星空はどこだ
息子の夏休みの宿題にやきもきしている。
一番やきもきしたのは「星の観察」だった。
東の空に見える夏の大三角形を実際に見て、観察した結果を紙に書こう、というもので、渡されたプリントには星の探し方まで印刷されていた。しかし東の空は建物に遮られているため、自分の家から外に出なければならず、どうせ外に出るのなら夏休み突入早々にある夏祭りで――と、余裕を見せていたら曇ってしまった。他のお祭りの日でもだめだった。お祭りでなくてもいい、星が見えればいい。外に出ては夜の空を見上げる日が続いた。
日中どれだけ晴れても夕方には西の空が白く曇り、夜には雲がかかってしまう。たとえ月が垣間見えても星を探すほど晴れない。下手すれば朝から晩まで曇ったり雨だったり。そんな日が八月に入っても続いた。
お天気は自分にも息子にもコントロールできない。
帰省までには終わるだろうと思っていたのに。泣く泣くプリントを帰省の荷物に加えて、やっとこさ、晴れ続きの関西で見ることができた。
こと座のベガは、目の高さから握りこぶし六つ分。プリントにはそう書いてあったのに、十一個積み上げないとベガまでたどり着けなかった。後日、星座盤――私が子供の頃、ガソリンスタンドがキャンペーンか何かで配っていたのを大事にとってあった――で確認したところによると、夏休み突入早々の七月後半の夜八~九時だと、握りこぶし六つ分の高さにあるであろうベガは、八月中盤の夜九時過ぎにはもっと高い位置に移動してしまうのだった。なるほど。
東京に戻ってきてみれば雨続きだとかで。
やはり、ずっと星空が見えないのだと、帰省しなかった組の男子がこぼしていた。
観察できないのか、それは困ったねえ。
東京だから都会の明かりで星が見えない、というわけでもないのは私も知っている。自分が幼い頃に眺めた星空ほどではないけれど、星は見える。
幼い頃、関西の片田舎で、掃き出し窓の傍に布団を敷いてもらって眠った。いつもそこは父の特等席であったのだけど、何かの機会でそこに寝かせてもらった。あの日、目の前の星空には流れ星が飛んでいた。白い星も青白い星も空に満ちていた。年月が過ぎ、いつからか見える星は減った。片田舎なりに宅地開発が進んだからなのか、私の視力が落ちたからなのか――
そんなことを考えながら眠ったせいだろう、夢の中で星空を見た。
分厚い、灰色の雲を横にどかして進むと、その先には、色とりどりの星。尾を引いて飛ぶ星もたくさん見えた。たしかお盆時期はペルセウス座流星群がよく見えるのだったっけ。どこかで見かけた流星群の写真のように、尾をひいて消えていく星があった。目の高さから握りこぶし六つ分のところには、こと座のベガ。よし。帰省しなかった組のあの子を呼んでこなければ……
と、思ったところで目が覚めたのだった。
晴れた夜空の色が目の裏に焼き付いた。
夜空はどこだ。星空はどこだ。
無意識に探していたのだと思う。
その日出かけた先で、気づくと晴れた夜空色の勾玉を手にとっていた。
天然石のお店がもうすぐ実店舗を閉店するとかで、今のうちにと足を運んだのだ。ピンク色の象が天井に飾られたアーケードを越えて、青と白の看板を目指した。半地下のお店は以前から知っている。
外の往来から切り離された店の中、私好みの形の勾玉が並べられて目の前に広がる、ある意味夢のような平台の前で、石を手にとってしまった。
ラピスラズリの群青色よりも暗くて、ソーダライトかと思った石は、値札に「デュモルチェライト」とあった。ここ数年、水晶の中に薄青の結晶が入ったものが「デュモルチェライト
遠目には星空の星のように見えたきらめきは、微細な凸凹や褐色の含有物に照明が反射したものだった。暗い濃紺と明るい濃紺と灰褐色の混じる部分があって、まるで、雲が流れていく、月の出た夜空のようで趣がある。雲にさえぎられた月光が周りの空をふんわりと照らし、雲の影が濃く際立っている。雲は風に押されて、じき流れていくだろう。その一瞬。風と、飛び去る雲と、月と、星。夜空の勾玉は驚いたことにすうっと手になじんで、別れがたくなった。
昨夜はやっと、星のよく見える空になった。
星のうっすら見える日暮れ空の下を、ばたばたと帰宅して、作り置いた鍋を火にかける。息子に机を拭いて箸を並べてもらう。その合間に、大きなお世話かなと心配しながら、あの子のお母さんにメールした。やっとこれで宿題が一つ終わった、ありがとう、と泣き笑いの顔文字つきでお返事がきた。
お役に立てたなら良かった。
夢の中や子供の頃に比べれば、うんと星は少ないけれど、その分夏の大三角形を特定しやすい。夕飯後、天頂近くまで昇ったベガを見上げて、デネブとアルタイルを見つけた。
晴れた夜空色の勾玉は、今も私の手の中にある。
願わくば、星の観察がずっとできずに路頭に迷っている、他の子たちも、無事夏の大三角形を見つけられますよう。
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