第11話
卵料理もいい加減レパートリーが尽きて、今日の晩ご飯はゆで卵。黄身だけマヨネーズと何かよくわからないそこにあるスパイスをまぜたらこれが美味しくて、トマトを添えると色どりもきれいだった。
そういえば、なんだかんだでいっつも食材は用意してくれてる。夢の主との生活は、つまんないけど、それはそれでちょっとは、ありなのかなって思わないこともなくはない、なんてこともない。
都道府県の宿題は途中だは、あーちゃんは返ってこないは、夢の主はとうとう仕事をサボって家にいるは、で金曜日は最悪だった。明日はいよいよ発表会本番だってのに、うまくやれる気がしない。夢の主がいると練習し難い。仕方ないから、児童館で最後の練習と作戦会議をしただけだけど今日は寝てしまおう。自主練なし。今更じたばたしたってもう手遅れだよ。
でもなかなか寝付けなくて、あーちゃんに会いたいのに主のヤツ今日に限ってなかなか寝なくて会いに行けないし、寝苦しいし、ホントに最悪なまま一日が終わった。
そして気づけば決戦の朝。
何だかんだでしっかり寝たのね、わたし。うーん、健康なんだな。こういうところはあーちゃんに似てるのかも。緊張してるけど、緊張でご飯が食べれないとか眠れないとかそういう繊細さはあんまりないんだな。
集合時間が結構早くて、学校へ行くのと変わらない時間に家を出た。まずはリハーサルがあるのだ。知らなかったけど、いろいろやることがあって一日がかりらしい。
夢の主はまだ夢の中。今日、見に来るんだろうか?
あーちゃん見ててね。見れないだろうけど。あーちゃんに教えてもらったように、わたしなりに頑張ってみるね。
そんじゃあ。行ってみますか!
と意気揚々と家を出たところまではよかったけど。
わたしは普段そんなに人の話を聞かない方じゃないと思う。ちゃんと聞いておかなきゃヘマをするし、それは嫌だ。
なのに聞いてない! そんなハナシはきいてないんだってば!
「聞いてないも何もしっかり書いてあるじゃん」
ヒナタが差し出す紙には、見覚えのあるその紙には、今朝一応テーブルの上においてきたお知らせと同じ紙には、確かに日時の下に書いてある。
「会場・銀座商店街特設ステージ」
さらに書いてある。
「銀座商店街祭りに訪れる皆さんに聴いてもらおう! 」
聞いてもらおう! って、ノリ軽……。
一体どんだけの人が来ると思ってんのよ。わたしは近年欠かさずお祭り参加してますよ、一参加者として。スタンプラリーに早くから並んで、銀ちゃんグッズゲットしてるもん。先着何百人とかで、開始前から並んでないと手に入らない。二周目ではもう銀ちゃんはみんなもらわれてしまうのだ。幅の広い道にはすれ違う時に気を使うくらい人が集まって、たくさんある飲食店はみんな店先に屋台を出して、そのほかにもいろんな出店があったり、イベントをしたりしているのだ。銀ちゃんのお友達、とかってゆるキャラが何人(人?)もやってきて、地元の吹奏楽部や大人のサークルが発表をする。地元テレビ局もやってくる。とにかくおっきなおっきなイベントなのだ!
「うそ……だってテレビ来るじゃん」
「ケーブルだけどね」
「知らない人がいっぱい見てくじゃん……」
「見てくれればいいけどね」
ひなたクールだね……。
児童館のイベントは児童館でやるものだと思うじゃん。お客さんも、家族とか友達ばっかりかと思ってた。
どうしよう、早くもすごい緊張してきた。
「楽しみだよな! 道行く人に聞いてもらえるなんてストリートミュージシャンみたいでかっけーなっ!」
レンが思わぬことを言う。楽しみ? 心臓強いのね。
「そだね。ピアノの発表会のときはおっきな会場でしーんとしててすっごい緊張したけど、お祭りって、めっちゃ楽しそう」
……そういうもん? 怖くない?
味方二人が平気な顔をしてるので、ちょっと不安が薄らいだ。まあ、びびっててもしょうがないか。
まあ、ほら。
尻尾が生えてたり、ぴいぴい鳴きながらトイレットペーパー投げたりは、ないでしょ。
それだけでじゅうぶんマトモです。そう思うと、少し勇気がわいてきた。
出番が後ろの方なので、準備をして待っていた。衣装はヒナタのママが手伝ってくれて、三人で浴衣を着ていた。浴衣じゃドラムがたたきにくいって、レンだけ甚平だけど、ちゃんとチームの統一感とか特別感は出てるんじゃないかな。図らずも、お祭りにはちょうどいい。
あーちゃんに見せられないのでお守り代わりに持ってきた帯紐を見つけると、ヒナタママはそれを帯に巻いてくれた。普通浴衣には必要ないらしいけど、はじめて本来の使い方をして、さまになってるじゃない。銀色の帯がきりっと引き締まってかっこよかった。
「ギター弾くんでしょ、袂が邪魔だね」
ヒナタママは浴衣の長い袖の下をつまんで、脇よりちょっと背中寄りのところの帯留めにそれを挟んだ。おお。じゃまじゃない。
こうして身支度を整えると、戦闘準備が整ったぞってかんじで、なんだかその気になってきた。行けちゃいそうじゃない?
