妨害オーバーカム

 トイレで衣装に着替えて外に出ると、なんだか周りが騒がしくなっていた。普通じゃない衣装の人がいるからざわつくのは普通だが……いままでとはなんだか雰囲気が違う。

「……っと、そんな場合じゃないな」

 俺は人ごみを掻き分けながらチラシを配り始める。

「時間は……ギリギリセーフか」

 息を整える暇も無く俺は叫ぶ。

「黒服バンド、ストーリーゲリラライブ第三幕『夏、内気』始まります!」

 俺の言葉が終わると同時に三人が演奏を始める。今までと違い大人しめの曲となっている。


 演奏が始まってから気づく。人が多い。

 第二幕までより確実に人が多いのだ。

 因みに第三幕の内容は二人目の少女を表したものだ。

 ゆったりとしたテンポのまま歌は終わる。

盛り上がりにくい曲だが……観客は満足しているようだった。

「大盛況ですね、ブラックマネージャー!」

 そう駆け寄ってきたのは和田さんだ。

「ありがと……ブラックマネージャー?」

 なんだその悪徳事務所の人みたいな呼び方。

「あれ? 先輩まだ見てないんですか?」

「……何を?」

「この和田美佳が書いた校内新聞ですよ! せっかく急ピッチで作ったのに……」

 わざとらしく泣いたフリをする和田さん。忙しいやつだ……

「まだ出来てないと思ってたよ」

「いや、私ももう少し時間がかかると思ったんですけどね。……主に審査の方で」

「審査?」

「はい、審査です」

 和田さんの話によると、許可された部活であろうと新たに掲示物などを展示する時は実行委員の審査が必要らしい。

「その審査のせいで実行委員の職権乱用は取り上げられないし……そちらの学校の実行委員長は大雑把なのでいいんですけどね……」

 職権乱用は俺たちに対するアレだろう。

 まあ、なんにせよ校内新聞の広告力でここまで人が集まったというのはわかった。

 ……いや、ちょっとまて、おかしくないか?

 人が集まるという事は黒服バンドの事を取り上げたという事だ。しかしあの実行委員長がそれを許すだろうか?

 そんな考えを伝えると、和田さんは笑顔でポケットから校内新聞を取り出した。

 新聞には黒服バンドの事がでかでかと書かれている。

「この部分を入れる事で合意しました」

 和田さんが指差したのは新聞の隅、コラム的なオマケ要素の部分だ。

 タイトルは……『謎の知らせ人、ブラックマネージャーを追え!』

 写っているのは黒服バンドの衣装を纏った俺の写真だ。

『前述の黒服バンドのゲリラライブ、ゲリラと言うだけあって事前に貰える情報はどの校舎で行うかのみ!

 しかし正確な場所を知れる方法があったりする。それがブラックマネージャー!

