「る」
息子を連れて電車でおでかけ。
息子のではなく、私のお友達に会い、私・息子・お友達の順に横に並んで、遅い昼飯か早い夕飯かどっしりしたおやつか、よくわからない食事をした。
別の目的で息子を待たせた――面白がって一緒に行動するかなと思ったがあてがはずれてしまった。私とお友達がカットされたきらきらの宝石を選り分けている間、息子はひたすら携帯ゲーム機で遊び、飽きるとペットボトルのふたを独楽のように回転させて遊んでいた――こともあり、息子の希望に添って中華料理のチェーン店に入ったのだった。
ありがたいことに、マリオやデュエマのことで頭がいっぱいで口からだだもれ状態の息子であっても、お友達はそれにつきあってくれる。
「ねえねえ、しりとりしようよ」
しりとりにもつきあってくれる。
私「『しりとり』」左端の私から始まり、
息子「『リンゴ』」真ん中の息子が後を継ぎ、
友達「『ゴリラ』」右端の友達が応え、
息子「『ラッパ』」また真ん中の息子に返り、
私「『パンダ』」左端の私に戻り、
息子「『だんご』」また真ん中の息子に……
息子だけ高頻度で答えているが、おとなげない私たちは頓着しなかった。料理がきても続行。食べながら答えた。
友達「『ゴール』」
息子「『ルビー』」
私「……『ビール』」
息子「『る』ばっかりくる!」
「る」で終わる言葉を次々に返す私と友達。「る」から始まる言葉は少ないから答えにくく相手が降参しやすい、という必勝法、俗に言う「る」攻めだ。
我が家の定番「るすばんでんわ」まで言い終え、息子は「ルール」で返して得意げだったけれど、やっぱり「る」を返されて詰まってしまった。中華料理店の、背もたれのない回転椅子の丸い座面を抱えて、体をよじらせ、うんうん唸る。「ルイージ」とゲームの固有名詞を返し、次は「ルイージの兄のマリオ」と返し、それでもまた「る」を出さなければいけなくて、尻を丸椅子から浮かせ、頭を床に近づけ、尻を上げ、股の間から伸ばした手のひらを丸椅子の座面につく。尻から手が生えてる、と口走ったら息子が背中の下で笑った。
「おお、頭がフル回転してるねー」
と友達が感心した。……人は考える時、頭を沈めるのだな。
息子の背中が右に左にぐるぐる揺れた。『もうぬげない』の絵本の、かぶりものの服がうまく脱げず格闘する、Tシャツに腕と頭がすっぽりくるまれた男児を思い出した。頭が隠れたまま全身をくねらせて何とかしようとする様が似ている。
息子は普段、同年代の友達とトレーディングカードゲームで遊ぶことで頭を使うけれど、こんな使い方をするのは見たことがない。
己のフィールドで戦うのだとばかりに「ルビーサファイア」とゲームのタイトルを出してきたし、派生して「ルビーサファイア、オメガルビーアルファサファイア」と新装版のタイトルまで出してきた。新装版のタイトルは「オメガルビー」「アルファサファイア」のはずで、「る」から始まってはいないのだが、恩情で許可した。友達が「る」で返すために、中華丼を口に入れ、しばらく黙って考えていた。
息子はデュエマのキャラクター名も挙げた。それもやっぱり「る」で返された。私はとうとう息子のトレーからチャーハンの最後の一口を取った。鍋肌で焦がされた、香ばしいご飯だった。息子は餃子を食べた。六つあるうちの一つだけで、あとはもうお母さんにあげる、と言うから平らげた。
しばらく悩んでから、息子は顔を輝かせた。忘れていたのだ、己の定番を。「ルンパッパ!!」と、ポケモンの名前を高らかに告げた。
その発想はなかった、と友達が笑った。
中華料理のチェーン店で
「じゆうけんきゅうは『る』ではじまる言葉をしらべる!」
と息子は決意していた。電車に乗っても決意していた。
私と友達とで選り分けた宝石のうち、大粒のシトリントパーズは約束通り息子のものとなった。黄金色の水晶を研いだものを手のひらで転がすと、無数の面の奥で光があちこちに反射して、きらきらと眩しい。自由研究も黄金色のお宝もほったらかして、息子は今日も、友達と遊びに行ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます