黒服ゲリラ
「……今日が勝負だね」
成瀬さんの口から珍しく強気な言葉が出た。
「大丈夫、いつも通りにやれば問題ない。……心配なのは妨害だけだ」
リハーサルで吹奏楽部の演奏を聞いてきたが特に印象に残るものは無かった。別のジャンルだから単純には決められないけど……印象、最後に残るのは確実にこっちだ。
「いこっか……もう準備始めてると思うの」
「ん、そだな」
俺は成瀬さんの案内についていく。文化祭が行われるのは広さの問題から成瀬さんの高校だ。
「こっち、空いている教室を借りてるの」
成瀬さんの背中は堂々としている。少しは吹っ切れたのかな……?
「やっときたわね、足をぶっ壊す準備はできてるかしら?」
入るなり彩音さんの鋭い言葉が飛んでくる。ちょっと待て、ぶっ壊すだと?
「はい、キミの衣装」
ハルさんが俺に向かって黒いものを投げてきた。
「おっと……服?」
キャッチして広げると、それは黒い服だった。黒服バンドの衣装を男物に仕立てた感じだ。
「キミの為に作ったんだよ」
「いや、嬉しいけどさ……」
これはどのタイミングで着るんだ? 記念?
「宣伝とか紙を配る時はそれを着て、宣伝以外の時に脱いでおけば誰だかはわかりづらいから……」
なるほど、確かにこのままゲリラライブの宣伝なんかしたらすぐに教師に捕まってしまう。
「ま、実行委員の方には意味をなさないとは思うわ、向こうは貴方をしっているから」
「まあな……皆もやっぱりあの衣装で?」
「少し動きやすくしているけどね」
ハルさんが答えながら俺に紙の束を渡してくる。
「これが最初のチラシ、最初は完全にゲリラでやるから……二回目の十分くらい前になったら配り始めて」
「おう、わかった」
「じゃあ、成功させるよー!」
「ハル、静かにしなさい。バレるわ」
「バレる……?」
「ここも無許可なんだよ」
成瀬さんはそう言って苦笑いを浮かべる。
こうして、無許可だらけの黒服バンドのゲリラライブ計画が実行にうつされるのだった
*
「黒服バンドゲリラライブ、開催です!」
周りの生徒がこっちに注目したのを見て俺は黒服を翻して近くのトイレに逃げ込む。
トイレに置いていたチラシを取って元の場所に戻る。
そこには黒装束の三人、黒服バンドが楽器を持って立っている。
三人はお互いに頷きあってリズムを取り……演奏を始める。
様子を伺っていた生徒がチラホラ集まり始めたのを見計らって俺はチラシを配り始める。
『黒服バンドストーリーゲリラライブ、第一幕は十一時に南校舎で開催!』
このチラシはあくまで説明、これが宣伝になるかどうかは三人の演奏次第だ。
ゲリラライブという珍しさから口コミは広まるだろうが……そこから行こうとなるかどうかはその演奏の良し悪しになる。
『仮面少女』はサビに入っている。生徒の反応は……中々良さそうだ。
この眠たい時間にここまでの反応なら……おっといけない。
「黒服バンドゲリラライブ、よろしくお願いします」
俺は黒服を袖を少し捲り、またチラシを配り始めた。
*
「噂のストーリーゲリラライブ、第一幕はもうすぐ開催です」
空き教室で衣装に着替え、北校舎の廊下で声をだす。
数人が反応したところでチラシを配り始める。
少し配ったら移動、配ったら移動を繰り返して南校舎に向かう。
南校舎に入ったところで一人の女子生徒が付いてきている事に気付いた。俺についていけばゲリラライブ開催場に辿りつけると思っているのだろう。初回から気づくとは勘の良い子だ。
『宣伝は完了、一人ついてきてる』
携帯で成瀬さんにメールを送る。
『わかった、もうすぐ始める』
返信を見ながら俺は走る。意外と動きやすいな、この服。
三人との合流地点に到着すると同時に袖を捲って腕時計を確認、約十一時……間に合った。
「黒服バンド、ストーリーゲリラライブ第一幕『新学期、私』始まります!」
大きく声を出して隅によって座る。
チラシを持った数人と野次馬らしき数人、最初はこんなものか……
三人が息を合わせて演奏を始める。こっちを気にしていなかった人たちも野次馬として参加し始める。
今回のストーリーライブに使われる曲は今までの黒服バンドのアレンジが多い。まるで黒服バンドの集大成である。
仮面少女の物語は少女が自身の中に「短気」「内気」「楽観」それぞれ違う自分がいる事に気付き『どれが本当の自分なのか』と問う所から始まる。
第一幕はそこを歌にしている。
盛り上がりも下がりも少ない、単体としてはインパクトに欠ける曲だ。
なるほど、最初の演奏は話数が続けば盛り上がる。本当の実力はこんなものじゃないと示すためだったのか。
そんな事を考えているうちにライブは終わっていた。
「ストーリーゲリラライブ第二幕は十二時に西校舎で行います!」
俺は大きく声をだして三人の機材運びに加わる。
これは……中々ハードだ。
てか、どんだけ広いんだよ! この校舎!
