行商人ジョシュア

落灰

第1話 旅の始まり、リンカとの出会い。

僕はしがない商人。

この王国を、荷馬車を引きながら旅する行商人だ。

最近僕にも家族が出来た。

アーリアという女性。プラチナブロンドの長髪に整った碧眼を湛えている。

僕が彼女と結婚出来たのは人生で一番の幸せな奇跡だと思う。


「ジョシュア。行ってらっしゃい」


彼女が僕に微笑む。今回の旅程に彼女は同乗しない。

何故なら、彼女のそのお腹には赤子がいるから。

妊娠した者を連れて行ける程、舗装の甘い街道を旅するのは簡単なことではない。

結婚してまだ数ヶ月。本音を言えば、離れたくはない。

でも、今回の商談に成功すればかなり、金銭に余裕が持てる。

何と言っても、王国の東地区を統括するオーベック伯爵様との商談なのである。

大手商会が倒産し、その後釜として、前々より高い評価を得ていた僕が抜栓されたというわけである。


「今回の商談に成功すれば、行商をやめて、店舗が持てるようになるはずだ。それもちょっとした王都のお店に劣らないような。こんな時に離れるのは本当に心苦しい。どうか許してくれ」


「大丈夫よ。この家には私一人と言うわけではないもの」


確かに、離れたくないと言う点を除けば、それほど心配事はない。

何故なら、この家にはあと二人、仲間がいる。

僕らは四人で旅をしていたのだが、冒険者のユルド。

そしてユルドの妻、ニア。ニアは薬師だ。

僕の行商が成功したのは彼女の薬が評判だったのも一役買っている。

後は、世話焼きのアーリアに心を支えてもらったこと。

ユルドの護衛があってこそのものだった。

今回は代理人を雇い、二人にはアーリアを見ていて欲しいと頼んだ。

信頼する彼等ならば任せていれば安心だろう。

何よりニアは出産の場に立ち会った事もあり、よく分かっているらしい。


「ああ、ユルド、ニア。支えてやってほしい。二人がいるからこそ俺は安心してこの商談に臨める。絶対にいい報告を持ち帰るよ」


「ああ、期待してるぞ、ジョシュア」


「うちの薬も持ってって。何かと便利やし」


「ああ、ありがとう。頼んだ」


力強い返事に安心を覚えつつ、僕はアーリアに向き直った。


「じゃあ、行ってきます、アーリア。……愛してる」


気恥ずかしいが、二人に聞こえないように愛を囁く。


「ふふ、じゃあ行ってらっしゃい。待ってる」


僕は御者台に跨り、馬に鞭を叩く。

角を越えて見えなくなるまで、手を振り、角を越えたところで、僕は頬を両手で叩き、奮起した。


「よし、出発だ!」



◇◇◇



「行っちゃったな。あいつ」


ポツリと、ユルドがそう溢す。


「そうね。商談、上手くいってくれれば良いんだけど」


アーリアは一人で行商、とは言え臨時の雇い護衛達はいるが、初めての試みと、大きな商談を抱える彼を心配しているのだろう。


「さて、今日からはアーリアとうちらの三人生活や」


ニアは余り気にした様子もなく、むしろ何かを楽しみにしているようだ。

恐らく、三人生活という環境の変化への興味だろうか。


「何からするかな。って、そんな事決まってるか。ははっ」


ユルドは軽口をこぼすように、笑う。


「ユルドはすぐ、そー言う事言う」


「そうそう、デリカシーがないんやから」


二人から責められたユルドは一歩後ずさる。


「お、おう、すまん。そうだな。ま、全てはあいつの結果次第ってとこか」


アーリア、ニアは無言の肯定。

そして三人はジョシュアの去った方を見て、哀れみとも、期待とも取れる歪な形相をしていた。



◇◇◇


「ジョシュアさん、私はリンカと言います。今回護衛をさせて頂くことになりました」


ジョシュアはその人物、リンカの発した言葉に驚きの表情を向けた。


「何と、女性でしたか。てっきり男性だと思っていたもので。ああ、すみません失言でしたね」


