だれか僕の夢を買ってくれないか

@evaio

A。君はそこにいてくれる

ぼくには兄弟がいなくて、お母さんもお父さんも

おしごとが終わる夜になるまでかえってこない。

家には対戦ができるゲームもなくて、

かけっこもかくれんぼもニガテなぼくと

毎日あそんでくれるのは

ラブラドールのビスだけだ。


ビスは赤ちゃんのときからずっと

いままでいっしょに暮している。

休みの日はキャッチボールをいっしょにして、

きらきらしてる金色の毛を抱きしめて昼寝をする。


家の庭には日向夏の大きな木があって

5月になるとそこに白い花がさいて

あまくてすっぱいにおいがするから

おなかがへるのをビスとガマンするために

暗くなるまで木の下でいっしょにころがっていた。


小さなころから、

ずっとそうやって過ごしていた。

けど、少しずつぼくは体が大きくなっていって

下手くそだったかけっこもキャッチボールも

いつのまにかうまくなってきた。


六年生になる前に、

母さんが野球クラブにはいらないかって

近所のスーパーからチラシをもってきた。

友だちもほしかったから、

「わかったよ。」と伝えた。


セミがうるさかった時期だったと思う。



1年くらい野球クラブに入って、がんばった。

練習はキツいしケガばっかりで

試合で負けたのをぼくのせいにするヤツがいた。


考えるとイライラして眠れなくなって

学校の授業で寝るようになっていった。

居眠りがふえてると先生に怒られた。

テストの点数が悪くなったからって

母さんはクラブを辞めろといった。


あれから何週間もたっていないのに

机には中学向けゼミのパンフレットが置いてある。


「どうしたらいいんだろうね、ビス。」


足元でヘッヘッと舌をだして

ビスが期待した瞳でぼくをみつめている。

大型犬用のエサをレンジでチンしてやるかと思って

いつものエサを取り出そうとすると

ドッグフードのパッケージに

「老犬用」と書かれていた。


「おまえ、12歳でおじいちゃんなのか。」


カリカリのフードも、もう歯が弱って食べれないからと

やわらかくするためにチンをする習慣がついていた。

親戚のじいちゃんが入れ歯をはめて飯を食べてた記憶が

ふっと頭の中にイメージできたけれど、

ビスが同じくらいに年寄りなんだって実感できなかった。


エサを用意すると、

がつがつと勢いよく食べるもんだから

まだまだビスも若いなと安心した。

もうすぐ日向夏が咲く時期になるから

中学に入る前にまたビスと遊ぼうと思った。



自分の部屋はまだ寒くて

両親に節約のために暖房を入れるなと言われてるから

リビングのストーブの前で座椅子に座って勉強していた。

いまは英語がどの科目よりも好きだから

ゆくゆくは英語教室に通って留学なんて道もいいかなと

ストーブとビスのあたたかさに夢見心地だった。


「ビスももっとあちこち散歩してみたいだろ?」


昔はふわふわきらきらしていた毛並みが

いつのまにかパサパサとした手触りになっていて

触れるとごっそりと毛が抜けるもんだから

季節の生え変わりにしちゃおかしいなっと思い始めた。

ビスは声をかけてもピクピクと鼻を動かすだけで

いくら名前を呼んでも目を開かなかった。


帰宅した母さんが獣医に連絡しているとき、

ぼくはビスの全身をみつめてゆっくりとなでた。

ビスはよくみると黄色い目ヤニがついていて

鼻につくニオイがひどくなっていくのが分かった。


そこから先はうまく覚えてないけど、

少しずつ冷たくなっていくビスを抱いて

庭の日向夏の下に埋めてやろうと思った。

冬なのに雨が降っていた

吐く息が白くて

ビスはさっきまでの温かさを失って

雨のようにぼくまで冷たくしていきそうだった。



帰宅した父さんが、

「異臭騒ぎになってしまうから火葬しにいく。」と

ペット用の火葬場に連れて行ってしまった。

遺骨を入れる物が必要だというから、

ビスと奪い合って食べた思い出のあるクッキーの缶を渡した。


いつまでもぼくが泣き止まないから母さんが

「近所にラブラドールの里親募集がないか調べてあげる。」と

見当違いなフォローをいれはじめた。

ぼく自身、どうしてビスが死ぬと悲しいのか

うまく説明できなくて、

あの世でビスがさびしくならないようにと

一緒に遊んだボールやら首輪やらをかき集めていた。


遺骨となって帰ってきたビスは

クッキーの缶に砕けて入れてあるらしい。

缶を持つとすごく軽くて、カサカサと擦れ合う音がした。

その音を聞くとまた無性に悲しくなって

もう動くことはないんだと確信した。


日向夏の木の根元にビスが眠るための穴を掘っていた。

雨でびちゃびっちゃの土を最初はスコップで掘っていたけど、

いつのまにか両手で穴を深くまで掘っていた。

爪の中に泥がつまる感覚がして

顔は涙で熱いのに、身体は雨に濡れて凍えてしまいそうで

目の前はひどくかすんでいた。


遺品とクッキーの缶を土の奥底に浮かべて

ぼくは土を上にかけていった。

本当は土なんか乗せたらもう会えなくなりそうで

いつまでもクッキーの缶のままにしておきたかった。

けど、それじゃいけないんだと

自分でもわかっていたから

せめてでも墓穴を掘った。


埋めた後、また涙が流れて

どうして犬と人は同じ寿命じゃないんだとか

両親は愛犬の死に涙しないんだろうとか

もっと遊んでやればよかっただとか

そんなどうしようもないことばかり考えていた。


次の日、母さんは反対していたけど

余ったドックフードをチンして日向夏の前に置いた。

エサの時間になったらいつもすり寄ってくるのに

ビスの幽霊なんかはぜんぜんみえない。


「ビスはあの世でクッキー食べてんのかな。」


エサの器の絵柄に骨型のクッキーマークで

biscuitと表記されていた

なんとなく、幽霊はみえないけれど

まだビスがそこにいるような感覚が抜けない。

ビスの墓の近くに寝っ転がって、

同じように上を見上げた。


まだ気が早いけれど

目をつむって深呼吸すると

白い花がいっぱい咲いていて

甘くてすっぱいニオイがする春を感じる


「ここならさみしくないよな。ぼくも、ビスも。」


ずっといっしょだった。

家族というより兄弟のような存在だった。


もう会えなくて、寄り添いあいながらさびしさを埋めることで

友だちがいなくても両親がおかえりといってくれなくても

ぼくを必要としてくれる一番の存在だったんだ

失ってはじめてそれに気づいてしまった。


「僕が死ぬときは同じ棺に入れてあげる。」


土をなでて、金色の毛並みを思い出す。

これから始まったばかりの人生と

もう終わってしまった命を感じて

どうしようもない孤独を抱えたまま

少年は夢をみつづける。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

だれか僕の夢を買ってくれないか @evaio

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