じながら、私は腕時計を見る。午前十時を指し示している。それを確認してから、改めて下車した駅の名前を見た。目的の駅である動物駅で間違いない。


カントリートレイン田舎線、動物駅。アニマルカンパニーは様々な動物を飼っているという性質上、住宅街から少し離れた場所に存在している。そのために、訪れるにはこの駅から向かわなければならない。専用駅。それはまるで観光名所がある駅のようで凄いと思われるかも知れない。現実は田舎路線なのでそもそも目印になるような建物がある駅の方が珍しく、そういった建物があればもれなく駅名になるというオチがあるだけだったりする。動物駅の数駅前にあったコンビニ駅だけは酷いと思ったものだ。


右を見て左を見て。そして正面を見て。私はアニマルカンパニーに行くにはどの出口から出たら近いのかを調べようと辺りを見渡す。駅の中に売店を設置するスペースもないぐらいの小さな駅なので、地図を見るまでもなく駅の様子を理解する。そして駅の様子を見ていて気が付いたことは、この駅で私の他に降りたのは男性一人だけということ。現在の時刻は午前十時で通勤時間は過ぎているので、過疎駅だからというよりはこれが普通なのだろう。

などと思っていると、その一人の男性と目が合う。私はすぐに視線を逸らしたが、時既に遅し。その男性がこちらに近づいてきている足音が聞こえる。

「アニマルカンパニーに何か御用でしょうか」

声の雰囲気からするに、私よりも少し年上だろうか。そしてわざわざ私のいる場所まで歩いてきて尋ねてくれる辺り、茶髪に胸元を大きく見せるような派手な服装をしている割には礼儀正しい男性のようだ。こんなに格好が良くて礼儀正しいなんてずるい、と言ったら妬みにしか聞こえなさそうだ。

思いが脱線している、戻そう。とりあえずこの男性はアニマルカンパニーの社員のようだ。それならあれを見せたほうが早いだろう。

私は胸ポケットに入れていたケースから一枚の名刺を取り出し、その男性に見せる。これは一年前にあの日、ロップじいから受け取った名刺である。

「烏丸さんと会う約束をしている、野花といいます」

私が自己紹介も兼ねてそう言うと、その男性は何故か不思議そうな顔をする。そしてそのまま名刺の表を見たり裏側を見たりと何度も見直している。

「おかしいな、うちの会社に烏丸なんて人いたかなぁ」

そしてそう呟き、そのまま考え込むような仕草をし始めた。うーん、という声が小さな駅に小さく放たれる。


いるよ。先週電話して今日会う約束しているのだから。アポ無しで訪れるほど私は勇気のある人間ではないし。それより、そもそもこの人はアニマルカンパニーの社員なのだろうか。だが『うちの会社』と言っているから、そうであることは間違いないはずなのだが。


と、思っていると、いきなり私の背後から声が聞こえる。他に誰もいないと思っていたから少し驚いた。

「東十条(ひがしじゅうじょう)さん、烏丸さんというのはロップじいのことですよ」

私と同じぐらいの年齢だと思われる女性。紺色に近い黒色スーツではなく、漆黒色のスーツ姿で髪はショートカットで肌は少し色白。東十条と呼ばれた男性と違って、清楚な雰囲気を感じ取れる。

その女性の言葉を受け、東十条さんはポンと手を叩く。

「なんだロップじいのことか。それならそうと言ってくれよ青年」

「野花です」

覚えておいてくれてなかったようなので、改めて名乗る。

「東十条さんもせめて社長の名前ぐらいは覚えておいてください」

その女性は東十条さんをたしなめる。だが当の本人は完全に聞き流しているようで、はいはい、と生返事だけをしている。初対面の時に受けた印象ほど真面目な人ではないのかも知れない。

「まぁそういうなよ、あ」

「野花さん、こちらです。烏丸さんのところまで案内致します」

東十条さんが何か言おうとしていたがそれは遮られ、私はその女性に半ば強制的に奥へと引きづられていく。


あ、名刺返してもらってないのだけどな。



 ☆



駅を出てから二十分ぐらい歩いただろうか。花壇や噴水がある少し豪華な洋館を思わせる雰囲気の庭を越え、その先にあるサファリパークで見たことがあるような背の高い壁にあるセキュリティゲートを越える。そういったことを三回ほど繰り返したところで、やっと一般的な会社の雰囲気を持った建物に辿り着く。そして、時はラヴィアンローズを最後に訪れてから約一年と二ヶ月。私はアニマルカンパニー社の前にいる。