リンカは眉をひそめる事もなく、寧ろ申し訳無さげに。


「いえ、腕には男性に負けない自信はありますが、やはり護衛する上で御迷惑をお掛けするかも知れません。そこは申し訳ありません」


何と律儀な冒険者だろうか、と思いつつ、気を使わせるわけにはいかないと思い、あることをおもいだした。


「ああ、そうです。壊れた時用の予備のテントがありました。ですからどうかお気になさらず。これから数ヶ月お世話になりますし、余り気を使い過ぎないようにしましょう」


「気遣い感謝します」


どうやら取りあえず納得してくれたようだ。

しかし女性と二人旅となると、アーリアに何か疑われかねない。

森を越える前に、一人呪術師を雇おうか。

大事な商談なんだ。念には念を入れるべきだろう。



◇◇◇



自宅のある村から、ローレタリアの街まで到着した。

道中、何度か魔物に遭遇したのだが、リンカの剣技は見事なものだった。

瞬時に致命傷を与えて、外傷も少なく、非常に良い状態の魔物の素材が手に入った。

リンカはとても面白い人だった。

とても不器用で、武芸以外の事にとても疎いようで、魔物の肉を調理している時に、手伝うなどといって、何度食材を地べたに落としたことか。


「魔物の肉をこんなに美味しく食べられたのは初めてです。ジョシュアさんは何者ですか」


先日からずっとこの調子だ。

リンカとかなり仲良くなれたとは思うが、食い意地が張りすぎでは無いだろうか。

女の子として大丈夫だろうか。

年齢も僕と変わらないくらいだろうから二十代前半くらいだろうに。


「食事が好きだから、ある料理人に一時期料理を習ったのさ」


「なるほど。では、ジョシュアさんは何が好きですか」


「んー。オムライスかな。小さい頃、亡くなった母親に作ってもらったオムライスは今でもまた食べて見たいと思うよ。レシピはあるんだけどね。僕が付くって自分で食べてもどうも上手く再現できなくて」


「なるほど。オムライスですね。オムライスは良いです。私は卵は三つほど使って欲しいです」


やっぱりリンカは食い意地が張りすぎだ。

とにかくそんな話をしながら冒険者ギルドへと到着した。


「本日は、どの様な御用件でしょうか」


「手頃な呪術師の同乗人を斡旋したい」


「呪術師ですね。では募集用紙に必要事項を記入ください」


「——はい。承りました。では集まり次第、宿泊地へとご連絡致しますので、その時はもう一度ギルドへ足を運んでくださいませ」


「ああ、了解した」


非常に潤滑だ。流石、冒険者ギルドの職員は皆エリート揃いだ。

飲食店すら粗雑なところが多いのに、冒険者ギルドは受け答えが洗練されているのがわかる。

それは王都の難関試験に潜ったものだけがなれる職業だからと言うのもあるのだろう。


閑話休題。


僕らは荷物を届け先に納品し報酬を頂き、また、お得意先から大量に仕入れ、荷台に積む。


「ジョシュアさん、あの、非常に言いにくいのですが」


リンカが少し申し訳無さげに、お腹を抑えてそう言った。

ああ、そう言うことか。

女性だったな。生理だろうか。

僕もニアと、アーリアと旅してきたからね。その辺の気遣いはできるつもりだ。


「ああ、そう言うことなら御手洗いはあっちだから。用品は荷台から取って言っても良いよ」


「い、いえ、そうではなくて」


ぐうううう〜〜。

高らかにリンカのお腹からメロディが奏でられた。


「——。あー……。ご飯、食べに行くか」


「ううっ。申し訳ないです……」


そうして宿の食堂に気まずそうな青年と、銀髪の真っ赤な顔の少女が入って言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

行商人ジョシュア 落灰 @rakuhai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