第10話
そうは言っても。
気づけば夢の中。
ガレージみたいな扉の前に「続き」のボタンがあって、手抜きなのかなんなのか他のボタンは今日はなかった。拒否権なし、って感じだ。
押さない訳にもいかないので、押して、先に進む。サメの口のステージがあって、例によって振り返るとそこはもうレッサーパンダたちで埋め尽くされたライブ会場だった。
最前列にひときわでっかいレッサーパンダが座ってる。あれは、レッサあーパンダだ。もふもふの手を振って、がんばれ、みたいにガッツポーズをして見せる。
「遅い。みんなお待ちかねだぞ」
一番後ろに、運動会の練習とかで先生が使うような、マイク付きのメガホンみたいな機械をもったあーちゃんがいる。あっちは夢の主だな。
「早くはじめないと暴れちゃうだろ」
レッサーパンダたちは、おとなしくしているように見える……のは一部だ。フライパンの中のトウモロコシがぽんっと弾けてポップコーンになるみたいに、レッサーパンダの頭の毛が弾けてグレムリン化していく。あちこちでぽんっ、ぽぽぽんっ、とグレムリンが増えていく。
ひえー! すぐ始めますから! 暴れるのはご勘弁。
サメの歯の隙間からステージに上がって、用意されてるわたしのピンクのギターを手に取った。真ん中に立って、客席を振り返る。
まぶし……っ!
白いライトが真っ直ぐわたしを照らしてくる。白く光って何も見えない。
どうしよう、怖いよぉ……。
数秒で目が慣れてくると、暗い客席にたくさんの頭が見えてくる。暗いから頭の色までわからないけど、大半がグレムリンで派手な姿をしているのはわかる。
やばい。やらなきゃ。とにかく弾こう。練習はいっぱいしてるんだし、何とか形にはなってきてる。歌も覚えた。
えっと、指はこうで……。
じゃららーん。
うわっ、音でかい。
ギターの弦を上からピックでなぞると、びっくりするぐらい音が大きくて、どうしようどうしたらいいんだよぉ。
間違えたら襲われる。
きっとまたステージまで上がっこられて飲み込まれちゃう。
とにかくコードをちゃんと押さえて、ちゃんと歌うんだ。
F、Fを鳴らして……。
わたしは何とか歌い始めた。間違ってないと思うけど、声が震えてうまく出せない。手元から目が離せない。ギターの音は大きいのに、自分の声はあんまりよく聞こえない。
どうしよう、どうしよう。
ちらっと客席を見ると、グレムリンたちはひそひそと何か話しているようだった。あくびをしてたり、お菓子を食べたりしている。
一応、暴れてないし、ステージに迫ってきたりもしてない。
はあ。
ほんのちょっとだけ安心。
また手元を見た。間違えないように、っと。
いてっ!
何かが飛んできて、思わず演奏の手を止めてしまった。
ペットボトルが転がった。
え?
顔を上げると。
うわうわうわ! やめてくださーい!
グレムリンたちが一斉に色んなものを投げてきた。丸めた紙とか、ゴジラもどきの人形とか、笹の枝とか。白い光の外でグレムリンが投げたものが、光の中を通る一瞬白く消えて、いきなり目の前に現れる。ゴジラが顔面にヒットした。
いったぁ……!
やだやだごめんなさい! 勘弁してよぉ。
後ろを向いてしゃがみこんだわたしの背中にいろんなものがぶつかる。どっから飛んできたのかトイレットペーパーが転がる。ごつ、と鈍い音をたてて何かが頭にぶつかった。
何でこんな目に遭わなきゃいけないんだよぉ。痛いよお、怖いよお。
あーちゃん助けて!
頭を抱えてしゃがみこんだまま、客席を振り返る。
一番後ろにいるのは、あーちゃんの姿をした別人だった。一番前にいるおっきなレッサーパンダは……レッサあーパンダは。
立ち上がった。
飛んできた何かが頭にぶつかって首がかくん、と曲がった。でも構わずに……何やってんのよ?
