第一羽 ラヴィアンローズ

居心地の良い場所は、誰にでもある。それは自宅の部屋か、冬の布団の中か、オンラインゲームの中か、俳句を書く人か、はたまた恋人の隣か、いやいや家族の温もり溢れる居間か。それは人により多種多様。そして、変化していくもの。

この物語の主人公である私、野花(のばな)真(まこと)の場合はどうだろうか。


うさぎカフェ、ラヴィアンローズ。うさぎと触れ合うことが出来る喫茶店である。うさぎカフェと言えば、皆さんはどういった想像をされるだろうか。実際に訪れた客の多くは、まずはうさぎが放し飼いにされていないことに驚くそうだ。おそらく猫や犬のカフェと同じような場所を想像されたからだろう。放し飼いにしていない理由は、うさぎ好きの方ならご存知の通り、多頭飼いはとても難しいからである。余程相性の良いうさぎ同士でなければ喧嘩が多発してしまうのだ。だからうさぎカフェでは、訪れた客は店内にいる数匹のうさぎから一匹を指名し、そのうさぎとマンツーマンで触れ合うことになる。ちなみに、店員のお姉さんを指名しても、触れ合うことは出来ない。

「野花さん、そんな残念そうな顔してもダメなものはダメですよ。もし本当に興味がおありでしたら、プライベートの時間に声をかけてくださいね」

だ、そうだ。


そんなことを思っていると、先ほどの店員がオレンジジュースを運んできてくれる。私は少し渇いていたノドを潤しながら、店内を改めて見渡す。

私が今いる場所は、うさぎカフェであるラヴィアンローズ。市販されている多種多様なうさぎの人形や、店員が自作したのであろうペーパーウサギがあちこちに飾られている。ジュースの入っているコップにもうさぎのイラストがプリントされている。暖かい飲み物の場合に使われる陶器のコップは持ち手の部分にうさぎが立体的に存在している。このようなうさぎのワンポイントは、うさぎ好きにはとても嬉しいものである。その他の特徴はないかとさらに見渡すも特には無い。えー、そんなことはないだろう。と、思われる人もいるかも知れない。多くの方は、うさぎカフェと聞くとゴシックロリータ風な店を想像され、それは特徴だろうと思われるかも知れない。だがこの店はそういった雰囲気はなく、どちらかというと木だけで作られたコテージの雰囲気に近い。だからだろうか。男性である私でもこの店の雰囲気は心地よい。

もう少し店の様子を付け加えよう。この店は都市部から数駅離れた場所にあることから、店内はそれなりに広い。にも関わらず、店内には私が今座っている四人掛けのテーブルの他に、同じタイプのテーブルがもう一つあるだけである。喫茶店なのにテーブルが二つだけ。その他のスペースは一体どうなっているか。言うまでもない。

そう、うさぎとの触れ合いスペースだ。これがあることが、うさぎカフェの最大の特徴である。その他の要素については言い過ぎになるかも知れないが、おまけに過ぎないのだ。


私はオレンジジュースの入ったコップに、名札のついた蓋を取り付けて閉じる。これはこぼさないようにするのと、飲んでいる途中にうさぎに触れ合いにいっても誰のコップかわかるようにするための仕組みだ。そして、もう一つ理由がある。私の蓋を取り付ける動作を合図に、店員が私の元に近づいてくる。つまり、今からうさぎに触れ合いに行くという合図になっているのだ。

「野花さん、今日もあの娘でよかったでしょうか」

「うん。お願いします」

「かしこまりました。どうぞ」

店員の案内の元、テーブルが置かれている人間側と、触れ合いスペースであるうさぎ側との境界線となっている二重柵を越える。二重柵になっている理由は言わずもがな、うさぎが逃げていかないようにするためである。だが、実はここうさぎカフェではもう一つ理由があるのだ。

「モンブランちゃん、元気にしてたかな」

それは、今までの気を入れた自身から、ただのうさぎ好きになるという気持ちの入れ替えだ。

店員から座布団とうさぎのおやつとなる乾燥キャベツを受け取り、触れ合いスペースの中に座り込む。その間に店員は目的のうさぎがいるゲージの扉を開ける。待ってましたと、一羽のうさぎが飛び出してくる。

