卒業ドリーム

 月日は流れ、春。

 大学には無事合格し、成績不足もなく、俺は卒業する事となった。

 高校の友人と高校最後のふざけ合いをし、卒業式に参加した。

「卒業会は明後日だかんなー」

「おう、わかってる」

 仲の良い友人と別れ、一人になった時にふと思い出したのは黒服バンドの三人だ。

 そういえばあっちも今日が卒業式だって言ってたな……

 久しぶりに会うにはよい機会だ。俺は三人の学校に向かう事にした。


 *


「アヤさーん、さみしいですー!」

 ハルさんが彩音さんに泣きながら抱きついている。

「うっす」

 手を挙げると彩音さんが気づき、目を拭いていつもの凛とした表情で俺の胸についた造花を見る。

「あら、卒業できたのね」

「そんなに成績は悪くない……泣いてた?」

「ハルは、ね」

 どこまでも強がる人だ。まあ、いっか。

「で、成瀬さんは?」

 他の友人と話しているのだろうか。そんなくらいの気持ちで聞いたのだが、反応は想像していたものと違う。

「みのりは……どこかしらね」

 涙を溜めながらも清々しい表情だった彩音さんは感情を殺したかのように冷めた顔でそう言った。

「アヤさん……」

「ハル、言うべき事と言うべき事でない事の判断はつけれるようになりなさい」

 そう冷たく言った彩音さんは校舎の方へ歩いて行った。

「……どういう事?」

 ハルさんに問いかけるが、返事はない。

「ハルさん、成瀬さんに何かあったの」

 逸らそうとするハルさん、俺は無理やりに目を合わせる。

「ハルさん!」

「……忠則くん、みのりんの進路は聞いた?」

「え……?」

 確か墓参りの時に言っていた。俺が名前も知らなかった……

「音楽大学だろ?」

「どこの?」

「え? いや……」

 よく知らない。そこまで音楽を知っているわけではないのだ。

「知らない大学名だった? 調べたりしなかった?」

 ハルさんは苛立ったように口調を変え、真剣な眼差しで俺を見る。

「知らない……調べてもない」

「そう……じゃあわからないよね」

「……何がだよ」

 俺がそう聞くと、ハルさんはしびれを切らしたように、叫ぶように声をあげた。

「みのりんが行く大学はね……遠くの大学なんだよ! みのりんここから出て行くんだよ!」

「……え?」

 出て行く? 遠くに行く? 成瀬さんが?

「でも、そんな事一言も……」

「みのりん最後まで言うか迷ってた、だから忠則くんが気づくかどうかに任せたの」

「じゃあ、成瀬さんは……成瀬さんは今どこに……」

「…………」

 ハルさんは黙り込む。さっきの彩音さんの言葉を思い出したのだろう。

「……アヤさんは違うみたいだけど、あたしは言うべき事だと思う、だから言うね」

「……うん」

「みのりんは今空港にいると思う」

 ハルさんは少し躊躇ったあと、寂しげな笑顔を俺に向けた。

「今いけば、間に合うかもしれないよ」

「……おう」

 俺は走り出した。


 *


 タクシーや電車を乗り継いで空港に着く。

 ハルさんから聞いた時間まではまだ少しある。どうにか間に合ったようだ。

「……どこだ」

 辺りを見渡す。確か行き先は……その行き先だと入口は……

「あ……」

 歳より幼く見えるであろう小さめの顔、黒髪のショートカット……間違いない。

 彼女は搭乗ゲートに向かって歩いている。

「……成瀬さん!」

 咄嗟に、無意識に叫んでいた。

「た……忠則くん!?」

 思ったよりも大きな声が出ていたらしい。周りの視線が痛い。

 そんな事を言っている場合ではない。

「成瀬さん……なんで言ってくれなかったんだよ」

 成瀬さんと向かい合い、俺は疑問を投げかける。

「大学は言ったし……」

「わからないよ」

「でも、言ったって悲しくなるだけ……」

「遠くに行くなら行くで話したい事だってあるんだ」

「話したいこと……?」

 成瀬さんに首を傾げられて気づく、話したい事……?

 いや、わかってる。わかってるはずだろ、俺。

「な、成瀬さん!」

 声が裏返り、成瀬さんが小さく笑う。

 その笑顔を見て何度思い続けたかわからない想いが湧き上がる。

 俺は……成瀬みのりが好きだ。

 確信した、再確認した。もう止めるものはない。

 咳払いをして、俺は成瀬さんの目を真っ直ぐ見つめる。

「成瀬さん、俺は……成瀬さんの事が……」

「……ダメ」

 無理やり絞り出したような小さな声が聞こえると同時に、口を手で塞がれる。

「ごめん……」

「あ……」

 離された手を見つめながら気づいた。そうか、成瀬さんは俺の事……

「違うの」

「え?」

「違うの、忠則くんが嫌いなんじゃなくて……」

 成瀬さんは言いにくそうにしながらも、赤い顔をしながらハッキリと言った。

「今言われたら……決心が揺らいじゃう」

「それって……」

 それは、俺が告白すれば成瀬さんを引き止められる可能性があるという……

「…………」

 いや、違う。そうじゃない。

 俺が今、この状況ですべき事は告白じゃない。成瀬さんの幸せを願うなら……

「成瀬さん、音楽の道を進むんだよね」

 俺の言葉に驚いたのか少し間があいたが、成瀬さんはハッキリと答える。

「うん、わたしはどんな形でもいいから一生音楽と生きていきたい」

「……そっか」

 俺は込み上げてくる涙をこらえ、いつものように、何気ない会話のように笑顔を浮かべて成瀬さんの肩を叩く。

「じゃあ……頑張って」

 少しの間下を向いていた成瀬さんだったが、彼女も涙を目一杯に溜めながら目一杯の笑顔を向けてくれた。

「うん、頑張る」

 俺は成瀬さんを搭乗ゲートの方に向けて背中を押す

「じゃ……またな」

 成瀬さんは俺の方を振り返り、また最高の笑顔を見せた。

「うん……またね」

 成瀬さんが背を向けたのを見て、俺も背を向ける。

 こうして、俺の高校生活と二度目の一目惚れは幕を閉じたのだった。

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