第9話
とにかくひたすら練習練習、練習だ。他にできることないし。頑張ってる、とかそういう感覚じゃなくって、とにかく弾かずにはいられない感じがする。指は痛いけど、結構それは些細なことなんだな。そのうち気にならなくなった。
日曜日。あーちゃんの姿をした夢の主と銀の湯へ。どうもみょーな。黙々と入ったけど、背中を洗ってくれた。だんだん、会話の少ないこの人との生活も慣れてしまったわ。ご飯作ってくれないのは困るけど。そして今週末、掃除も洗濯もしてくれなくてびっくりだったけど。やりましたとも。わたしだってやればできる。あーちゃんに仕込まれてるもんね。
ヒナタとレンを捕まえて、あーちゃんから教わったことを伝えて、児童館の音楽室で一緒に練習。小学生で音楽室を使う子はあんまりいないから、けっこう合わせられた。ヒナタは忙しいから毎日って訳にはいかないけど、レンは暇人で、毎日来ていた。わたしが行けない時でも通ってるって言ってた。有無を言わさず巻き込んじゃったけど、けっこうレンも盛り上がってくれてる。目標ができてよかったみたい。
指先の皮がむけて、硬くなってきた。何だかちょっと平らになってきた指先が楽しい。
もうすぐ発表会、という木曜日の夜。
夢の主が突然言った。
「げんじつせかいあきた」
前日でかい秋田?
ちょうど都道府県名を地図に書き込む宿題をやってるところだった。うん、東北地方はでっかいよね。
「ちがう! やっぱりおまえはアホなんだな。岩手の方が大きい」
それがどうした。
「そうじゃなくって、仕事に行くのはもういい。だいたいやったから終わりだ」
「そんなの困るよ。そっちだって、あーちゃんの体で生きてるんだから仕事しないとお金ないんだよ、生きていけないよ」
「だから会社に毎日通っているだろう。だがなあ、もう飽きたんだよ」
さんざんテレビ見て、映画見て、音楽聴いてマンガ読んで小説読んでネットして、ビール飲んで好き放題してたくせに。人のことほったらかして遊びに行ってたくせに。知ってるんだからね。東京タワーにもスカイツリーにも行ったでしょ。ちゃっかりあーちゃんのケータイで写真撮ってたのも知ってるんだから。
「おまえ、夢の住人達をちゃんと納得させろ。今晩だ」
なんですと?
「……夢の住人を納得させたら、あーちゃん返してくれるの? 」
「ああ。そうすればわたしも帰れる」
「納得、させられなかったら? 」
「させるんだよ! わたしが帰れなくなるじゃないか」
なにそれ!
「夢の主でしょ、帰りたきゃ帰ればいいじゃん」
「そう都合よく行くわけないだろ」
「何でよ」
「やっぱりアホだな。わたしは夢の主であって、支配者ではない。住人の意思をまとめることはできるが勝手に決めることはできない。当たり前だろ」
当たり前、なんでしょうか。
「牢名主が勝手に脱獄できたらおかしいだろうが」
意味がわかりません。
「勝手にあーちゃんひっ捕らえて自分が夢から出て来てるじゃん」
「それは……それもそうだな。わたしはどうやって出てきたんだ」
アホは誰よ。
「ちょっと……何でそんなこともわかんないの! 自分で出てきたんでしょー! 」
「仕方ないだろ。わからないものはわからないんだよ。でもお前が今晩しっかり楽しませれば円く治まる。万事オッケーだろ」
むむむむ無責任な!
そんな適当な、よくわかんない状況でヒトのお母さんを夢に閉じ込めて、わたしから晩ご飯を奪ったわけ? なんじゃそりゃー!
「じゃあ寝るぞ」
夢の主はわたしの手首に帯締めを結び付け、自分にも括り付けるとお布団にもぐりこんで……あっという間に寝てしまった。
寝つきの良さはあーちゃんそのまんまだ。秒殺!
わたしはなかなか眠れなかった。心の準備ができてないんだけど、準備ができてきた気になるとますます緊張して目が冴えてしまった。
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