私のお気に入りであるライオンラビットのモンブラン。身体は濃い茶色の毛で覆われているがおでこの部分だけが少し薄い茶色の毛になっているのが特徴である。そんな姿がモンブランケーキに似ていることから名づけられたそうだ。とても人懐っこい性格であり、いつも私の足元でその少ない体力を回復すべく寝転がって休憩してくる。そんなことをされると触れ合いスペースに入るまでは歳相応の大人振りな雰囲気を見せていた私でも、その体裁を保てない。

私は顔を地面にくっつけ、視線の高さをモンブランに合わせる。そうしてからゆっくりとおでこを撫でる。モンブランはおでこを撫でられるのが好きなようで、気持ち良さそうに眼を細める。その表情に私はもう抑えがたい熱情を感じてしまう。これだからうさぎカフェ通いは止められない。

トリップ状態が続きながらも、モンブランの毛の一部が浮いていることに気づく。

「あれ、今日はまだブラッシングしていないのですか」

「ええ。今日はまだですね。よかったらやっていただけますか」

「喜んで」

店員が自身の仕事を客に押し付ける。普通の店ではありえないことだが、うさぎカフェにおいてはそれはむしろ喜ぶべきサービスである。私は顔を地面から離し、正座に座りなおす。一般的なうさぎカフェにおいてブラッシングは基本的には地面にいる状態でしていくものだが、このうさぎカフェではある程度の常連客であれば膝の上でブラッシングすることが許されている。とはいっても、膝の上にうさぎを乗せるのはあくまで店員が行う。常連客でも勝手にうさぎを持ったりすることはルール違反なのだ。これはうさぎを持って怪我をさせたりしたりしないようにするためである。

店員は慣れた手つきでモンブランを持ち上げ、ゆっくりと私の膝に乗せる。そして、私も慣れた手つきでモンブランのブラッシングを始める。心地よい時間だ。


ブラッシングをしていると、入口の扉が開く。

「ようこそ。うさぎカフェ、ラヴィアンローズへ」

店員がそうお決まりの台詞を言うと、中に入ってきた男性は微笑み返している。

「今日もまた来てしまいました」

その男性が店員にそう言ったところで、私はブラッシングをしながらその男性に声をかける。

「ロップじい! 先に楽しませてもらっているよ」

男性はその視線で私を捉えると、再びその顔を綻ばせる。

「おお、野花さんも来ていましたか」

彼の名前は、ロップじい。私と同じ、このうさぎカフェであるラヴィアンローズの常連だ。本名は知らないのだが、髪が左右にしかないにも関わらずそれらのボリュームが普通の人よりもあるそんな姿がロップイヤーのうさぎに似ていることから、ロップじいと呼ばれている。私がこの店に通い始める前からの常連客のようで、同じうさぎ好き同士だから、いつしか気軽に話すことが出来る関係になっていた。もちろん彼も私と同じぐらい、いや私以上のうさぎ狂だ。だからテーブルで一息ついてから触れ合うという考えは最初からなく、挨拶半ばで、触れ合いスペースに入ってくる。

「お邪魔しますよ」

「ロップじい、せめて注文だけはしてあげないと店員さんが困ってますよ」

「おお、そうでした。それではいつものやつをお願いします」

「かしこまりました」


私がうさぎカフェにくつろぎに来ているのであれば、ロップじいは本当にうさぎと触れ合いに来ているのだろう。そういう姿を見て少し嫉妬を覚えるが、そんな思いはモンブランへのブラッシングと共に消えていく。癒されていく。



 ☆



小休止。

私とロップじいは、テーブルに座りながら一緒にオレンジジュースを飲んでいる。人間にも休憩は必要だがそれ以上にうさぎにも休憩は必要である。だからずっと触れ合っているわけにはいかない。うさぎカフェに通う人々は、一通り触れ合いを楽しんだ後、うさぎ好き同士で談笑をしていくのが基本的なスタイル。

