第7話
相変わらずあーちゃんはニセモノで、会話はなくて食事もばらばら。ひとりで退屈しててもつまんないって思うことのない家が、今日はつまんない。あんまり早く帰りたくなかった。
「ルカ」
いつものように学校帰りの立ち話し中。次の休みに現在絶賛公開中の淳君主演映画を見に行くんだ、とテンションの高かったヒナタが突然声をひそめた。
「あの人知ってる? 」
またあのイケメン兄さんかと思ってヒナタの目線の先を見た。イケメン兄さんじゃ、ない。
「あのおばあさん、ずっとこっち見てる」
ちょっと怖そうなおばあさんが、わたしたちの視線に気づいたのかこっちに近づいてくる。
わわ、どうしよう。
おばあさんが、ちょっとためらいがちな感じで話しかけてきた。
「こんにちは……」
「よく見かけるよ、ここのマンションの子だね……あらルカちゃん」
「あ……おばさん! 」
よくお風呂で会うおばさんだ。
「毎日二人で仲良くここで話してるね」
「はい、まあ」
「突然ごめんね、一昨日、ここで話してるのを聞いちゃったんだけどね、そのネックレス」
おばさんはヒナタの襟元に見え隠れするチェーンを指差した。
「拾ったんでしょう? ちょっと見せてもらえないかな」
ヒナタはわたしを見る。わたしもヒナタを見る。どっちの顔にも答えは書いてない。
「困らせちゃってごめんね、実はちょっと心当たりがあるもんだから」
もう一回顔を見合わせて、ヒナタはネックレスを外した。ヒナタの掌の上の三連のリングをおばさんは顔をしかめて見る。目が悪いんだろう。しばらく一生懸命見て、それからバックから眼鏡を取り出して、掛けてやっぱりじっくり見た。怖そうに見えたのは目が悪くて顔をしかめるからかな。ヒナタに気を使ってなのかネックレスのリングにもほとんど触れないようにしている。
おばさんの表情がくもったような気がする。
「……どうもありがとう」
眼鏡を外して、軽くため息をつく。
「……どうでした? 」
手の中のネックレスとおばさんを交互に見て、ヒナタが恐る恐る聞いた。
「大事なものなんですか? 」
ヒナタも何となくわかったみたいだ。どうやらおばさんはネックレスの関係者っぽい。
「……ええ。わたしのよく知っているものだったわ」
ぶつかった男の人とヒナタの運命はつながってなかったみたいね。ヒナタはネックレスをじっと見て、その手をおばさんの方へすっと伸ばした。
「じゃあ返します。持ち主がわかったら返すつもりだったんで」
「ありがとう。でも……」
おばさんは、今度ははっきりと大きくため息をついた。
「それを落としたのはわたしじゃないのよ」
「おばあさんのじゃないんですか」
「わたしが預かってるものなんだけど……」
なんだか、事情がありそうだ。
わたしたちはすぐそこの公園に移動した。そこでおばさんの話を聞いた。
視線を感じたのはいつからだったっけ。
おばさんと一緒にいるときから、何だか周りが気になっていた。どっちかっていうと鈍感な方なんだけどなあ。ここ数日、いろんなことがありすぎてぴりぴりしてるのかも。
指輪を取り戻すことのないままおばさんが返って行っても、ランドセルを背負ったまま、わたしたちは公園から離れられずにいた。
おばさんの話は。
あのネックレスは、やっぱり指輪で、おばさんの亡くなったお嫁さんのものなんだとか。預かった後でお嫁さんは病気で死んでしまった。なくしちゃいけない大事なものだけどサイズが大きくて、チェーンを通してあるんだとか。それが、最近なくなっていた。
「何かちょっと変じゃない? 」
ブランコを漕ぎながらヒナタ。
「うーん、よくわかんない」
「なくしちゃいけない預かりものって、普通はちゃんと仕舞っておくんじゃない? 」
言われてみれば、そうかもしれない。
借り物なら自分で使うだろうけど、預かってるなら仕舞っておくだろう。わざわざチェーンを通したのは仕舞っておくためじゃない筈。
「おばあさんがするようなイメージじゃないんだよね、この指輪」
確かに。
宝石がついてるわけじゃないし、何か言葉がいっぱい刻んであって、イメージ的にはもっと、若くてオシャレな人がしてそうだ。仮におばさんが借りてたとしても、使おうと思う感じがしない。
「指輪を預けるってどんな事情だろう。すっごい価値があるのかな」
わたしがずっと黙ってるもんだから、ヒナタがブランコから降りてわたしの顔を覗き込む。
うーん、謎だ。
価値があるなら、遺産とかってみんなで分けたりするんじゃないのかな。それともあの文字はすごい秘密のメッセージで何か重要なことなのかも。
「文字に秘密があるとか」
「そんなんじゃねぇよ。」
ヒナタの降りたブランコに座って、誰かが言った。
急に話しかけないでください!