*
十二時少し前、俺は東校舎からチラシを配り始める為、空き教室で衣装に着替えた。
チラシの束を持って教室を出ると、一人の女子生徒が扉の前に立っていた。確か第一幕前に俺についてきていた子だ。
「校内新聞部の和田美佳です! 取材をお願いしたいのですが!」
女子生徒の手にはメモ帳とペン。
「いや、今はちょっと無理かな……」
「それは後ならいいという事ですね!」
「いや、そういうわけでは……」
「お手伝い致します! 私は南校舎から西に、先輩は北校舎からお願いします!」
和田美佳というその女子生徒は俺のチラシを半分程奪うようにして取り、大声で宣伝を始めた。
俺個人としては楽になるしあの通りやすい大声なら宣伝効果も高いだろう。しかし……
「どうすっかなぁ……取材」
呟いて俺もチラシ配布を始める。
それにしても……俺のチラシ配布ルートまで把握しているとは……恐るべし、校内新聞部。
*
「黒服バンド、ストーリーゲリラライブ第二幕『新学期、私』始まります!」
俺がそう声を出した時にはもう数人が集まっていた。さっきの和田さんもいる。
二曲目はテンポの早い曲だ。メインの成瀬さんの後に二人が声を揃えて入り込む。
内容としては少女の一人、短気を表したものとなる。
演奏が終わりに入っていく頃、俺はふと和田さんの方を見た。
てっきり新聞部として良いネタの為に来ているのかと思ったが……どうやら違うようだ。
彼女の目はキラキラと輝き、三人から一瞬たりとも離れない。心ここに在らずといった感じだ。
俺が三人に一目惚れした時もこんな感じだったのだろうか?
「俺にも成瀬さんの観察眼が身についたか?」
俺は一人苦笑した。
「やっと来たわね、新聞部」
第二幕終了後。空き教室で三人に新聞部の事を話すと、意外な反応が返ってきた。
「なんだその予想してましたー、みたいなのは」
「その通り、予想はしていたわ。あの子は新聞部としてとても優秀らしいから」
まあ、あの情報収集力と強引さは新聞部向けだろう。
「二年三年が幽霊部員だから実質新聞部はあの子一人なんだって」
なんてやつだ。と、いうよりも
「取材、受けるのか?」
「もちろん」
「いや、でもあんまり目立たない方が……」
「それは大丈夫」と楽器を拭き終わった成瀬さんがこっちにくる。
「新聞部で大きく目立ったら先生はこないから……たぶん」
「大々的になったものを抑圧すれば生徒からの反感が怖いからねー」
「ふうん」
そんなものか?
「実行委員の方にはバレるでしょうが……そっちに関しては放って置いても反応してくるでしょうしね」
「まあ、そうだろうな」
「と、いうわけでよろしく」
彩音さんに肩を叩かれる。
「……何が?」
「もちろん取材よ。受けるのは貴方よ」
「……はぁ?」
自分でもアホらしいと思う声が漏れてしまった。
*
「ありがとうございましたー。一時間後には記事にしますね」
「……おう」
凄まじい質問攻めにあった俺は溜息をついて腕時計を見る。
第三幕は昼休憩の事を考えて二時から。その後は四幕、五幕、六幕と六時までの予定だ。
時計は一時くらいを指している。昼飯にするか……
誰かしら友人を探して歩くが二校合同のせいか人が多すぎて見つからない。
「あ……忠紀くん」
後ろから袖を掴まれて立ち止まる。間違えようも無い、この声は……
「どうしたの? 成瀬さん」
成瀬さんはなんだか安心している感じだ。なぜ……?
