小学生の復讐劇

 息子の学校では、学芸会は二日間かけて行われる。初日は全校生徒が観客。二日目は保護者が観客。土日祝が休みの保護者に合わせて、二日目が土曜日か祝日に重なるように組まれる。

 その二日目に聞いた話が面白かったので、備忘録も兼ねて、書いておく。あくまで、人づてに聞いた話であって、事の真偽はわからないのだけども。


 一つの学年で一本の劇を上演することになっている。

 子どもが何十人もいるのなら舞台に立てる子の数が限られるのでは――という心配は無用で、一つの役を複数の子が場面ごとに入れ替わって演じるので、全員、何かしらの役で演じることができる。とはいえ場面も有限、人気のある役は希望者が多いので、オーディションで選抜するらしい。

 息子は極楽に行く亡者役を希望したがオーディションに落ち、地獄の鬼の役をすることになったそうだ。なお、学芸会の準備が始まったあたり、保護者に演目が知らされる前の時期に、台所で夕飯の支度をしている私のところに来て、不安そうに「……死んだら、みんな、じごくに落ちるの?」と尋ねていたことは彼の名誉のために秘しておく。

 地獄や極楽を想像する人もいるけれど、ほんとうの死後の世界は、誰にもわからないのだよ。


 よそのお母さんから聞いた話によると、オーディションの時期、四年生の子と一年生の子の間でいざこざがあったらしい。たいへん生意気な口をきく一年生がいて、でも四年生はその場で手出しをせず、役を決める時になって、鬼の役を志望したのだそうだ。

 観客席の間に設けられた通路を歩く場面のある、五体の鬼のうちならどれでもいい、と。

 無事望み通りの役を得たその子は、鬼の衣装を装備して、学芸会一日目、四年生の劇の冒頭で、座って鑑賞する小学生の列をなぎ払う勢いでせりふを繰り出し、金棒をかついで練り歩いた。音響担当の上級生がおどろおどろしいBGMを流し、他の四人も同じ勢いで練り歩いた。「悪い子はいないか」「親を困らせる子はいないか」「友達をいじめる子はいないか」「動物をいじめる子はいないか」「そんな子がいたら、地獄じーごーくーにぃー……」(鬼五体、背中合わせに立って、片足をふりあげ、全体重をかけて一斉に前方の児童に向かって踏み込む。だん、と音が鳴る)「「「「「連れていくぞぉぉぉ!」」」」」

 その日帰宅した息子が

「最初の鬼で、低学年の子が泣いた」

と報告してくれた。

 よそのお母さん曰く、件の「たいへん生意気な口をきく一年生」を泣かしたとのことだった。


 たしかに、観客の間を練り歩いて吠える地獄の鬼役なら、観客である下級生を怖がらせて泣かせても、大人から叱られない。自分の演技ひとつで泣かせるのだから文句はない。むしろすごい。

 感情が高ぶった場で暴力に訴えることなく、的確に報復の手段を選んでいる冷静さ。計画性。学芸会準備期間の数週間、モチベーションを持続できる執念。実際に泣かせるほど怖がらせられる演技力。

 このどれが欠けても成功しないのではなかろうか。いやはや、事実はわからないのだけども、事実ならとんでもない傑物がいるもんだ。


 なお、地獄行きに脅え極楽行きの役をやりたがった結果、熱湯地獄の鬼役となった息子だが、熱湯を温泉に変えてくつろぐ亡者への、羨ましそうな視線といい、自分たちも入ろうか?と仲間の鬼と相談する時のそわそわ感といい、温泉の中でくつろぐ姿といい、温泉から煮えたぎる地獄の池に戻った瞬間の「あっつい!」と叫んで飛び出す姿といい、彼も迫真の演技であったことを付記しておく。

 温泉の中で「はぁ~極楽極楽」と脱力する様はほんとうに極楽に行けたかのようで。本筋に関係なく極楽行きを告げられて退場する亡者よりもずっとずっと「極楽」を演じていた。この配役にしてくれた先生に礼を言いたい。ナイス配役。

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