柔軟アイデア

 数日後のライブおわり、公園で休憩をしているとハルさんが思い出したように一枚の冊子を差し出してきた

「これってキミの学校だよね?」

「……え?」

 冊子を受け取ってから気づく、なんだか見覚えのある……

「……ああ!!」

 大きな声に自販機の前にいた二人もよってくる

「やっぱりそうだったんだ」

 俺の驚きようが面白かったのか笑顔のハルさんが二人に同じ冊子を渡す。

「……文化祭、だよね」

「そだよー」

 かかれているのは文化祭の概要。表紙には大きく『二校合同文化祭』の文字

「で、これがどうかしたのかしら?」

「この文化祭の合同相手というのがですね……」

 ハルさんの視線を受けて俺が引き継ぐ

「俺の高校なんだよ」

「…………」

 数秒の沈黙の後、公園に二人の声が響き渡った。


 *


「聞いてなかったのかしら? 次の曲は……」

 彩音さんの情け容赦ない言葉に不満を感じながらも機械を操作する。

 三人の高校と俺の高校が合同文化祭を行う事が判明した後、彩音さんは当然の如く俺を雑用係に任命した。

 雑用係というのはもちろん黒服バンドに関する事、文化祭のステージに有志として参加するらしい。

「だからここの操作はそうじゃなくて」

「こんな機械触るの初めてだっての」

 俺が三人の学校内で教えられているのはステージ裏で使うものらしいのだが……正直なにを操作しているのか全くわからない。

「だから……」

 またもや彩音さんからの容赦ない言葉が飛んでくるかと身構えた時、後ろの方から違う声が飛んできた

「少し静かにしてくれないかしら?」

 わざとらしく口調を強めたその声を発したのは同じく文化祭ステージに参加を予定している成瀬さんの高校の吹奏楽部の一人だ。

「失礼、静かにするわ」

「どうぞよろしく」

 これまたわざとらしくためいきをついたその女子生徒は驚く事にトランペットを吹き始めた。

  少しのあいだは黙っていた彩音さんだったが、さすがに苛立ったのか女子生徒の前まで行って大声をだす

「演奏の練習ならステージ裏ではなくてステージか部室でおやりになったらどうかしら」

「ああ、そうだったわね。失礼、私の演奏は面白みにかけるテンプレートな演奏ですもんね」

 嫌味と騒音をぶつけてスッキリしたのか、女子生徒はステージ裏から出て行った。

 戻ってきた彩音さんはいつも通り冷静な顔だ

「ごめんなさい、ちょっと昔に色々あってね。私たちを目の敵にしているみたいなのよ」

 私たち、ということは成瀬さんやハルさんも目の敵にされているのだろう。

 さっっきの女子生徒の口ぶりからして、恐らく……

「この前の時みたいに、成瀬さんが音楽にまっすぐすぎたとか?」

「そのとおりよ、みのりがあの子の弱点……というか欠点を見抜いてオブラートにも包まずにそのまま投げつけたのよ」

 彩音さんはためいきをつく

「恐らくほとんどの吹奏楽部部員が私たちを良くは思っていないはずよ。あなたも一応気をつけておいて」

「……おう、そうする」

 彩音さんが多くを語らないのなら特別聞く必要もないだろう。なにかしらのいざこざがあったとだけ覚えておけばいっか。

 俺はその思考を頭の隅にやり、操作手順を覚えようと機械とにらめっこを始めた。


 *


「ねえ、そこの君」

 文化祭二週間前、もう何度も訪れた高校のステージ裏で知らない人に話しかけられた。

 いや、全く知らないわけではないか……

「えっと……吹奏楽部の方……でした?」

「そ、吹奏楽部の白野美咲。 楽器はトランペットで部長をやってるわ」

 白野美咲、そういう名前らしい彼女はあの時嫌がらせにトランペットを吹いていた女子生徒だ。

 注意、しなきゃな。

「あの……なんでしょうか」

「率直に聞くわ。君はあの三人とどういう関係なのかしら?」

 関係、関係と聞かれると難しいが……立場はハッキリしている

