第15話

 少しは何かできたのか、調子に乗ってよそのお家の事情に首を突っ込んだだけなのかよくわからないけど、ひとつ言えることがある。

「また遊ぼうな」

 別れ際、隆之介はとりまきの女の子たちには見せなかったような、くしゃっとした人懐っこい笑顔でそう言った。

「おまえらと友達になれてよかったよ。心配してくれてんだろ、ありがとな」

 そう。友達作りでバンドに参加した隆之介くんの目的には、はからずも協力したのだ。

「やっぱ運命~! 」

 帰り道、ヒナタは上機嫌。そりゃね。隆之介くんかなりかっこいい。芸能人と並んでてもきっと見劣りしないだろう。なんかちょっとつかみどころがなくて、ちょっと腹黒っぽいとこもあるけど、わたしたちの話をちゃんと聞いてくれた。ヒナタが舞い上がるのも納得です。

「ヒナタの言ってたことかっこよかったよ。信じて、ってヤツ」

「そりゃそうだよ。こないだ見た映画の淳くんのセリフだもん。名探偵の淳くんが、実は愛されてるんだってことに気付かずに連続殺人を犯してしまう犯人を説得するセリフ。ちょうどいいかなって」

 ……さようでございますか。

 ギターは重いけど、気持ちは軽かった。ライブって楽しいんだってわかった。

 ふふふ。

 今日はぐっすり眠れるってもんだわ。


 あーちゃんのビールを勝手に飲んで、家のビールのストックがなくなると勝手に買ってきて、今日も自分だけ機嫌よくとっとと眠りについた夢の主の手首に帯締めを結んだ。今日こそあーちゃんを救出するんだ。育児放棄されて栄養失調になる前に。自分のための戦いなのです。めんどくさいこともいっぱいあるけど、ビール飲んでばっかだけど、ワガママだけど、てきとーだけど、(なんか夢の主とかぶるとこばっかりだけど)あーちゃんとの暮らしは退屈することなんかまったくなくて、楽しくて、わたしの一番大事なものだから。

 気合を入れてお布団にもぐりこむ。

 ……。

 …………。

 ………………。

 いかん。

 気合入れ過ぎて眠れない……。

 隣では夢の主がくーくー寝息を立ててすこやかーに寝ている。うらやましい。そもそもあーちゃんからして、眠れないということがないらしい。しょっちゅう、お布団に辿り着く前にリビングのソファで寝てるし、思い立ったら即行動! ってタイプだからあれこれ思い悩んだりもないみたい。そういう便利な性格が似ればよかったんだけどな。

 仕方ないので今日のライブを思い返した。ビニールが顔面直撃とか、ピックの予備に気付かなかったりとか、今にして思えば散々だった。もうほんと全然ダメダメだった。でも、それでも、楽しかった。自信持って、顔上げて、笑って、元気にやったら観客の人が一緒に楽しんでくれて、すごく心強かった。だからもっと楽しくなった。そうなんだ。初めてのことで何にもわからないけど、ちょこっとだけ感じたのは、ライブっていうのはきっと……。

 恐竜の森だ。

 クビナガ竜がたくさんいて、月明かりに照らされている。それぞれがゆっくりとゆらゆらと動いていて、なんだかキレイだ。どこかで見たことがある光景。いや、恐竜なんて見たことない。こんな広いとこ知らない……知ってる。線路沿いの、ずっと前は自動車教習所のあった……今はなんだっけ? 恐竜の鳴き声がする。うおーん……恐竜の声ってこんな感じなのね。見上げると赤と白の長い首……? 

 恐竜の首じゃなくて、クレーンだ。すごく大きなクレーンが何台もあって、やけに明るい月明かりに照らされてる。そうだ。近所の工事現場だ。やたらと広い教習所跡地で、ビルかなんかを作ってる……。

 夢の中だった。寝てたんだ、わたし。しかしあーちゃんの夢はどうしてこうサメだのゴジラだの恐竜だの、ちっちゃい男の子みたいなんだろう。

 あたりを見渡すと、隅っこのプレハブ小屋の前にヘルメットをかぶった集団がいる。安全第一のヘルメットをかぶった……レッサーパンダの集団……。

 相変わらずというか、どこまでもへんてこな。集団の先頭でラジオ体操を張り切ってるのも、首にタオルをひっかけてクレーン車を操縦しているのもみんなレッサーパンダだ。

「……いい眺め……? 」

 レッサーパンダたちをやけによく見渡せる、と思ったら地面が動いた。ぐんぐん下がって、下がりながら集団の方へ進んでいく。わたしは巨大なショベルカーの、巨大なシャベルの中にいた。サメの歯じゃなくてシャベルの歯がぎざぎざしている。平らに土が入っていて、ベッドの四倍くらいの広さだ。高いところが動く、なんてホントだったら怖いけど、なんとも静かにスムーズに動くもんだから乗り心地がいい。

「今日も一日おもしろおかしくいきましょー」

 ゆるい掛け声に

「ぴぃっ」

 声をそろえて引き締まった返事。掛け声をかけたレッサーが私を見上げると、それを合図にレッサーたちは一斉にこっちを向いた。

「準備ばっちり? 」

 巨大なレッサーパンダ……の着ぐるみ。レッサあーパンダが、わたしの斜め後ろに立っていた。

 ……またこのヒトは……。

 なんでうちの親はこんなヘンな夢見てるかねぇ。口元にはハーモニカのホルダー、胸のあたりには、ちっちゃなゴングみたいなのとか、牛の首についてるベルとかがくっついた金属の洗濯板みたいなものをぶら下げて、小さいキーボードを低く提げて、背中には太鼓を背負っている。その太鼓をたたくスティックから針金が伸びてて、タンバリンのくっついた足元に繋がっている。