とはいえ。ここのうさぎカフェはあまり流行っていないのだろうか。私が見かけたことがあるのはロップじいしかいないわけだが。


他愛無い会話を続けた後、少し会話が途切れたときにロップじいは急に真剣な顔をする。そして、話し始める。

「野花さん、会社を辞めたというのは本当ですか」

会社を辞めたということは直接ロップじいには話をしていない。店員から聞いたのだろう。

「ええ。三ヶ月前ぐらいに」

「よければ、辞めた理由をお聞かせ願えませんか」

「いいですけど、面白い話にはなりませんよ」

「けっこうです。これは老婆的、好奇心だと思っていただければ」

正直に言うと、せっかくの安らぎの場で、あの頃を思い出したくは無かった。だが三ヶ月という時の流れが少しは私の気持ちを和らげたのか、ロップじいの真剣な顔に負けたのかはわからないが、話をすることにした。

それは本当に改めてロップじいに語るというほどでもないことで、ただ話をした。


「私、野花真には、最近まで飼っていたうさぎがいまして、」


私、野花真には、最近まで飼っていたうさぎがいまして、ウーサという名でした。飼い始めたのは大学に入った頃です。入学と同時に一人暮らしを始めたのですが、今までは実家で家族と暮らしていたということもあり、一人での生活はとてもとても寂しく感じられました。そんななかで本を買いにショッピングモールを訪れて、そこで偶然ウーサと出会ったのです。それからの生活は色々と苦労もあったけれどそれなりに満ち溢れていて、人間の彼女のように色々出かけたり話したりは出来なかったけれど、それでもウーサのいる生活には色があった。だから私にとってウーサという一羽のうさぎは大切な存在だった。

時は流れ、そんな私も大学を卒業し、どこにでもあるような事務職の会社に就職した。仕事はきつかったけれど、家に帰ってウーサと触れ合うことでそんな疲れも癒されていた。

そして、就職してから四年たった頃。ウーサもそろそろ老いを見せる歳で。ウーサは時々体調を崩すようになった。それから私は会社内の付き合いの飲み会を断るようして、帰宅を優先していた。上司からは付き合いも仕事のうちだからと何度も参加するようにと言われていたが、それを断り続けていた。それが上司の機嫌を損ねる結果となったのでしょう。ウーサを病院に連れて行くからという理由で休暇願いを出しても、そんな理由では認められないと怒られた。そんな理由という言い方は酷いもので。だが酷い仕打ちはさらに続いた。半年前に会社から離島への転勤辞令が出ました。ウーサの体調が悪いこともあり、動物病院がない島への転勤は無理ですと言うと、それなら会社を辞めろと上司は言った。

社会人なら仕事を優先すべき。確かにそういう思想を私は新入社員研修のときに叩き込まれた。そのときはそういうものだと思っていたが、いざ仕事とそれ以外のどちらかを優先しなければならないという状況になったときに、私は仕事優先ということに納得出来なかった。人には、それぞれ大切にしているものがある。それが私にとってはウーサであり、

「それが私にとってはウーサであり、それを否定されたとき、会社に対して愛想が尽きてしまいました」

私はおかわりしたオレンジジュースを店員から受け取り、一口飲んで喉の渇きを癒す。そして、最後に一言。

「会社を辞めたあと、ウーサはすぐに息を引き取りました」

そう言って私は口を閉じ、視線をモンブランが休んでいるゲージの方へと向ける。

少しの間の後、さっきまで黙って私の話を聞いていたロップじいが口を開く。

「もし野花さんが会社を辞める前にウーサさんが月に帰っていたのなら、それで会社からの付き合いの飲み会を断る理由が無くなっていたのなら、今はどうなっていたと思いますか」

私は視線を戻すことなく答える。

「それでも、あの会社を辞めていたと思います。後悔はしていませんよ」

私の返事がロップじいが求めていたものなのか、はたまた私の幼稚な考えに呆れているのか。ロップじいはそれ以降、口を開くことはなく、私と同じようにうさぎが休んでいるゲージの方に視線を向けたまま、オレンジジュースをずずっと啜っていた。


