第2話 出発前
朝起きて、身支度を整えタロウ様の部屋に行ってみると思った通りまだグースカ寝ていた。子どものように寝相の悪い姿は、見ていると何だか可愛く思えてくる。
「タロウ様、起きてください。午前中には出発するんですよ」
寝息をたてたまま反応が無い。旅先で野宿しなきゃいけない時に寝ていて襲われても気づかないんじゃないかと、いつも思う。
タロウ様は、なんだかんだで暢気なお坊ちゃまなのだ。寝る時は旅先だろうとパジャマを着て寝るしこうやって起こしても簡単には起きない。
勇者ともあろうお人が……。
「タロウ様っ」
肩を揺さぶる。やっと「うーん」という反応を示す。
「あ、テレビにエレナが! 今日も巨乳ですね」
「う、うーん」
ちっ、ダメか。これで飛び起きてくれたら悔しいけれど楽なのに。
「もう、タロウ様ってばー」
軽くほっぺたをペチペチ叩いてみる。
「うーん、起きるよー」
まだ半分眠っているような顔で身体は何とか起こしてくれる。このまま安心して部屋を出て行くと、大抵また眠ってしまうので起き上がらせて顔を洗いに行かせる。
洗面台まで連れて行ってやっと私は自分の仕事が出来るのだ。
台所に行き、作りかけだった朝食を仕上げる。
この家には通常なら、旦那様と奥様そしてタロウ様の三人がいらっしゃる。けれど今は旦那様と奥様はハナコ様の住む街に旅行中なのだ。
ハナコ様はタロウ様のお姉様で結婚して遠くの街に住んでいる。早くにタロウ様に家督を譲った旦那様はこうやってお嬢様のところに行ったり、たまには依頼のあった仕事をこなしたりと奥様と一緒に家を空ける事が多かった。
「はい、出来ましたよ」
私がお味噌汁をテーブルに運ぶと顔を洗い終えたタロウ様が席に着くところだった。
「いただきます」
タロウ様はご飯とお味噌汁という朝食が好きなので旅先で無理な時以外は和食にしている。
エプロンを外し、私も向かいの席に着いて食事を始めた。
「結局、何時に寝たんですか?」
「ん? 三時ごろだったかなぁ。エレナちゃんのコーナーが終わるまで見てたからね」
「まったく。今日からマントの街に行くって分かってるのに夜更かしするんですから」
私が軽く怒って見せても、タロウ様は分かっているのか分かっていないのかヘラヘラしている。
今回の依頼があったマントの街は、ここからバイクで一日半ほどのところ。途中の街で今日は宿を取る予定だが、そのためにも今日中にその街にまでは着きたいのだ。外に出てしまえばそれなりにシャンとして下さるけれど家を出るまでがダラダラされたら遅れてしまう。
「ところでさぁ、サチ」
「はい、何ですか?」
「もうすぐクリスマスじゃん?」
「はい、そうですね」
「俺さぁ、サンタさんにエレナちゃんのテレビショッピングでやっていたピカピカナイフをお願いしようと思うんだよね」
「……」
この人はもう。これから魔物退治の旅に行こうというのに緊張感が無いどころか、十七歳にもなってサンタクロースにプレゼントをお願いすると無邪気に言うなんて……いつまで経っても子どもなんだから。
「あーっ、サチってば呆れてるんだろう。大丈夫だよ、ちゃんとサチのプレゼントもお願いしといてあげるから」
わざと子どもぶっているのか、こういうところがたまに可愛いと思ってしまう。
2
「ところで、ピカピカナイフってどんなナイフなんですか?」
タロウ様がクリスマスプレゼントに欲しがっていたナイフがどんなものか聞いてみた。
「見た目は普通のナイフなんだけど、振るとピカピカーッと光って敵を眠らせる事が出来るんだ」
「持ってる人は眠っちゃわないんですか?」
「うん、柄の部分に催眠にかからない鉱石が入っているんだって」
「じゃあ、近くにいる味方はどうなんですか? 安全なんですか?」
「うん、大丈夫。柄に使われているのと同じ鉱石で出来たペンダントをしてればいいんだよ。それもオプションで一個は無料で付いてくるんだよ」
「へぇ、色々考えられてるんですね」
でもナイフというのが心もとない。タロウ様はいつも大きな剣を使って戦っている。そういうサイズの物ってないのかしら。
「ナイフってタロウ様の戦闘には小さくないですか?」
「まぁね。ピカピカナイフに使われている鉱石は貴重らしくってナイフサイズが限界らしいんだ」
なるほど、そういう事ね。でもまぁ敵を眠らせてから、いつもの剣で戦ってもいいわけだしね。
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