天河伝説
夫の実家に帰省したら、義父が車を運転して奈良県中央部にある村へ連れて行ってくれた。孫が喜ぶだろうからと、いろいろ調べて準備してくださったらしい。
山上へ向かうトロッコ。真夏の暑さから直滑降、気温八度の鍾乳洞。透きとおる水と白く煙る滝の渓谷、それから温泉。
むかしむかし関西の男はみな修行のために大峰山に登ったのだ、ここがそのスタート地点なのだ、とお参りに寄った龍泉寺で○○講と掘られた石碑の数々を指し示しながら義父が言った。○○には地名が入っており、大阪の地名もあった。同じ関西でもうちの実家ではそんな話は聞いたことがないから、大峰山参詣は京阪神のみの話かもしれない。義父は大学生だった夫を連れて登り、崖から上半身を突き出す修行を夫にだけさせたとも仰っていたが夫はすっかり忘れていた。
温泉に向かう途中で神社にも立ち寄った。
天河大辨財天社。名前だけで一篇の長編推理小説を思い浮かべてしまう。映画にもなったのだったっけ? 私はその頃、人が殺されるお話は怖いからいやだという理由で触れもせず、タイトルを覚えたまま大人になってしまったので、目の前の弁財天社がどう絡むのかもわからない。
ただ、鈴が変わった形をしてて可愛い、と授与所の掲示を見て思った。
賽銭箱の前に下がっている紐の上の、鈴のことだ。正三角形の頂点にそれぞれ丸い金属がついている。線と球のバランスが綺麗で、床に跳ねた外の明るさが照らす、金属の仄暗さもまた綺麗で。しかし見慣れた鈴ではないし、実際に紐を引いても揺らしてもうまく鳴らない。鳴らし方を書いた看板を見てやっても鳴らない。
夫はうまく鳴らせた。
他の参拝客が途絶えたので息子と私はしつこくチャレンジし、夫に「それ、神様の家の呼び鈴をしつこく押すようなもんと違うか」とたしなめられた。神社でピンポンダッシュ。ダッシュはしないけどお住まいの神様にとっては迷惑行為でしかないなあと、納得して、息子と一緒に頭を下げた。
翌日、ピンポンダッシュのお怒りが夫に向かったのか、それとも夫の不注意か、アスレチックで夫は足をくじいた。
「おれは今でこそ豚のようだが小学生の頃は猿のようだった」
渾名が河童だったとも聞いたことがある。
「飛べない豚はただの豚だ」
息子がよじ登った足場付き壁面で往生していたので、見本を見せてやろうとして、着地の際に足をくじき、ほんとうに、「ただの豚になってしまった(夫・談)」。
義母が連れて行ってくださったところはアスレチックの遊具がたくさんあって、それぞれに対象年齢が付記されていた。対象外の人間はスルーして次に行けるようになっていたが、途中退場するルートは用意されていない、そして逆走不可という、序盤で怪我をした者には鬼畜なルートを、夫はなんとか歩き通した。
飛べない豚の代わりに義母と私が猿になり、息子はさらに猿になり、成長曲線なら下方をうろうろしている細い腕と脚で、私や義母がばてる中をやり通した。
三十くらいあるアトラクションをほぼこなして、息子は、大変誇らしげに鼻の穴をふくらませていた。
ピンポンダッシュのお怒りは私にも向かっていると思うのだが、その話はまた別に。
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