決心プルアラル

 吐いた息は白い、もう十二月だ。

 黒服バンドが本当解散した今、今度こそ三人との交流は少なくなっていた。

 ハルさんを除いた二人と俺は受験勉強もあるのだ。

「おお、さむいさむい」

 帰宅すると同時に炬燵に入る。もちろん電源は入れたばかりだからあったまってはいない。

 それでも外よりはマシだ。俺は寝転んで炬燵に潜り込んだ。


 *


「……ん?」

 なにかが振動する音で、俺は目を覚ました。

 寝てしまっていたのか。そんな事を考えながら振動している携帯のボタンを押す。

『もしもし、忠則くん?』

「な、なる……」

 声がかすれた。炬燵で寝たせいだろう。

「ちょっと……まって」

 かすれた声で言って喉を潤す。これで少しは声が出るだろう。

  「ごめん、もう大丈夫」

『風邪?』

「いや、炬燵で寝てた。……で、どうした?」

『あっ、そうだね。あのね、今週末って時間ある?』

「ん? 今週末?」

 今度はなんだ? 考えていると成瀬さんは慌てたように付け加えた。

『あの、忙しいなら大丈夫だよ。受験勉強もあるだろうし』

「いや、大丈夫」

 俺はまた答えた後にカレンダーを見る。うん、問題ない。

『それじゃあ、その……ついてきて欲しいところがあるの』

「うん……どこ?」

『お墓』

「……は?」


 *


 成瀬さんとの約束の日。俺は駅前で缶コーヒーを飲みながら成瀬さんを待っていた。

 あの後の電話で、行くのは成瀬さんの父親のお墓だというのがわかった。

 どうやらケジメを付けにいくらしい。

「ご、ごめん、待ったかな」

 私服姿の成瀬さんが走ってきた。冬服を見るのは初めてだ。

「いや、待ってない」

 これからデートをするかのような会話だ。

「確か数駅先だったよね」

「うん、お爺ちゃんがいた家の近く」

 口ぶりからして、お爺ちゃんも死んでいるのだろう。

「じゃ、行こうか」

 俺はポケットから出した缶コーヒーを成瀬さんに投げて、切符を買いに走った。


 *


「……ここ」

 自然に囲まれた小さな墓場だった。

 奥の方にあるシンプルな墓が成瀬家の墓らしい。

「お父さん……」

 成瀬さんが呟いて墓石の前に立つ。

「ごめんね……ずっと来れなくて……」

 成瀬さんは汲んできた水を墓石に掛けた。溜まっていた落ち葉は流れ、溢れた水は地面に吸い込まれる。

「あれから色々あったけどね……私、バンドをしてたんだよ」

 その後成瀬さんは俺には聞こえないくらいの声で色々と話した後、花と珈琲をお供えして、ゆっくりと立ち上がった。

 目には涙。寒さからではないだろう唇の震えを懸命に堪え、笑顔……泣き笑いとなりながらもはっきりと成瀬さんは言った。

「お父さん……さよなら」


 *


 言った途端に泣き崩れた成瀬さんを見て、俺の手は自然と動いていた。

「……っ」

 成瀬さんの声にならない声で気づく。俺は今何をしている?

 俺の手は成瀬さんの頭の上にある。つまりは……撫でてた!?

「えっと、その……」

 恥ずかしさを押し殺して言葉を探す。

「よく……やったと思うよ」

 恥ずかしい! 余計に恥ずかしい!

 心の中の俺が一人叫んでいると、成瀬さんが顔を上げて笑顔を見せた。

「ありがとう、ついてきてくれて」

「お、おう」

 こんどは心の中の俺が悶えた。可愛いすぎか!

 悶えていると成瀬さんが立ち上がった。

「あのね……わたし、音楽大学に行く事にした」

 唐突に切り出されたソレはいつも通り説明不足だが……何かしらの決意表明なのだろう。

「そんな気はしてた。音楽やってる時の成瀬さん、凄い楽しそうだったし」

「わたしが目指す音楽大学は……」

 言われたのは俺の知らない大学名。まあ、音楽大学なんて一つも知らないのだけれど……

「そっか、頑張って」

「うん……頑張る」

 小さく頷いたその顔は憑き物がとれたようにすっきりとしていた。

 でも一瞬だけ、成瀬さんは寂しい顔を見せた。そんな気がしたのだった。

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