うずまきまで たしかに 揺らせ

 夏休みも終わって、はあやれやれ、と思った日曜の朝、起き上がれなくなった。


 視界が右方向に回転して全身がまっすぐ立てない。二日酔いではない。バットをおでこに当ててぐるぐる回ったわけでもない。二度寝しても治まらない。目が疲れているのかも……と、ホットアイマスクをして三度寝して、お昼前に、やっと起き上がれた。

 めまい。

 母がしきりに「メニエール」と口走っていたことを思い出す。家族の既往歴を他の家族に覚えさせるには、頻繁に口にするのがいいのだなと、そんなことを思った。私が四つの頃に亡くなった父方祖父の死因が心筋梗塞であったのも、母が繰り返しシンキンコウソクと口に出したのを覚えていたからで、幼い私の脳裏には、高速道路を猛スピードで駆けていく霊柩車とあっけなく亡くなった祖父の姿が見事にシンクロして、忘れることがなかった。


 母がメニエールを患ったのならもしや私も、と不安になり、月曜に耳鼻科に行った。お医者様は聴力検査もした上で、

「メニエールだと、もっときつい目眩だね」

 と仰った。夏の疲れが出たんじゃないかな、いちおう目眩止めの薬は出すけど、症状が出たときだけ飲めばいいからね、きっと飲まずに治るよと請け合ってくださった。

 ……メニエールは、あの気持ち悪さの比ではなかったのか!

 当時の母への対応を心から反省した。


 そんな状態を説明した火曜日、職場の皆さんから盛大に心配された。「脳もみてもらうべき」「あなたの近所に名医がいるから」「もう今週の仕事は休みなさい」「来週も休めるようにしておくから」他の方が同じ目眩の症状でかかった病院を紹介されて、行ってみた。

 午後二時半からの診療であるはずだが、「午後四時半からにします(午前中時間がかかってしまったので)」と貼り紙があり、おとなしく待つことにした。

 薄暗い待合室で本を読んで目がしょぼしょぼしたのか、たいした仕事量でもなかったのに今日の仕事でくたびれたのか、CTを撮ってもらう間も眠くて眠くて仕方がなかった。案内の声が「はい動かさないで」と言おうが言うまいが動けないのだ、眠くて。

 結果、脳に異常はなかったのだが、脳から耳につながる血管が、ストレスで縮んだ際に、目眩が起きたのでは――ということだった。

「ストレスはだれでもあると思うんだけど、」と前置きした上でおじいちゃん先生に「ストレスある?」と問われて即答し、軽めの精神安定剤がめまい止めに追加で処方された。


 そんな状態を、水曜日に会うはずだったお母さん仲間にLINEで報告した。会えなくなったと詫びると、びっくりするくらい皆さん心配してくれて、他に目眩体験談を語ってくれたり「寝てれば治る」と教えてくれたりと、大変に、心強かった。ありがたいことだ。

 もともとあった眠気に精神安定剤が加わって、その週はほぼ寝ているか退屈でスマホを見ているか最低限の家事をしているかのどれかで。息子が宿題をせずコロコロコミックを読みふけっても、息子が自宅学習の教材を放り出してカードゲームをしていても、録画したアニメを見ながらご飯粒を落としつつ食事をしても、怒鳴る気力も沸かなかった。息子にとっては天国だったかもしれないが、メニエールを患った実母への己の対応を思えば、息子は天使のように優しかった――とだけ、付記しておく。

 ほんとうに、寝ていれば治るのだな……。

 翌週である今週も、ほぼ仕事を休ませてもらって週末の今日復帰したのだけど、先輩方に「いやもうほんと、当分激しい運動はやめておきなさいね」と言われたところで。


 こうして皆さんのご厚意や体験談に触れることがままあったのだけど、もしかして、私くらいの年代の女性には、メジャーな症状なの? 目眩って?

・病院に行った(五十代女性)

・地面がぐらぐら揺れてすごく怖かった(四十代女性、三十代終盤で)

・よくある(三十代女性)

・治ったと思っても薬は飲んどけ(五十代女性)

・耳の奥の器官の中に石があるらしいんだけど、それが何かの拍子にぽろっと取れた(四十代女性、三十代終盤で)

……いろいろ聞いた。最終的に「これくらいの年になるといろいろあるんだよ」「症状は同じでも原因はいろいろあるから、内科や耳鼻科や脳や神経内科で、それぞれ原因をつぶしていくしかない」と教わった。

 あくまで一般人が医者からの又聞きであったりするので、鵜呑みにするのはよくないけれど、よくよく注意して皆さん体を大事にしてほしい。


 琵琶を抱えた歌舞音曲の弁財天様にお参りするなら、三十路を越えた女性は耳の健康もついでにお願いしておくといいと思う。間違っても賽銭箱の上の鈴をうまく鳴らしたくてピンポンダッシュなどされませんよう。

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