私たちの話が一段落するのを見計らっていたのだろう。店員が新商品予定のラビットティを試飲してくださいと私たちの元に持ってくる。飲む前から甘い香りが漂ってきて美味しそうだ。実際に飲んでみても甘い紅茶でとても美味しい。だがこの甘さは後味がスッキリしているから砂糖ではなさそうだ。とは言っても、その正体をわざわざ店員に尋ねるほど野暮ったい私ではない。ただ単に美味しいと思えることだけでいい。

「野花さんは、うさぎが出てくる夢を見たことありますか」

ラビットティを味わっていると、ロップじいが唐突に尋ねてくる。

「そうですね、小さい頃にうさぎ裁判の夢を見たことがあります」

私がそう言うと、ロップじいはラビットティを口に運ぶ動きを急に止める。横目でロップじいを見る、少し驚いた顔をしていた。そして、

「そうなのですか。実は私もうさぎ裁判の夢を見たことがあるのですよ」

と言った。これには私も驚く。私はラビットティが入っていたカップを置き、ロップじいを見る。

「おお、奇遇ですね。それならもしかしたらうさぎ裁判で出会っていたかも知れませんね。さすがに昔のことでもあり夢の話でもあるから覚えていませんが、うさぎの裁判。一体何が罪なのか、一体何が罰として与えられていたのか、今となっては気になりますね」

ロップじいは、店員にラビットティのおかわりを要求する。そのときに私のカップが空なのに気づき、私にも入れてくれるように店員に付け加えてくれた。店員が私たちのカップにラビットティを入れてくれているのをお互い見ながら、

「人間のように牢獄で無駄な時間を消費させるという無意味なことではなく、うさぎのために何かをさせる。そんな罰じゃないでしょうか」

ロップじいはそう言いながら、店員にも同意を求める。店員は愛想笑いを返した。

「それじゃあ私たちうさぎ好きは、前世がうさぎで、そのときに何か罪をおかしたのかも知れませんね」

私はそう言いながら、店員にも同意を求める。店員はラビットティの入ったポットを持って奥へと帰っていった。

「その発想、面白いですね。それをネタに小説を書かれてはどうですか」

「無茶言わないでくださいよ」

私たちは笑った。


さらに小休止。

ラヴィアンローズには、私のお気に入りであるモンブラン、ロップじいのお気に入りである『ろっぷぅ』以外にも八羽のうさぎがいる。 その八羽のうさぎもゲージから出て自由に走り回る時間というのは必要なので、客がのんびりとテーブル側でくつろいでいる時に店員が遊ばせている。私とロップじいはそんな様子を静かに見守っている。静寂とうさぎの足音だけが私たちを包んでいる。

「野花さん、よかったら私の会社に来ませんか」

「えっ」

ロップじいの突然の言葉に、静寂はすぐに破られることになった。ロップじいは財布から一枚の名刺を取り出して私の元に差し出す。軽く手を払ってから受け取る。

「アニマルカンパニー。簡単に言えば、動物の暮らしをより良いものにするためにはどうすればよいかを考える会社です」

「ロップじい、いや烏丸(からすま)さん。社長だったのですか」

社長とは露知らず、かなり生意気な交流をしてしまっていた。

私がそんなことを思ったのを見透かしたのか、ロップじいはさっきまでと何も変わらないフレンドリーな口調で話しかけてくれる。

「ロップじいでいいですよ。肩書きなんてここでは関係ありません。同じうさぎ好き同士ですから」

そう言われても、理屈ではわかっていても、やはり社長という肩書きに少し慄いてしまう私がいる。私は落ち着こうと、改めてその名刺に目を移した。


アニマルカンパニー。動物を飼っている人であれば、その名を聞いたことがない人はいないだろう。様々な動物の餌やハウス、おもちゃ等を販売している会社だ。ウーサにあげていた餌やプレゼントしていたおもちゃも確かアニマルカンパニー製だったはずだ。つまり私がアニマルカンパニーについて持っている知識というのは買った商品を作っている会社ということぐらいで、実際はどのような業務を行っているのかは家に帰ってからぐぐってみないとわからないというわけだ。唯一わかることは、かなりの大会社であるということ。

