第2話

 月曜の朝は忙しい。だから帯締めのことについては深く触れず、疲れる夢の話だけをした。あーちゃんも同じ夢をみていた。というか、あーちゃんはもっと前からあの夢をみており、終盤になってわたしが現れたらしい。わたしは夢のことは他の誰にも話さず、一日中そのことばっかり考えていた。だから、帰り道でヒナタが自慢しているネックレスを、彼女がどうやって手に入れたのかって話をほとんど聞いていなかった。

 わたしが途中から現れたってことは、あれはあーちゃんの夢で、わたしがゲスト出演したってことなのかな。引きずりこまれた、とか。あのおばあちゃんが何者なのかはわからないけど、同じ夢をみたのはきっとあの帯締めのせいだ。そりゃあ確認したことはないけど、今まで同じ夢なんかみたことない。明晰夢だって初めてだし。

 ……銀の湯の、主?

 いつもあーちゃんが言っている。温泉には主がいて、マナーが悪いと怒られるって。現にあーちゃんは、誰もいない露天風呂の真ん中で平泳ぎをして、どこにもぶつかるようなものがないのに何かを蹴っ飛ばして足に大きなあざを作ったことがある。それで、主にどやされた~とか言っていた。

 そもそもあーちゃんが、ヘンなのだ。

 誰にも、もちろんわたしにも見えないものを時々見ている。いつも決まった場所で、何もないのに、うーん今日も見えるなあ、とか独り言をいう。今の聞こえた?聞こえないか、じゃあ声はしてないんだ、とかも言う。フツーの道路なのに、この道はよくない、なんて言って遠回りしたりする。

 霊感?

 本人は否定するんだよ。見えないものは見えるわけないじゃん、って。見えるってことは、そこに在るんだよって。単にチャンネルがあってるかどうかの問題なんだって。

 そのチャンネルが合っちゃうのが霊感なんじゃないのかなあ。ヘンな電波を拾わないでほしいんだけどね。

 そういうの怖いもん。

 幸いなことに、わたしにはそういう困った電波を拾っちゃう才能はないらしく、わたしにしか見えないモノというのはない……はず。

 ふ、と視線を感じた。

 ヒナタのお家のマンションの前で立ち話をしているわたしたちを、見ている人がいた。

 右に伸びた道の、少し先。

「どしたの」

 わたしが右を向いて固まったから、ヒナタも同じ方を見た。

 ヒナタが好きそうな、イケメンのお兄さんがこっちを見ていた。視力一・二あるもんね、顔までしっかり見える。チョコと車のCMに出てる淳くん似の、はっきりした感じの顔だ。見かけない制服を着てる。中学生の人かな。電柱に半分隠れるように立っている。

 ヒナタが喜びそう。淳くんのファンだし。

「何? どうしたの」

 ヒナタはお兄さんにまるっきり興味を示さなかった。

 へえ、意外。

「なんでもない」

 ヒナタを見て、もう一回イケメン兄さんの方を見ると、でももうそこには誰もいなかった。

 ……あれ? へんなの……。

「ねえ、聞いてる? 今日なんかぼーっとしてない? 」

「うーん……してるかも。ごめん」

 でもヒナタはちっとも気にせず、そっかあ大丈夫? と笑っていた。

 ごめんね、実はぜんぜん話聞いてなかったよ。でもそういうのきっとわかってるのに、ヒナタは笑ってくれる。細かいことを気にしないし、自分を押し付けてこない。こっちの様子を見て、受け入れてくれる。

 結局、しばらくヒナタと話をして――ちゃんと聞いてたよ――別れて、家に帰った。今日はヒナタが塾の日で遊べない。図書館に行こうかとも思ったけど、借りたばっかりで読み終わってない本が何冊かあるからやめた。ヘンなことがあったから、あーちゃんが帰ってくるまでのひとりの時間がちょっと怖かった。お風呂は面倒だからシャワーなんだけど、背中が妙にスース―して、狭いはずのお風呂場がわたしの背中のむこうだけ延々と広がってるような気がした。いっそいで出たら、帰ってきたあーちゃんに「あたまくさい」って言われちゃったけどしょうがないじゃないか。

 毎日毎日遅くまで、一人で留守番してるのも大変なんだからねーだ!

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