着替え終わって控えのテントに行くと、隆之介くんがいた。
……かっこいー……。
黒いライダースジャケットにダメージデニム、ブーツ。べたべたにベタなロックスタイルなのにわざとらしくなくってすごくさまになってる。ちょっと長めでいつもはサラサラした感じの髪を、同い年くらいのお姉さんが整髪料かなんかでくしゃっとラフにセットしている。
今までは怪しさが先に立ってて、単にイケメン、としか思ってなかったけど、こうやってあらためて見てみると隆之介くんはホントにかっこよかった。
あーちゃんからは「ちょぼちょぼまつ毛」とからかわれるわたしとしてはうらやましい限りの長くてまっすぐなまつ毛。ハーフのアミちゃんにも負けてないわ。大きいのにすっきりした目元と細い鼻。男の子をキレイだと思ったのは初めてだ。
「うーわ目のホヨウ! 」
後ろでヒナタが珍しく低い声を出した。本気で驚いてる。
「さすが。モテモテだね」
隆之介くんの周りには、明らかに出演者じゃないだろう女の子が何人もいた。写真を撮ったり、プレゼントを渡したりしている。友達欲しさにバンドに加入しただけあって、隆之介くんは愛想よくにこっと笑ってそれを受け取る。なんだか手馴れてるな。
「ヒナ、イルカ」
レンが手招きしていた。
「勝負とか言って、すでにあの人すげー人気なんですけど」
レンは面白くなさそうだ。
「レンもイケてるよ。甚平似合ってる」
「うんうん。いか焼きとか持ってたらすっごくいい」
「ほめてねーよそれ」
うーん確かに。
いやでもレンも、渋めの紺の甚平にオシャレな帽子を合わせてて、いつもとは違ってなかなかキマっていた。
「まあでもなんだ、お前らも、あれだな、アホにも衣装」
アホはあんただよ。
それを言うなら馬子にも衣装、しかもそれって確かあんまり褒め言葉じゃない。
「おまえたち、漫才の練習してきたわけ? 」
取り巻きがいなくなっていて、隆之介くんが面白くなさそうにこっちを見ていた。
「ヨユーありそうじゃん」
全然ないよ。
「今日は一段とカッコいいね! わたしも一緒に写真撮らせてほしい」
あららー。ヒナタちゃん節操ないね。緊張感もない。
「勘弁してよ。愛想ふりまくのも疲れんだからさ」
「うわ、腹黒発言だ」
レンがこそっと言った。
「愛想なんかなくてもじゅーーぶんかっこいいです」
ヒナタはまったくメげない。しっかりちゃっかり、げんなり気味の隆之介くんとツーショット写真を手に入れた。
何だかんだでカメラ目線。隆之介くんサービスいいね。
児童館バンドの発表までまだ少し時間があった。お祭りでにぎわう商店街をひとりで少し歩く。今日は風が強い。浴衣のすそがめくれたり足に巻きついたりした。
銀座商店街は、その昔本家の銀座が災害にあって大量のガレキのレンガが出た時に、それを引き受けたのが名前の由来なんだとか。だから道はむかしはレンガ敷きで、今もアスファルトの道路じゃない。大きな石がレンガみたいに並べられてて、自転車で走るとなんだか妙に音がひびく。きっと石の下は空洞で、どこかに秘密の地下空間の入口があるに違いない。こんな大勢の人がひっきりなしに歩いてたら、いつか道路が抜け落ちたりするんじゃないかな。ちょっと怖くてかなり面白い。ここに来ると必ずそう思う。
カステラの焼ける美味しそうないい匂いが風に乗ってきた。屋台が出ている。焼き鳥とか、コロッケとか、食べ歩きしてる人がたくさん。今は三味線の発表が行われている特設ステージに足を止める人も少なくない。去年のお祭りのときはわたしもあーちゃんと一緒に歩いてたっけ。唐揚げとかお団子とか食べながら、お店が出してる手作りのゲームして、商品の駄菓子をもらったりした。
初めてのライブがここでよかったな。よく知ってる雰囲気で安心。いや、はじめてはサメの口かな?
「おい」
ひとりでにやにやしてると後ろから呼ばれた。
イケメン目立ちます!
隆之介くん。ジャケット脱いでTシャツ姿もやっぱりかっこいい。振り返って二度見する人がいた。
「仲間が探してるぞ」
わたしはホントにこの人に勝てるんでしょうか。勢いで勝負なんて言っちゃったけど、よく考えたらどのぐらいできるのかも知らないし、相手は中学生。ライブ前からファンもいる。見た目とか存在とかで既に全然勝てる気がしない……。
控室に戻ると、ヒナタとレンもだんだん緊張してきたみたいで、さっきより無口になっていた。
「……もっかいチューニングしとこぉっと。準備カンペキにしとこうね」
キンチョ―しないようになのかしてるからなのか、頭の中であーちゃんの教えを繰り返した。チューニングはしっかりと。自信持って、顔上げて、笑って、元気に。
エントリーの遅かったわたしたちは出番も後ろの方で、発表会が始まってからも待ち時間が続いた。他の出演者はみんな中学生で、全五組中小学生はわたしたちだけ。出番は四番目。隆之介くんたちの次だった。
いよいよ、始まります。
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