 彼について行けば黒服バンドの元にあなたを案内してくれるだろう。

 黒服バンドと共に現れる謎のマネージャー、彼の正体とは!』

 記事を読んで首を傾げる。

「これを入れたら許可されたのか?」

「はい、『私が黒服バンドの正体を暴くにはこれです! 人海戦術ですよ!』って押し通したらいけちゃいました」

「実行委員長は俺たちの正体なんて検討がついていると思うけどな……」

「そこはそちらの実行委員長が抑えてくれてますよ。『思い込みで動いてはいけない』って」

 さっきから出てくる俺の学校の実行委員長、知らない人だがナイスだ。

「ま、動くのが面倒なだけでしょうけどねー」

「おいおい……」

「ま、そういうわけなんで。くれぐれも正体がばれないよう気をつけてくださいよ」

 そう言って和田さんは俺のポケットから次に配るはずのチラシを一枚抜いて

「これは情報料として頂いていきますよ」

 とウインクして走り去っていった。

「……ほんと、忙しいやつ」

 しかしそうも言っていられない。俺たちもこれから忙しくなるのだ。

 第四幕が始まる時間、それは吹奏楽部のステージ演奏の真っ只中なのだ。

「さて、やるか」

 今回に限ってチラシ配りは早めに、そして大胆に行われる。

 宣伝の主軸は俺、つまり……俺が一番頑張るべき時なのだ。


 *


「…………」

 手にはチラシ、少し奥に体育館が見える。

 俺が黒服の衣装を纏って外に出るだけで数人がチラシを貰いにきた。これは和田さんのおかげだろう。

 引き際を間違えるな。そう自分にいい聞かせてから声を出す。

「ストーリーゲリラライブ、今までのストーリーと次の情報でーす!」


 *



 十分程チラシを配ったところで体育館から実行委員らしき人が数人出てきた。顰めっ面で俺を見ながらコソコソと話している。

 ここで俺が捕まってしまったら俺の学校の方の実行委員長が言った建前が成り立たなくなってしまう。

「……そろそろかな」

 時間もちょうどいいし、ここらが引き際だろう。呟いて最後にチラシを数枚上に投げ、俺は走り出す。

 黒服バンドに魅力されたのか、ただ単に楽しんでいるのか。数人を引き連れる形で、俺は次のライブ場所へと向かった。


 *


「黒服バンド、ストーリーゲリラライブ第四幕『秋、楽観』始まります!」

 宣伝の甲斐あってか人はどんどん増えている。

 四幕で仮面少女がいるのは文化祭、ステージ演奏と重なるにはいいかんじだ。

楽観らしく今までより明るい感じの曲。ここ一番で目立つ曲を入れてきた感じだ。

 演奏が終わると同時に周りから拍手が起きる。

「さて……」

 ステージ演奏に重なるライブにステージ演奏が行われる体育館前での宣伝、完全にあちら側に喧嘩を売った形になる。

「何も起きなければいいけど……」

 俺は呟いて三人の片付けを手伝いに行った。


 *


 第五幕の少し前、俺は黒服の衣装を纏ってチラシを配っていた。

 時計を見る。……そろそろ開催場所に向かうか。

「すまない、チラシを貰えるかな」

「あ、はーい。どうもありが……」

 チラシを渡したまま俺は固まる。

「ありがとう、黒服マネージャーさん」

 渡したチラシは相手の方から形を崩している。

「折角だからね、見に行かせて貰うよ」

「それは……どうも」

 チラシを奪い去るように取って行ったのは例の実行委員長だった。

 あの様子からして一泡吹かせられたようだ。

 俺は溜息をついて、ある場所に向かった。


 *


「黒服バンド、ストーリーゲリラライブ第五幕『冬、混乱』始まります!」

 大きく声を出して辺りを見渡す。……あの実行委員長はいないようだ。

 第五幕は少女の三つの人格が同時に現れるシーンとなる。

 それに合わせて黒服バンドそれぞれが違う少女を歌うようになっている。

 短期が彩音さん。内気が成瀬さん。楽観がハルさんだ。

 三人が交互に歌いながら演奏は続いていく。

「……なっ」

 ふと辺りを見渡して思わず声が出た。いつの間にか例の実行委員長が少し離れた所にいたのだ。

 演奏とは違うリズムで手を微かに動かし、顔は強張っていた。

 今にも乗り込んで来そうなくらいの苛立ちを見せている。

「…………」

 俺は逆側にいる和田さんの方を見て大きく伸びをする。

 和田さんは小さく頷いて実行委員長の方に行き取材を始めた。

「……ふう」

 念のために仕込んでおいてよかった。俺は大きく息を吐いてライブの行く末を見守る。


 演奏と片付けが終わり、撤収する頃に和田さんの取材は終わった。

「ありがと、和田さん」