背中に手を回している。上から回して届かなくて、下から回しても届かなくて、背中を反ったり丸めたり……あ、あきらめた。かわりに隣のグレムリンを一匹捕まえて……頭突きした。
何やってんだあのヒト。
どつかれたグレムリンはしばらくレッサあーパンダに掴まれたまま暴れて、それから、レッサあーパンダの背後に回った。
すると。
レッサあーパンダの首から下がごそごそっと動いて……。
なんじゃそりゃー。
中から人間の、あーちゃんの腕が出てきた。
頭だけレッサーパンダのまま、茶色い体がずるんと下に落ちて、すっかり普通の体が現れた。
まさかの……着ぐるみ……!
頭だけ被ったまま、あーちゃんはグレムリンたちをかき分けて後ろへ向かっていった。そして夢の主の前に立つと、頭を外して、それを夢の主にずぼっと被せた。
「あー、みんな、静かに。物投げないでね」
夢の主の手からメガホンのマイクをもぎとって、話し始める。
ぽす。
紙屑がわたしにぶつかった。
「やめよおね。ほら、はい、意地悪しない」
こつん。
また何か当たった。
「やめろって……」
あーちゃんはいったん手元を見た。
「言ってんのがわかんないのかー! あたしのいうことを聞かない悪い子はさばいてタヌキ汁だよ!」
きぃぃぃん、とマイクが鳴って、グレムリンたちが静まり返った。一瞬で可愛らしいレッサーパンダに戻る。
レッサーパンダじゃタヌキ汁は作れません。
レッサーたちがぷるぷる震えてる。きっとこの訳のわからない脅しが、訳が分からなくて怖いんだ。
客席の真ん中をあーちゃんが進む。レッサーパンダが割れて道ができる。映画のシーンみたいだった。ベタな。
「ルカ」
あーちゃんがステージに上がって、真ん中でしゃがみこむわたしを見下ろした。
「五点くらいだな」
眉間にしわを寄せる。
「百点満点中、ね」
それから客席に向き直った。
「拡声器いいねー、なんかこれ楽しい」
静まり返ったレッサーパンダたちに向かって。
「手拍子―……は音がしないなあ、シッポぱたん!」
リズムを取らせる。
先頭切って、自分も手拍子。
「っはい、っはい」
だんだんしっぽのぱたん、が増えてきて、揃ってきて。
「オッケーいい感じ」
ホントにいい感じに、会場全体がリズムを刻んだ。
「と、お、きょーブギウギー、リズムうきうき、こころずっきずきわくわくうぅ」
歌い出したのは我が家の定番ソング。
あーちゃんはちらっとこっちを見て、うながすように軽くウィンクしてみせた。
「海を渡りーひびーくはーとおきょおぶぎうぎー」
伴奏なし、マイクなし。拡声器のちょっとひび割れた音と、尻尾の、ぱたん、のみ。
片手で拡声器をもったあーちゃんは、反対の手でわたしの片手を掴んで上にあげて、広げた手をぱちんと打った。
わたしの右手とあーちゃんの左手が手拍子を打つ。それに合わせて、わたしも声を大きく、歌うことができた。頼もしかった。そして、楽しくなった。
楽しくなると、さっきまで怖かったレッサーパンダたちが、味方みたいに思えてきた。尻尾をぱたんぱたんとリズムに合わせてあの子たちも楽しそう。わたしがひとりでおろおろして、どうにかしなきゃと思っていた時とは全然違う。何て言うんだろう。よくわかんないけど、彼らと一緒に、わたしも楽しい!
ライブってこういう楽しいものだったんだ。
人前に立って、緊張して、ちゃんとやらなきゃで大変だと思ってたけど、なんだ楽しいじゃん。
一番後ろが見えた。
大きなレッサーパンダの頭をわきに抱えた、あーちゃんと同じ姿をした夢の主。頭をわしわしっとかき回して……。
目が覚めた。
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