「よかった……二人とはぐれちゃって……携帯は空き教室に忘れちゃってたし」
「ああ、迷子か」
「迷子じゃない……事もない」
成瀬さんの手には弁当箱。どうやら俺と同じく昼飯にするらしい。
せっかくの文化祭だ……少しくらい調子に乗ってもいいだろう。
俺はカバンから弁当を取り出して何気ないようにいう。
「時間もあれだし……一緒に食べない?」
*
休憩所というスペースだけ作ったやる気ないクラスの場所で昼飯にする事にした。
周りには俺と同じことを考えた生徒が数人座っている。
一応出し物として出している為か、ワンドリンク制だったので炭酸を頼む。成瀬さんは緑茶だ。
「ご飯にはお茶じゃない?」
「炭酸でも問題ないだろ」
「……大丈夫?」
「え? そこまで?」
俺が驚いたのを見て成瀬さんは首を横に振る。
「そうじゃなくて……チラシ配りで走るから……」
「……あ」
大丈夫じゃないかもしれない。
いや、大丈夫。大丈夫だ、うん。
俺は自分に言い聞かせて空元気のガッツポーズ。
「大丈夫、今回のライブを失敗させるわけにはいかないから」
「うん……最後だし……」
頷いて言った成瀬さんの顔が固まる。
今、なんて言った? 最後、最後のライブだと言ったのか?
「成瀬さん……それって」
「えっと……ごめん、隠してたわけじゃ……」
いや、違う。意図的に隠していたのだろう。
今回のライブが黒服バンド最後のライブ、それがなにを意味するか……
俺は後悔と自分への失望を抱えながら確認するように呟く。
「俺は……最後のライブを潰しちゃったんだな……」
「そんなこと……」
「そんな事あるんだよ。俺のせいで最後のライブが潰れた」
「忠則くんのせいじゃ……」
「俺のせいなんだよ!」
教室内に俺の声が響き渡る。
「……ごめん!」
俺はにげるように走り出した。
二酸化炭素を含んだ液体が腹の中で暴れまわり、激流の如く喉にむかって上がってくる。
それでも俺は走りつづける。目的もなく、目標もなく……
なんて難しい言葉を並べたところで気持ちが晴れるわけもなく、消えない後悔から現実逃避する事は出来なかった。
それどころか二酸化炭素を含んだ……いや、もうよそう。ただ単純に吐き気を催して俺は階段の途中で立ち止まっていた。
「忠則くん!」
さらには成瀬さんに追いつかれた。
「ふざけないで!」
さらにさらには頬を叩かれる始末である。なんて無様な……
「成瀬さん……」
「確かに黙ってたのはわたしが悪かったけど……投げ出さないで!」
今までで一番大きな成瀬さんの声。……って、投げ出さないで?
「忠則くんのせいだと……そう思うなら! 最後までやり遂げてよ!」
そう言って成瀬さんに投げられたのは俺の体操服袋。
今日に限りその中には黒服バンドマネージャーの衣装が入っている。おもわず忘れてしまっていたのだ。
つまり……成瀬さんは俺が意図的にコレをおいていったと思って……
「そっか……」
確かにそんな思いも頭の片隅に生まれていた。
最後のライブを潰した俺がライブに関わっていいのか、と。
成瀬さんの今の言葉はそういう俺の思いを頭の隅から掘り起こし、潰してくれたのだ。
「ごめん」
「謝るくらいならちゃんと……」
興奮状態の成瀬さんを止めて俺は口を開く。
「違う、そんな考えを持っててごめん。 俺、やるよ」
「……本当に?」
「もちろん、今回のライブ、全力でサポートするよ」
「……うん、じゃあこれ」
成瀬さんは頷いて俺に紙の束を渡した。
「……チラシ?」
「うん、もうそろそろ時間だから」
ああ、次のライブが始まるのか。
「じゃあ……行ってくる」
「うん、お互い頑張ろうね」
俺たちは互いに頷きあって別々の方向に走り出した。
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