 ……メリーポピンズにこんなのでてこなかったっけ? てか、そのレッサー姿でどうやって演奏するんですか。

 歩くと、どん、シャン、ガシャどん、と音がする。レッサあーパンダは面白そうに足を踏み鳴らした。足を上げると背中の太鼓――バスドラかな? ――が、どん、とひびき、足を下ろすとタンバリンがシャン、と鳴る。振動で胸元の金属がガシャガシャ言う。むちゃくちゃっぽく見えるけど楽器演奏はすごくリアリティがあるあたり、さすがはあーちゃんの夢だ。

「お客さんが待ってるよ」

 あいかわらずいきなりなんだな。

 私もいつの間にかギターを提げていて、目の前にはスタンドマイクが立っていた。大丈夫、ココロの準備はできてるもん。

「配られたカードで勝負するしかない」

 ビーグル犬の名台詞を口にして、あーちゃんはさらに付け足した。

「でもどのテーブルで勝負するかは自分次第なんだな」

 ……。

 レッサーパンダたちが見ている。ほとんど地面すれすれまでシャベルが下がっても、ちっちゃなレッサーたちの目線だと今日のステージはちょっと高そうだ。前の方のレッサーたちは四足で立って、首を思いっきり上げている。

 レッサあーパンダに耳打ち。着ぐるみの頭がうん、と頷いて、マイクスタンドをいじった。わたしはシャベルの歯の隙間に腰を下ろす。サメの歯と違って四角くて隙間が広いからちょうどいい。スタンドマイクが横から伸びてきた。

「見やすくなった? 」

 ぴぃー! おそらくは肯定的な歓声。

 それを合図に。

 どん、どどん。どん、どどん。

 あーちゃんの踏み鳴らすドラムが響いた。

 昨日のお祭りのステージよりも、ちょっと落ち着いて客席が見られた。レッサーたちの尻尾が楽しげにパタパタしている。そう見えるのは、わたしがびくびくしてなくて、楽しいからかな。

 うまくないわたしの歌に、あーちゃんの声がきれいに加わる。やっぱうまいね。ヒナタやレンには悪いけど、抜群に歌のうまいあーちゃんのコーラスは何とも頼もしくて、気持ちよくて贅沢だ。夢の中だからあーちゃん美化してないか? 

 演奏も、ちゃんと自分の頼りないギターだけじゃなく、ラッパみたいな音や、タンバリンのしゃらしゃらした音、三人のバンドにも全然負けないいろんな音が聞こえた。後ろを見ると、レッサーボディから頭を外して、もふもふハンドも外して腕まくりしてあーちゃんが……結構必死な顔をしている。そりゃそうか。足でドラムとタンバリン、キーボードを弾きながらコーラスをして、コーラスのないところではハーモニカまで吹いている。たぶんリアルのあーちゃんはここまで器用じゃない。夢だからって実力盛ってますね。

 ますます楽しくなった。わたしだって、うまくないけど、弾けるとか歌えるとか言えるほどできてないんだけど、もっといろんな音を出したい。何かよくわからないけどもっともっとやりたい。明晰夢のくせに思い通りにはならなくって、ホントの実力以上のことができないのがもどかしい。もうちょっと思い通りになってもいいじゃないか――。

 ギターの音が急に増えた。

 ああ、なんか歌いやすい。すっごい安心感。

 気持ちいい……。

 後ろを確かめると、なんですと!

 隆之介くんが、いた。

 昼間とおんなじ格好で、おんなじギターを弾いている。

 なんで! 何で? 

 レッサーパンダたちが沸き立つ。急にメンバーが増えるというイリュージョンに喜んでいるのか。

 やったぁ! さすが夢。すごい。たっのしー! 

 せっかくのイケメン登場なので、もう一人増えないかな、どうせならにぎやかなヤツも来ないかな、もういっそレッサーたちも一緒に歌おう! 

 よくわからないけど、こうだったらいいのになって思った通りにキーボードが増え、ドラムが増えた。みんなで歌うとホントに楽しいビーマイベイビー、分厚いコーラスで大合唱になった。うー、とかあー、とかのコーラスはほとんどがぴぃーなんだけど、それが無性にかわいい。ドラムのどん、どどん。も、ぱたん、ぱたたたん、とちょっと締まりのない音でふくらむ。マヌケなんだけど、なんか、いい!

 本来ならここでおしまいの最後のウォウォウォのところを歌い終えると、タンバリン交じりのドラムがまた、ブレイクのどん、どどん。を踏み鳴らす。あわわ。終わんないじゃん。またビーマイベイビーの大合唱、エンドレス……。

 もうステージとか客席とかって感じじゃなくて、私の足を伝ってレッサーたちはシャベルによじ登り、とにかくみんなで入り乱れての大騒ぎだった。グレムリンレッサーが暴れまわるようなのじゃなくて、みんなでおんなじものを目指してるような一体感のある大騒ぎ。

 この子たち、可愛いじゃん。怖くないじゃん。

 いつの間にか、レッサーパンダの一匹がわたしの首に巻きついていた。もふもふちくちく、気持ちいいけどくすぐったい。

「ナルホドナ」

 耳元で、演奏に負けないくっきりした声が聞こえた。

「コレガオマエナンダナ」

 そうだとも。わたしですとも。

 いつになく、自信を持てる気がした。夢だからかな、気持ちが大きくなってる。ちょっとドキドキしてるのが、いつもは不安になるけど今は気持ちいい。

「オモシロイジャナイカ」

 尻尾がぼふっと顔面を殴って――。

 目が覚めた。

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