「マネージャー、かな」

「ふうん、マネージャーね」

 白野さんは俺をジロジロと見た後、首を傾げた。

「なんで?」

「え?」

「この準備期間の間見てた限りでは特に思いつかないのよね。女帝彩音に弱みを握られてるわけでも、小悪魔ハルの手のひらにいるわけでもなさそうなのよね、君は」

「…………」

 なんだ、その謎の称号は

「うー……ん? あれ? あれれ?」

 白野さんがわざとらしく手を叩く

「もしかして無情成瀬と何かあるのかな?」

「そのわけのわからない称号をつけるのをやめてくれないか?」

「んー? 無情成瀬の無情ってやつ?」

「……そうだよ」

 冷静になれ、俺。

「でもあの子は本当に無情なんだもの、あの無情成瀬は」

「それでも一々つける必要はないだろう」

 乗るな、相手の気分がよくなるだけだ。

「無情なんだもの、冷淡で淡白で非情で無情。嫌になっちゃう」

「嫌なら口に出さなければいいだろうが!」

 思ったよりも大きな声が出た。周りにいた人が振り向くが……止まらない。

「無情だ無情だって……どこが無情だってんだよ! 何も知らずに決めつけてんじゃねぇぞ!」

 彼女は大声に驚いたように身体を震わす。しかしそれすらもわざとらしい

「何があったかは知らないけど……無情なんてのは安易に使う言葉じゃねぇぞ」

 まだいい足りない。まだ止まらない。俺が次の言葉を叫ぼうとした時、間に入ってきたやつがいた。

「ちょっと君、何をしているんだ」

 間に入ってきた男子生徒は腕章がついている、書かれた文字は『文化祭実行委員長』

「……何って」

 心を無理やり落ちつけて説明しようとすると、白野美咲が実行委員長の腕に飛びつく。

「この人がいきなり私に向かって叫びだしたの……怖いわ」

「ふむ、そりゃあ怖かっただろう……」

 実行委員長が白野美咲の頭を撫でて俺を睨む。白野美咲より露骨ではないが……こいつもまたわざとらしい。

「この人あの有志のバンドのマネージャーらしいわ、危なくないかな?」

「……危険かもしれないな」

 実行委員長は胸ポケットから小さく折りたたまれた紙を取り出して広げた。

「文化祭実行実施要項第六条、危険行為、又はそれに準ずる行為の恐れがある団体の参加資格は実行委員過半数以上の賛同により剥奪する事が可能である。尚、文化祭自体への参加はこれに含まれない」

 大声で読み上げて一瞬ニヤリと笑う実行委員長。……こいつら、グルか。

「明日午後四時半、臨時の文化祭実行委員会を行う。そこで君の……有志ライブに参加資格があるかの判断を下す。結果の発表、及び行使は同日午後五時、長引いても六時には完了する。もっとも……」

 実行委員長はまたニヤリと笑う。今度は一瞬ではなく、俺に見せつけるかのように笑う。

「長引く事は無いだろうがね」


 *


「すいませんでした!」

 俺は叫ぶように謝る。土下座である。

 文化祭実行委員の結果は参加権利剥奪だった。恐らく実行委員の中に実行委員長の取り巻きが過半数以上いるのだろう。

 黒服バンドは文化祭のステージに出れなくなったのだ。

 俺は事情を話した後に、こうして土下座をしているのだ。

「……反省しているのかしら?」

「それはもちろん、償えるならばなんでも……」

「聞いたわね? 二人とも」

「……え?」

 あれ? なんか予想してた反応と違う。彩音さんはもちろん他の二人も余裕の表情だ。

 彩音さんは顔だけ上げた土下座状態の俺に背を向けて二人に言う

「最初のアイデアを実行するわ、異論はないわね?」

「はい! ハルは賛成でーす」

「そっちの方がわたしたちらしいし……いいと思う」

 二人の返事に満足そうに頷いた彩音さんはこっちを向く。

「申し訳ないと思うなら仕事の成果で返す事ね……文化祭翌日は動けないほどの筋肉痛を覚悟しておきなさい」

「もちろん、筋肉痛をかく……え?」

 何をする気なんだ?