そんな会社の社長がこの目の前にいる。そして、そんな会社の社長が私に会社に来ないかと誘ってくれている。今までの私の人生経験ではありえなかった非現実に、私は驚きを隠せずにいる。そして、その喜びが実はぬか喜びでしたと言われる恐怖心から、ロップじいを見ることが出来ない。そんな私に、ロップじいは言う。

「ですが、野花さんを雇うのには条件が二つあります」

「条件、ですか」

条件を課せられるということで、私の思考は現実に戻る。ロップじいは、条件と言っても大したことないですよと前置きしてから、

「一つ目の条件は、新しいうさぎを迎えて一年間過ごすこと」

と言った。


新しいうさぎを飼い始めるということ。そのキーワードで思い出されるのは、二ヶ月半ほど前の出来事。ウーサがいなくなったことによる喪失感。これはウーサが体調を崩してから覚悟していたとはいえ、想像以上に私の心を壊した。だからその頃の私は荒れていた。腕立て、腹筋、背筋。毎日荒ぶって自分を鍛えていた。それまで運動を積極的にしようとは思わなかったのに、動かないと気持ちが落ち着かなかった。そんな私を見た友人は、私に新しいうさぎを飼い始めてはどうかと提案してくれた。だけどその頃の私は、新しいうさぎを飼うという選択肢はありえないという心境であり、考えることすらしていなかった。

そんな日々を過ごしていると、私の元に一通の手紙が届いた。差出人は、ペット葬を依頼した寺の住職からだった。その手紙には「この場所に行きなさい」というメッセージと地図だけが書かれていた。この場所、という表記であり、具体的な行き先の名前が書かれていないことに一抹の不安を感じたが、私はウーサの最後を観てくれた住職さんからの言葉をウーサからの言葉のように感じたから、そんな不安はすぐに無くなった。

気が付くと私は冷静さを取り戻しており、迷いなくその場所へと向かった。そこが、ここ、ラヴィアンローズだったのだ。

それが、二ヵ月半ほど前の出来事。住職さんが私に一体何を伝えたかったのか、そのときは全くわからなかった。でも、今ならわかる気がする。それは、今ロップじいが私に言ってくれていることと同じなのだろう。


ペットロスの悲しみは、時間と、新しい存在が癒してくれる。


私は一つ目の条件を受けることをロップじいに約束した。ロップじいは、静かに微笑んだ。

「これで野花さんも、ラヴィアンローズを卒業ですね。おめでとうございます。でも野花さんが来られなくなると、またこの店も寂しくなりますね」

「卒業って?」

私の疑問系の言葉に、いつの間にか私たちの横、いや、ロップじいの横にいた店員が微笑みながら答えてくれる。

「もう野花さんはわかっているのではないですか。この店が存在している理由が」

店員のその言葉を受けて私は少し考え、そして私も同様に微笑む。

「そうですね。短い間ですが、お世話になりました。店員さんも、ロップじいも」


私が来なくなったあとのこの店は、一体誰のために開かれるのだろうか。

それはやはりロップじいのためなのだろう。

私がもしアニマルカンパニーに就職することが出来たのなら、そのココロの傷を知る日も来るのだろうか。いや、案外ただのうさぎ好きであるという事実を知るだけかも知れない。

そして、忘れてはいけない。条件は一つではなく、二つあるのだ。私はもう一つの条件を知らなければならない。

「一年後にその名刺を持ってアニマルカンパニーを訪ねて来てください。そこで一つ目の条件をクリアされていましたら、二つ目の条件をお伝えします」

その二つの条件をクリアすれば、野花さんも晴れて我が社の社員です。と、ロップじいは最後に言った。私は真面目な顔をして、ただ頷いた。



おまけ。


「そういえば結局最後まで店員さんの名前聞いてなかったんだけど、三文字だよね」

「ラヴィアンローズです」

「ですよね」



 ☆



ラヴィアンローズを最後に訪れてから約一年と二ヶ月。

私、野花真は、アニマルカンパニー社の前にいる。会社を辞め、ウーサも失い荒れていた私だったが、今こうして新たな道を進もうとしている。


そうさせてくれたのは、誰のおかげだろうか。ロップじいのおかげか。いや、うさぎか。と、言いたいだけか。

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