「いえいえ、お安い御用です」

 和田さんは悪戯な笑みを浮かべて顔を寄せてくる。

「お礼は最終ライブの開催場所でいいですよ。記事にはヒントだけ書きますので」

 ちゃっかりしている。和田さんに悪戯な笑みを返して、俺ははっきりと言った。

「次はグラウンドだよ」


 *


 俺が黒服の衣装でグラウンドに辿り着いた頃にはすでに多くの人が黒服バンドを待ち望んでいた。

 六時になり大体の店が店じまいを始めた事、そして和田さんによる大々的な宣伝が功を奏したのだろう。

「ふふふ……黒服バンド密着の集大成ですよ。見ましたか?」

 和田さんが自信満々に貼り出した新聞は言葉通りの集大成。今までのストーリーライブの歌詞とその要約が全幕分書いてあったのだ。

「ありがと、ほんと助かった」

 これが俺の最後の仕事だ。心の中で深呼吸をする。

 その後本当に大きく息を吸い込んで……叫ぶように声を出す。

「黒服バンド、ストーリーゲリラライブ最終幕! 『卒業、全て』……始まります!」

 俺の大声から一呼吸おいて黒服バンドの演奏が始まる。

 前奏の時点で何人かが気づいたような顔をする。

 最後の歌のモデルは有名な曲、パッヘルベルのカノンだ。

 出だしをアレンジした前奏の後、成瀬さんが歌い出す。

 前奏ではカノンが色濃く出ていたが、他の部分では楽器によるカノンの旋律は殆ど奏でられない。

 演奏自体はカノンに合うように考えられた全然違う旋律。

 本来主旋律となりそうなカノンの旋律は歌でのみ奏でられるのだ。

 難しい事はよくわからないが……三人曰く黒服バンドの新しい試みらしい。

 最後にして最新の演奏は順調に進む。

 サビが近くなると第五幕と同じように彩音さんとハルさんも歌に参加する。

 三人の少女、全部が本当の少女だと気づくシーンでは三人の少女を表した三人の歌が徐々に重なっていく仕組みとなっている。

全て重なった時が最高潮、リハーサルの時ですら度肝を抜かれた。

 もうすぐそのシーンに入ろうかという時視界の隅に例の実行委員長の歩く姿が見えた。

 実行委員長が向かうのは黒服バンド。周りの人を押しのけながら大股で進むその姿からは抑えきれない怒りが溢れ出していた。

 彼女のステージを実質的に邪魔されてよほど腹が立っているのだろう。このまま黒服バンドのライブを台無しにする気だ。

「……させるか」

 このライブを失敗させるわけにはいかない。俺は実行委員長の前に立つ。

「なんのつもりだね……黒服のマネージャーさん」

「失礼ですがこのまま進まれるとライブの妨げになりますので」

「問題ない。実行委員はあんな演目を許可していない」

 俺と実行委員長はお互いに譲らない。

「……こっちの実行委員長は良しとしているようですよ」

「関係無い、規則は規則だ」

 その規則を乱用したのは誰だよ……

「では、実行委員長としての責務を果たさせてもらう」

 俺を押しのけて進もうとする実行委員長。怒りがこみ上げてきて思わず手が出そうになる。

「ん? 手が……」

 俺はあることを思いついてまた実行委員長の前に立つ。

「まだ何かあるのか?」

「どうやら彼女さんのステージを邪魔されて怒っているようですけど……原因はそちらの彼女にあるのでは?」

「……なに?」

 よし、乗ってきた。

 ここからはハッタリだ。事実を言う必要もない。卑怯な手だが……しかたあるまい。

「彼女さんの演奏が面白みにかけるテンプレートな演奏だからじゃありませんか?」

 彼女自身が言っていた、恐らくはコンプレックスを指摘され実行委員長の顔が固まる。それは段々と赤くなり……

「ふざけるな!」

「お前がふざけるな!」

 叫び返して実行委員長の胸元をつかむ。怒りがで冷静さを失っているのか反射からか、実行委員長は俺の腕をはらう。

 ……成功だ。

「なにしやがる!」

 俺が立ち上がって叩くと実行委員長も俺に攻撃を始めた。

 周りの人たちがざわめき、騒ぎを聞きつけた教師が俺たちの間に入る。

「なにをしている! 二人とも生徒指導室にこい!」

 冷静さを取り戻した実行委員長は教師の言葉で俺の計画に気付いたようだ。

 そう、これで実行委員長はライブの邪魔をできない。

 演奏はサビに入っている。三人の歌声が綺麗に重なっていく。

 そんな演奏を背後に受けながら俺は実行委員長と校舎に向かう。

 こうして、俺のいないところで黒服バンド最後のライブは幕を閉じたのだった。

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