 *


 夕方のファミレス。俺の払いとなったデザートを食べながら作戦会議が始まった。

「さて、計画の説明を……みのり」

「えっ!? わたし……?」

「みのりが出したアイデアじゃない、当然よ」

 成瀬さんは諦めたように口を開く。

「えっとね、前に本で読んだものを参考にしたんだけどね……ゲリラライブをしようと思うの」

「……ゲリラライブ?」

 俺が聞くとハルさんが横から入ってくる。

「そう、ゲリラライブ。でもただのゲリラライブじゃないんだよ。ね、みのりん」

 成瀬さんは頷く

「あのね、ストーリーのあるゲリラライブを出来たらいいかなって……」

「ストーリーのある……?」

 よくわからない。

 ゲリラライブって事は様々な場所で様々な時間にライブをやるって事だよな。

「あのね、その読んだ本では文化祭の会場でゲリラ劇場をやっててね、それを音楽と合わせられないかなって」

「……ミュージカルってわけじゃなくてストーリー性のある音楽って事?」

 成瀬さんは頷く。

「うん、そんな感じ……かな」

「なるほど……でもそれって許可されないんじゃないか?」

 あの実行委員長がそんな事許すとは思えない。

「無許可だよー、もちろん」

「無許可か、なるほど……マジか」

「マジマジー、大真面目」

 驚いた俺を見て何故か満足そうな彩音さんが俺たちを見渡す

「吹奏楽部以外には悪いけど……ステージの客を全部奪うつもりでいくわよ!」

 彩音さんが堂々と言った瞬間、成瀬さんの携帯が振動した。

「えっと、ごめんね」

 成瀬さんは携帯をつけて話を始める。途切れ途切れに声が聞き取れた。

「うん、わかった……一つ? え、タイムセール? ……わかったよ」

 成瀬さんは携帯を切って申し訳なさそうな顔をする。

「ごめん、ちょっと買い物してから帰らなきゃいけなくなった。残りの説明任せてもいい?」

「ええ、大丈夫よ。行ってきなさい」

「ごめんね、じゃあまた今度」

 荷物を纏めて席を立つ成瀬さん。最後に俺の方を見て

「えと、その……ごちそうさま」

 と頭を下げて店を出て行った。

「説明の続き……と言ってもそんなにないんだけど。キミのやる事の話ね」

「凄まじい筋肉痛……だっけか。重いものでも運ぶのか?」

「ちょっと違うかなー。ライブ前は機材運搬を手伝って貰うけど……それはいつもだし」

 まあ……なぜかいつもやっているな。

「じゃあ何をすればいいんだ?」

「ビラ撒きよ」

「ビラ撒き?」

 話は彩音さんに引き継がれる。

「その時までにやったライブのストーリー内容と次のライブ時間と場所のヒントを書いた紙を渡して回って貰うわ」

「場所のヒントなんか書くのか?」

「本当は完全ゲリラでしたいけど……時間と大体の場所がわかっている方が客は集めやすいはずよ」

「なるほど」

 俺のやる事はわかった。しかし疑問が残る。

「それって筋肉痛になるのか?」

 俺はそこまで運動不足じゃない。運動部じゃないにしては持久力もある方だ。

「それはまあ……短時間で学校中に配って貰う必要があるからよ」

「は?」

 短時間で……学校中?

「あまり早く配りすぎると実行委員からの妨害があるかもしれないわ。なるべくギリギリに配らないと」

「はあ……」

「それに一番宣伝すべきはゲリラライブの場所から遠い所。そこから配り始めて……せめてライブ終了までに場所に来て欲しいわ。撤収を早くするに越した事はないから」

「……それって」

 物凄くハードなのでは?

