第16話
ちょっと遠回りして、線路沿いをお散歩しながら銀の湯へ。だだっぴろい工事現場が金属の仕切りのむこうにちらちらと見える。クビナガ竜が森のようにぬーっと首を伸ばしている――みたいなクレーン。それぞれ思い思いの方を向いて、今は眠りについている。
「ここの工事現場なんか好きだなー。楽しくない? かっこいいよね」
わたしにはその感覚はよくわからないけど、クレーンが恐竜に見えるのはそういえばいつかあーちゃんがそう言ってたからだ。わたしも、大人になっても工事現場にわくわくしたりするんだろうか。いや、ないな。今だって別にわくわくしない。
別にそいうことが「夢がある」ってわけじゃないんだろうな。歩きながらけっこうなボリュームで歌っちゃうあーちゃんは、やっぱりちょっとヘンな人だ。楽しいとか、夢とか、そいうものは人それぞれでいいでしょ。
「あ」
銀の湯の入口で、あーちゃんが声を上げた。
「こんばんは。今から? 」
「うん、ちょっと散歩してたから遅くなって。……隆之介くん? 」
おばさんと、その後ろに隆之介くんがいた。ん? あーちゃんは隆之介くん初対面の筈。夢で共演してるけど、指輪の話はしてないし、何でわかる?
「……こんばんは。ああ、なんだルカか」
地味に、はじめて名前を呼ばれてちょっとどきっとした。ライブ以来初めて会う。
「ルカちゃん、何か、ありがとね。お友達にも伝えてね」
おばさんがに、と笑って横目で隆之介くんをちらっと見た。つまんなそうな顔の隆之介くん、その首にはあの指輪のネックレスが。
「解決してるから。心配すんな。小学生にそんな世話になれるかっつーの」
ちょっとだけ口の端を上げて、わかりにくく笑った。
「孫連れてきちゃった。なんか照れくさいわね」
おばさんはわかりやすく、にっこにこだ。
「初めまして。ルカがお世話になってます。ギターうまいね。おばさん見た? この前の商店街のお祭り。この子たちバンドで出演してたんだよ」
「んねえ! 私聞いてなくってさぁ。見逃しちゃったのよ」
「へっへー。あたし動画撮ってますよー。ここじゃなんだから、今度ゆっくり見せてあげる」
なんですと?
だってあーちゃんはずーっと夢の世界にいたんじゃない。何で?
じゃあねお休みなさい、と帰っていく二人の背中を見送った。ちょっと距離がある。まだまだよそよそしい感じだ。でも手ぶらで歩くおばさんは心なしか足取りも軽く、いつもよりうきうき歩いているように見えた。
……その間にもむくむくと湧き上がる疑問。あーちゃんはどうしてあのお祭りの日の動画なんか持ってるんだ? どうして隆之介くんのことを知ってるんだ……。
あやしい。
まさか、もしや、よもや、夢の主なんてぜーんぶあーちゃんのお芝居で、実は夢も自由自在で、手の込んだイタズラをしてたんじゃないだろうか。あーちゃんならやりかねない。
隣でわしゃわしゃと髪を洗うあーちゃんを盗み見る。呑気に鼻歌交じりだ。
「詳しくは知らないけどさ」
わお。見てたの気付いてる?
「あのイケメンくん? 力になれたみたいだね」
頭の泡をすっかり流してから、あーちゃんはわたしの左手をひょいとつかんだ。
「あの子のために発表会参加したんでしょ? 短期間でよく頑張ったじゃん」
少し硬くなって、ところどころ皮がむけてる指先を見た。
「みてみて」
あーちゃんが両手を合わせた。よく見ると、右手の方が指が長い。
「ルカもやってみ」
わたしは、何となく左手の指の方が長いような気がする。
「弦押さえる方の指が長くなるんだよ」
あーちゃんは左利き。弦を押さえるのは右手。
「けっこう短期間でも変わるもんだな」
泡の残ったわたしの頭にシャワーをかけながら、あーちゃんが……頭を、なでてる?
「凝った作戦立てたわけじゃなく、地道に努力したんでしょ? 」
はいその通りです。気の利いた作戦なんか思いつかないもん。ただ頑張っただけ。
「結局それに勝るものはないね。あんたらしいよ。ホントよくできました」
そのまま頭をぎゅっ、とされた。
「助けてくれてありがと」
お祭りの翌朝。あーちゃんは何事もなかったように目覚めた。よく寝た、寝過ぎたと言ってから、日にちが飛んでる、とひとしきり大騒ぎして――それだけだった。ものすごくしれっと、日常と晩ご飯は戻ってきた。
あれから帯締めは使っていない。
「ルカのライブ楽しかったね。今度は夢じゃなくてリアルでやろっか」
夢の主、ホントにあれはあーちゃんじゃなかったんだろうか。
「ねえ。なんで隆之介くん動画なんか持ってるの」
「ケータイに入ってた。あんたの顔面にビニール直撃のハプニング映像もあるよ」
なんですと。
お風呂を出てから動画を見せてもらった。それは、ちょうどベビーカステラの屋台のあたりから……というか、屋台の中から撮ってないか? ベビカス、の文字が裏返しでちらちら入り込んでいる。すぐにズームされてよくわからなくなるけど、最後の方、ビニールでしゃかしゃかやりだした後に、屋台のおじさんの背中と声が大きく入っていた。
「主が盗ってくれてたんだよ、気が付かなかった? 」
「うん。だってこれ隠し撮りだよ」
「そうみたいね」
いたずらっぽくあーちゃんは笑う。
……何となく、聞けなかった。
あーちゃんと夢の主。
嘘なのか、ホントなのか。演技なのか、別人なのか。
まあ、いいんだけどね。
わたしの毎日は退屈しなくって、手抜きでも半額のお惣菜でも晩ご飯は楽しいんだから。ぷしゅっと冷たい缶ビールと、グーで乾杯できるんだから。
真相は、まあ実はいずれわかることになるんだけど。
でもそれはまた、別の物語。
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