5・夏の着物(6)

「と、いうわけで、先ほどに至るのです」

 長い語りを終えて、わたしはコーヒーを一口含みました。お父さんとお母さんは、いつの間にかいなくなっていました。先輩は「そうか、そうだったのか」と呟きながら、タバコに火を点けました。わたしはタバコは吸いませんが、吸う吸わないは人の好み。自分の好みを押しつけるつもりもありませんし、直接吹きかけられでもしなければこれといって不愉快ではありません。第一、喫煙と人格はまったく別物ですから。そもそも、先輩は一緒に飲んだバーでも、タバコを吸わずにいてくれたのでした。先輩のそんな、さりげない気遣いが好きです。

 先輩は開けておいた窓の方に、つまりわたしと反対の方向に向かって細く煙を吐き出すと、「いやはや」と頭を掻きました。

「俺は君と死神に、まんまとしてやられたというわけだ。恐れ入った。それに、君の気持ちもよくわかった。俺だって君のことは憎からず思っていたのだ。君の気持ちを受け入れようと思う。

 ああ、いやいや、それはおこがましいな。お互いにマイナスとマイナス。二人でやっとプラスになれるのだから、一生それで行けたら嬉しい。俺を袖にした吉川さんのかわりだなどとは決して思わないでくれたまえ。あの土砂降りの中、追いかけてきてくれた君の意志に、俺は感動したのだ。そうだな、なんといか、あれだ、その……身に余る光栄だ。こちらこそ、よ、よろしく頼む」

 そう言うと、先輩は顔を赤くしてぷかりと煙を吐き出しました。

 努めて平静を装いましたが、どれだけそれができたでしょう。わたしの二年越しの想いは、ついに叶ったのです。これが当然の結果なとどはわたしも思いません。なにしろわたしは、先輩を止めようとして三発も殴ったのです。しかもグーで。嫌われることも覚悟していました。でも、先輩は想像以上に紳士でした。

「これから、よろしくお願いします」

 お互いに深く礼をして、わたしたちの気持ちは初めて繋がったのでした。

 でも、先輩は顔を上げると、思い出したように言いました。

「だがな、遊佐さん。さっきの説明ではいまひとつ、わからないところがあるんだが」

「なんでしょうか」

 一から十まで、知っていることは全てお話したつもりです。わたしは首を傾げ、先輩の疑問を待ちました。

「うん、それはね。ついに死神の正体が明らかにならなかったことだ。あいつは一体何者なのだ」

「やっぱり、先輩もご存じないのですか。実は、わたしも知らないのです」

 わたしは携帯電話を取り出して、死神さんにかけてみました。でも、すぐに留守番電話になってしまいます。メールを送っても、返事はありませんでした。

 死神さんは、わたしと先輩が結ばれたことを確認したかのように、そのまま姿を消してしまったのでした。


 これ以上はわたしからお話しすることもありませんので、再び語り手を先輩にお返ししたいと思います。

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