「いったでしょ? 凄まじい筋肉痛を覚悟しておいてって」

「お、おう」

 二人の笑顔が恐ろしい……


 *


「じゃあ、次の集合はまた連絡するわ」

 彩音さんと別れてハルさんと二人になる。

 今思えばこの組み合わせで話す事は殆ど無かったように思う。

 なんというかハルさんはいつも二人のどちらかといるような……

「ねえねえ、みのりんと何かあったの?」

 ハルさんの声で思考を止める

「……なんで?」

「みのりんが変わってるから」

「変わってる?」

「うん、前のみのりん……少なくともキミと出会う前のみのりんからはあんなアイデアなんて出るはず無かったよ」

「……そうなのか?」

 アイデアというのはストーリーゲリラライブの事だろう。

「前のみのりんと今のみのりんは音楽に対する向き合い方が微妙に違うの」

「異常な程に真っ直ぐ……じゃないのか?」

 ハルさんは頷く

「その点は同じ、でも今のみのりんには柔軟な考えが出来る。前のみのりんは音楽にのみ真っ直ぐだった、音楽と他のものを混ぜるなんて発想は絶対に出なかったはず」

「そうなのか……」

 ハルさんがここまで物事を断言するのは珍しい気がする。そこまでいうのだからそうなのだろう。

「キミは人を変える力があるのかな」

「買いかぶりすぎ」

「そっか」

どこか軽かった口調が重く変わる。

「変わったみのりんが出したアイデア……絶対に成功させてみせる」

 ハルさんは自分に言い聞かせるように言った後、照れ臭そうに笑う。

「……なんてね、言ってみたかっただけ」

 最後の最後に誤魔化したが……それはハルさんの本音で、決意表明的なものなのだろう。

「俺も同じ。成瀬さんのアイデア、無駄にはしない」

「……まだみのりんの事好きなんだね、忠紀くん」

「お、おう」

「やっぱりね。……じゃあ、あたしはここで、絶対成功させようね」

「おう……ん?」

 手を振って歩いていくハルさんを見送りながら思う。

 今何か、何か違和感があったのだけれど……

「ま、いっか」

 俺は考えるのをやめて、ハルさんと反対方向に歩き出した。


 *


「……ふう」

 溜まっていた息を吐き出して紙を机の上に置く。

「その……どうかな?」

 目の前には不安そうな顔の成瀬さん。

 俺が読んでいたのは文化祭でのストーリーゲリラライブの案だ。

 成瀬さんを主体に三人で考えたらしい。そしてそれを最終的に見るのが俺というわけだ。

「うん、いいと思う。細かいところを言えば……」

 一瞬明るくなった成瀬さんの顔が不安のそれとなる。

「あ、いや、違う! ストーリーとかは全く問題ない! ちょっと言い回しが気になったところがあるだけだから!」

「そっか……よかった」

 三人が作ったのは黒服バンドの定番曲「仮面少女」元にしたストーリーだった。

 ある少女の心の中には「短気」「内気」「楽観」三つの少女がいた。

 少女はどれが本当の自分なのかと悩みながら学生生活最後の一年を過ごす……という内容だ。

「一番最初のライブはストーリー曲じゃなくて「仮面少女」にするわ」

「なんで?」

 ライブの回数の数だけ危険度は増す。無許可で行うのだから実行委員だけじゃなく教師陣から止められる可能性もあるのだ。

「最初のライブは宣伝、今回の文化祭ではゲリラライブを行うという事をしてもらうためよ」

「それはわかるけど……」

 リスクとメリットがあっていない気が……

 そう思った俺とは違って彩音さんの顔は自信に満ち溢れている。

「まあ……そこらへんは三人に任せるよ」

 俺はそう返答して机の上に置いた上に目をやる。

 ゲリラライブは最初の宣伝を合わせずに六回、文化祭が開催されるのはは午前九時から午後六時までの九時間だ。

 一時間に一回やるとしても中々のハードスケジュールとなる。

「最初の一時間は殆ど生徒しかいないわ、そこで宣伝を行っても効果は薄いと思うの。だから最初の宣伝ライブの開催は十時、なるべく入場門から近いところでやるわよ」

「まあ、そのほうが効果的だな」

「それから次のライブは……」

 彩音さんが中心となり、その後のライブの予定が決められた。

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