第23話 歌よ、届け

 ジョン・メイヤーは英国海軍ドローン部隊を説得していた。

 ミサイルで帝国艦隊を殲滅せよ、と言っているのだ。

 「メイヤー博士、ドローンを向かわせてもだ、あの白い奴に迎撃されるのがオチだよ。」

 「ロイヤル・ネイビーの名誉がかかっているんだ。このまま引き下がる訳にはいかない。」

 「我が国のドローン技術では、とてもメイド・イン・ジャパンには歯が立たないのだよ。メイヤー博士も見たはずだ。奴らドッキングしやがる。」

 「君に英国軍人の誇りはないのか!」

 「言っておく、メイヤー博士。これは政治的かつ軍事的問題なのだよ。歴史学者の出る幕ではない。帰りたまえ。」

 けんもほろろである。

 ジョン・メイヤーの野望はこうしてついえたかに見えたが、簡単にあきらめるような男ではない。ジョン・メイヤーは粘着質なのだ。



 戸部典子が朝から机に向かっている。また戦国武将のお絵描きでもしてるのかと思ったら、詩を書いているという。

 シラヤ族の歌の詩らしい。そんなもん、シラヤ族には伝統的な歌があるだろ。

 「それが、お祭りの歌とか、恋の歌とか、葬式の歌とかなり。なんか状況に合わないのだ。」

 確かに、里心を喚起させるような詩というのは、人が故郷を離れることが多くなる近代的な心情だからな。

 「できたなり。早速、自衛隊の翻訳機にかけるなり。」


 戸部典子がシラヤ族たちを集めている。島津豊久から略奪した鉄扇を指揮棒替わりに歌を教えている。

 と言っても、戸部典子の書いた詩にシラヤ族の伝統的な恋歌のメロディーに乗せているだけなのだけど。詩とメロディーが合わないところを調整して、試行錯誤しているが、なんとか歌らしくなってきたぞ。


 夜になった、ゼーランディア城を三方を松明が取り囲んだ。

 シラヤ族合唱団の歌が始まる。

 私は翻訳機で、内容を確かめながら聴くことにした。

 まず、シラヤ族の子供たちが歌う。


  この森は私たちの家、神様が住むところ

  お父さんと歌を歌ったところ

  お兄さんと遊んだところ

  すべては炎に焼かれたけれど、まだ大地が残っている。


 ほう、なかなかの詩ではないか。戸部典子にしては上出来だ。

 次は女たちのパートだ。


  覚えていますか、森の中を駆けまわた日を

  覚えていますか、お父さんが家で笑っていたことを

  覚えていますか、お兄さんが私に優しくしてくれたことを


 なんか、昔のアニメで聴いたことがあるぞ。。

 だが、この歌はシラヤ族の悲しみを湛えて夜空に響いた。

 そして、ゼーランディア城の中のシラヤ族の傭兵にも届いたはずだ。

 「歌よ、届くなり! 歌よ、お父さんとお兄さんに届くなり!」

 歌は夜が更けるまで続いた。

 「あかねちゃん、城内の様子はどうなり。」

 「聴いてください・・・」

 ギンヤンマが城内のすすり泣きを捉えた。

 木場三尉ももらい泣きしたのか、声を詰まらせている。


 真田信繁の気持ちがよくわかる。夢見る夢子ちゃんで何が悪い。

 そう、戸部典子が言うように、夢だっていいではないか。

 理想というものは、いつだって地に足をつけていない。だからこそ美しい花を咲かせるのだ。人間は歳を取るとそのことを忘れてしまう。私は涙をこらえながえら、そう思った。



 翌朝、私と戸部典子は木場三尉を連れてゼーランディア城を見下ろす丘の上に立った。ギンヤンマが密偵として潜入しているシラヤ族に手紙を届けるのだ。

 二機のギンヤンマが発進した。

 「頭に赤い羽根をつけた男が、密偵のマカイ・ロワ君なりよ!」

 「了解! ギンヤンマ下降します。」

 戸部典子もゴーグルをつけて、ギンヤンマの映像を見ている。

 「見つけたなり、あかねちゃん!」

 「コンタクトします。」

 ギンヤンマが密偵マカイ・ロワの手のひらの上にぽとりと手紙を落とした。

 すごい操縦技術だ!

 「作戦完了、ギンヤンマ帰投します!」

 「よくやったなり、あかねちゃん!」

 木場三尉の頬が緩んでいる。すっかりデレデレ・モードではないか。


 「ただ者ではないと思うちょたが、おはん、やはり忍びか?」

 島津豊久だった。戸部典ノ介を付けてきたのだ。

 「いっぺん、忍びと勝負がしてみたかっとよ。」

 木場三尉が戸部典子を庇うようにして前へ出た。

 「心配ないなり、あかねちゃん。」

 今度は戸部典ノ介が前へ前へとずんずん進んでいく。

 島津豊久は居合の構えだ。

 示現流の達人だぞ! 戸部典子、おまえに勝てる相手ではない。

 それでも、戸部典ノ介はにまにま顔のまま前へ進んでいく。

 島津豊久の呼吸が乱れた。にまにま顔に圧倒されたのか!

 戸部典ノ介は隙だらけだ。だが剣の達人にとって、逆に無想の構えに見えるのだ。色即是空である。

 島津豊久の眼前にまで近づいた戸部典ノ介は鉄扇を腰から引き抜いた。

 何をするかと思えば、鉄扇で豊久の肩をぴしゃりと叩いたのだ。

 島津豊久が息を荒げている。

 「おいの負けじゃ。許してたもんせ。」

 「いいのだ、勝負の後は陣羽織を交換するのが拙者の国のしきたりなりよ。」

 「おう、そうか。」

 豊久と戸部典子は陣羽織を交換した。

 ノー・サイド! 美しきスポーツマン・シップだ、と思ったら大間違いだった。

 「島津豊久君の陣羽織、ゲットなり!」

 なるほど、戸部典子の強欲が島津豊久の気迫を圧倒したわけか。空即是色だ。


 後に、島津豊久は語ったという。

 「天下無双の剣豪は、戸部典ノ介殿なり」と。


 ギンヤンマが密偵マカイ・ロワからの返信を運んできた。

 シラヤ族は全員一致で反乱を起こすことになったのだ。

 日時を決めて、反乱と同時に攻撃をかけるのだ。

 だが、問題が起こった。台湾に台風が接近しつつあったのだ。嵐の中では混乱が起こり、シラヤ族との同士討ちになりかねない。

 自衛隊の情報では、この台風が抜けるには二日かかるらしい。

 これでは、三成の言った日限ぎりぎりではないか。


 ゼーランディア城に夜襲をかける。城内ではそれに呼応してシラヤ族が反乱を起こす。

 作戦は完璧だ。

 井伊直政、伊達政宗、真田信繁、島津豊久、袁崇煥。

 これだけの武将が揃っているのだ、仕損じるとは思えない。

 だが、時間だけは待ってくれない。

 午前零時を以って、海上要塞、玄徳丸の諸葛砲が火を噴くことになるのだ。

 「台風君、早く行って欲しいなり!」

 こればっかりは、私たち未来人の力をもってもどうにもできないのだ。

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