「野花さん、こっちです」

感慨に耽っていた私を、ここまで案内してくれた女性が呼び戻す。私はその誘導に従い、建物の中に入っていく。


「そこの椅子に腰掛けていただき、少しお待ち下さい」

私は頷き、ゆっくりと椅子に腰掛ける。クッションが柔らかすぎるのでお尻が吸い込まれていく。どうにも落ち着かない椅子だ。

それにしても。私は不審者に見られない程度に辺りを見渡す。前の会社であればロビーというのは警備員がいるだけの言わば廊下の延長上でしかなかったので、ここのような広い空間もなければ、ましてやこんな豪華な椅子もない。事前に調べた通り、やはりアニマルカンパニー社は儲かっているようだ。


「ふぅ」

一息つく。


ここまで辿り着く間に感じたことは、アニマルカンパニーというのはシステム会社のようにビルの中にオフィスがあるというような雰囲気ではなく、大工場のような場所であるということ。広大な敷地があり、動物駅から私が今いるような奥の方へ進むためにはセキュリティゲートを何度か通過しなければならない。これは不審者の侵入を防ぐといった人間に対する扉ではなく、動物に対するものだろう。それぞれのセクションで飼われている動物の種類が異なっており、万が一飼育小屋から脱走しても他のセクションには影響がないようにしているのだと思われる。第一セクションは小動物、第二セクションは爬虫類、第三セクションは中型動物(草食動物)で構成されている。肉食動物は、今私がいる人間が事務的業務で使用しているエリアのさらに奥のセクションだそうだ。間違っても近づかないようにしたい。そういえばなんで私がこんなにアニマルカンパニーについて詳しいのかって思われるかも知れない。なんてことはない。今の待ち時間にロビーに置いてあった会社案内を読んでいるだけである。

そういえば、東十条と呼ばれた男性は結局私たちについてこなかった。アニマルカンパニーの社員ではないのだろうか。


ポーン。軽快な音と共に、少し離れた場所にあるエレベーターの扉が開く。そこからやってくるのは、

「野花さん、お久しぶりです」

懐かしい声。一年前と何ら変わらないロップじいがいた。



 ☆



私はロップじいの案内で応接室へと移動する。この建物内の雰囲気は動物関連の会社という感じではなく、一般的な会社の様と変わりない。

今日の私は客としてアニマルカンパニー社に来ているわけではない。だからロップじいとの近況報告を兼ねた雑談もほどほどに、本題に入る。

「一年前に提示した一つ目の条件、守っていただけましたか」

私は頷く。そしてカバンから小型サイズのアルバムを取り出し、それをロップじいに渡す。ロップじいは真剣な目つきで、それを見始める。

そのアルバムには、私が新しく飼い始めたうさぎであるラビーの写真、成長記録をまとめている。迎え入れたときの小ささは、何度見てもその可愛さに飽きないものだ。そんな言い方をするとまるで今は可愛くないように聞こえるかも知れないが、まぁその通りだ。今はどちらかと言えば、ワイルドな雰囲気になっている。ワイルドなうさぎ、ワイルド×ラビー。なんでもない。

そんなくだらないことを考えていると、ロップじいは視線をアルバムから私に戻し、静かに頷く。

「一つ目の条件達成、確認しました」

ロップじいのその言葉に、私は胸を撫で下ろす。とりあえず第一関門は突破したようだ。

だが、安心するのはまだ早い。


そうだ。社員となるためには、もう一つの条件を満たさなければならない。それは一体何なのだろうか。

ロップじいはそんな私のココロの声に答えるように、話し始める。

「野花さんを雇うために達成していただく二つ目の条件は、現在我が社で開催中のうさぎ商品考案大会の予選で一勝すること。もちろん期間中であれば何度でも挑戦していただいて構いません」