びっくりするんだから。
ヒナタの表情が変わる。隣を見て納得。
淳くん似の、イケメン兄さんだった。
「それ落としたのは俺だよ。返してもらえない? 」
「やっぱり運命だ~」
ヒナタの目がハート形だ。
「あの時ぶつかりましたよね、それで落としたんでしょ。見つけてくれるの待ってんですよぉ」
立ち上がってハイテンション。やっぱりイケメン兄さんはヒナタのど真ん中だった。
「じゃあ返して」
お兄さんは手を出した。ヒナタがネックレスを外しかけた。
「ちょっと待った」
「なんでよルカ。せっかく見つけてくれたのに」
「ヒナタ、この人、三日前からずっとうちらのことこそこそ見てたよ。なのに返してって言ってこなかったのはおかしいよ」
イケメン兄さんがすごく小っちゃく、でも確かに舌打ちした。
この人なんか怪しい。
「言ったじゃん。見てる人がいるって」
「例のイケメンね。確かにイケメン~」
「イケメンなのは置いといて」
「えー、そこが一番重要なのにぃ」
「指輪に関係ないでしょ! 」
イケメンを連発したもんだから、お兄さんはちょっと恥ずかしそうに下を向いた。
「大声でうるさいって。いいから返せよ」
「駄目! 」
「なんでぇ」
反論が二人同時に飛んできた。
「おばさんは自分が預かったものなのに何で返してって言わなかったの? なんか事情があるんだよ。それを勝手に誰かわかんない人に渡しちゃ駄目だって」
「でもおばあさんもわたしは知らない人だよ。まあ、ルカは知ってる人だしご近所さんみたいだけど」
「俺だって近所の住人だよ」
「でも知らない制服着てる」
「引っ越してきたばっかりで制服がまだできてないんだよ」
「この指輪はおばさんのお嫁さんのだって言ってたもん」
「それが俺の! 」
イケメン兄さん、黙った。
……やっぱり怪しい。
「それが俺の母親だよ。ちょっと前に死んじまったけど……俺の母さんの指輪なんだよ」
え?
じゃあ、お兄さんはおばさんの、孫?
「その指輪は母さんがすごく大事にしてたんだ。それをあの人が取って行っちゃうから、返してもらっただけだ」
「どういうこと? じゃあなんでおばさんは返してって言わないの? 自分が落としたものじゃなくても、持ち主わかってるなら受け取るんじゃないの」
「知るかよ」
また、舌打ちした。
「……二人とも、落ち着いて」
しばらく黙っていたヒナタが静かな声で言う。あのね、さっきまで一番舞い上がってたのはアナタです。
「返してもらったんじゃなくて、黙って盗ったんじゃないの? 」
「何でだよ。」
「だって、おばあさん返してって言わなかったもん。あなたが盗ったの知ってたんだよ」
そうか。おばさんは預かったものだからちゃんと仕舞っておいた。それがなくなったんだから、孫が盗ったって考えるのは自然だ。おばさんが返してもらっちゃったら、盗まれたことに気づいていることがお兄さんにわかってしまう。たぶんそれを避けたいんじゃないだろうか。だから「自分が落としたものじゃないから」受け取らなかった。お兄さんが返してくれるのを信じて、待ってるとか?
「そもそもあの人が母さんから取っていくからだろ」
「おばあさんは預かったって言ってたよ」
「言ってるだけだろ。取り上げたなんて言うわけない」
「そもそも取り上げてまで欲しかったものならわたしに預けたまんまにはしないよ」
ヒナタの言う通りだ。
「……お兄さん、おばさんと仲悪いの? 」
気になったことを口にしてみた。
「……関係ないだろ」
その態度はイエスです。
「とにかく返せ! 」
「それは駄目。おばあさんに聞いてから」
ピシッと、ヒナタは言った。
そして。
「その後ちゃんと連絡するから、連絡先交換しましょー」
……さすがはヒナタだった。
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