「うさぎ商品の、考案大会ですか?」

一体どういうことなのだろうか。想像つかない。

「詳しいことは次のナレーションを聞いてください」


うさぎ商品考案大会。通称、うさ会。でもこの略称は浸透しない。

アニマルカンパニーの社員限定でうさぎ商品のアイデアを競う大会。基本的には毎年行われており、開催期間は約半年間。一週間に一度行われる予選大会と、予選大会での勝利数上位八名で行われる決勝大会で構成されている。

大会のルールはこうだ。まずはその週に出場することを宣言した人でランダムペアが作成される。ペアになった二人はお互いに審査員に対してプレゼンテーションを行う。そして審査員の評価が高かったほうが勝利となる。予選には何度も出場することが出来る。ただし勝敗に関わらず同じような案で二度出ることは不可とする。また、決勝大会に勝ち進むために必要なのはあくまで勝利数であり、勝率を競うわけではないので、案を何度も出していけばそれだけ有利になるというわけだ。

尚、今年度のうさ会の予選最終日は十月三十一日。つまりあと一ヵ月後であることを注意されたし。

また、このテープは再生後、自動的に処分されるので注意されたし。ラジカセから煙が上がる。そんなわけはない。


「これに私が参加するのですか」

私の問いかけに、ロップじいは頷きで答える。

「本来ならば社員限定の大会ですが、野花さんは仮入社ということで特別に出場を許可します。そして、」

ロップじいから一枚のカードと、カード入れを渡される。

「仮入社用の社員証です。これがあれば第一セクションにまで入ることが出来ます。そこで予選が終わるまでの間、働いてもらいます」

突然の勤務話。あくまで第二の条件を達成するまで働くことはないだろうと思っていたから、少し心の準備が出来ていない自分に戸惑っている。

ああ、これで昨日まで毎日ゆっくり寝ながらゲームしていたダメ人間な日々も終わりかと思うと少し寂しい気持ちもあり、また再び働くことが出来ることに対する武者震いのようなものが身体を揺らす。そんな気持ちの葛藤が私の身体を包む。

「この第二の条件、挑戦するかね」

ロップじいの問いかけ。考えるまでもない。今までの怠惰な生活には未練は無い。

私はロップじいの眼をしっかり見つめてから、力強く頷いた。



そのあとは事務的な手続きを済ませただけで話は終わった。ロップじいは一応社長であるから忙しいのだろう。私は行きと同じように名前も知らない女性に強制的に連れられ、その日はそのまま帰宅することになった。


働くのは来週の月曜日から。ああ、来週の月曜日が怖い。



 ☆



その日の夜。自宅であるワンルームマンションの一室。私はシャワーを浴びて濡れた髪をタオルで適当に拭きながら、テーブルの上に置いてあるものを見る。

「第一セクション、うさぎ課、か」

ロップじいから渡された仮社員証にはそう書かれていた。


アニマルカンパニーでの私の仕事は、うさぎに関する仕事とだけ聞いている。うさぎの世話やうさぎ関連商品の販売等を行うのだろうと予想はつくが、それだとペットショップの店員と傍から見る限り変わらない気がする。

うさぎ商品考案大会、うさ会の存在が、アニマルカンパニー社でのうさぎに関する仕事の重要な部分を表しているのかも知れない。ロップじいが私にそれに参戦させようとしている理由も、その辺りにあるのだろうか。

「うーん、考えすぎかな」


毎週開催されるうさぎ商品考案大会の予選。期間が残り一ヶ月程度しかない。つまり最大でも四回しか挑戦することが出来ない。挑戦するかどうかは任意だが、力不足である人間なのだから、少なくとも数は撃たなければ勝利は得られないだろう。そのためにも毎週何かしらのアイデアを考え出さなければならない。アニマルカンパニーで現在働いている社員と戦うことになるのだから、そんなに甘くはないだろうし。


ラビーに夕食をあげる。

待ってましたとがっつくラビーを見ながら、私はさっそく考え始めていた。

「ええと、野に咲く花のように強くなりたいと思っている、野花です。よろしくお願いします。なんて、どうかな」

自己紹介の、掴みを。


ラビーは食事に夢中。



こうして私のアニマルカンパニー社での生活が、始まる。

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