第24話 ザ・ネゴシエーター

 空を黒い雲が覆い始めた。海は次第に波を高くしている。嵐が近づいているのだ。

 石田三成があと一日でも、日限を伸ばしてくれればこの作戦は成功する。味方が最大の障壁になることは、歴史ではよくあることだ。

 これまで、三成を翻意させることは誰にもできなかった。政宗が、直政が、信繁が、交渉に当たったが三成の首を縦に振らせることはできなかったのだ。


 戸部典子と、今やそのしもべとなった私たち三人の軍師は李博士を三成の下に送ることにした。

 李博士は歴史学だけでなく心理学の博士号も持っている。それに中国政府のエージェントでもあるのだ。交渉は彼女の得意分野なのだ。

 だが、これは消去法による人選に過ぎない。武将たちがだめなら、私たちの誰かが行くしかない。学者気質の陳博士や私には荷が重い。戸部典子は奇跡を起こすかもしれないが、逆に三成のへそをひん曲げてしまうリスクもある。ならば李博士の交渉ネゴシエイトを任せるのが最も確率が高い。だが、ここにもリスクはある。この時代、女性が中華帝国の宰相を口説き落とせるとは考えにくい。人民解放軍は三成にハニー・トラップを仕掛けて、何度も失敗している。

 ここは李博士の近代交渉術に賭けるしかない。

 ザ・ネゴシエーター、李博士は三成の待つ玄徳丸へと向かうことになった。


 石田三成への謁見の許可が未だ下りない。

 私たちは苛だった。やはり、ここで女性を送ったのは間違いだったのではないか。

 どう考えてもハニー・トラップを疑われるシチュエーションではないか。


 夜になると嵐が吹き荒れ始めた。海が逆巻いてゼーランデイア城にも大波が襲い掛かっている。この状況では攻撃する事さえできない。

 武将たちは眠っている。嵐が過ぎ去れば総攻撃なのだ。ここは英気を蓄えるのが彼らの仕事だ。

 戸部典子も眠っている。こいつは、神経が図太いから仕方がない。

 陳博士も寝ているではないか。だいぶ疲れているみたいだ。

 私だけは眠れない。

 李博士、吉報をもたらしてくれ!


 翌朝、少し風が収まったが、激しい雨になった。この風も雨も夕刻には通り過ぎるとの天気予報が人民解放軍からもたらされた。やはり、ぎりぎりのタイミングでの戦闘になる。


 ようやく李博士が石田三成に会うことができたのは昼過ぎのことだった。

 李博士は小型のマイクを着物の中に隠しているから交渉の行く末を聞き取ることができる。

 「そなたが井伊殿の使者か?」

 「はい、軍師、李紅艶と申します。」

 「女か。見かけぬ顔じゃ、いずこより参った?」

 「この世界の、向こうの世界から参りましたわ。」

 「向こうの世界とな。」

 李博士、さすがうまいな。ここで三成の興味を引いたわけだ。この男は好奇心には勝てない。三成がいろいろ質問を始めたぞ!

 「そうですわね、向こうの世界では、人の命は何よりも大切にされます。」

 「ほう、皇帝の命も、庶民の命も同じというわけか。」

 「考え方としてはそのとおりですわ。でも実際は誰の命も同じ重さとして扱うのはとても難しいことですわ。」

 「建前と本音は違うのか。どこの世界も同じじゃな。」

 「違いますわ。理想をもっている者と、持たない者は、違いますわ。」

 「理想?」

 「私たちの世界ではそう呼ばれますわ。志、と申し上げたらお分かりになるかしら。」

 「わしが志を持たぬというか?」

 三成が語気を荒げた。李博士の術中にはまりつつある。いいぞ、李博士!

 「困ったことに、宰相様には志がおありになる。」

 李博士が、ふふっ、と笑った。この、ふふっ、が李博士の心理作戦なのだ。

 「笑うたな、女!」

 三成の目がぎらりと光った。いやその語気から眼の光を感じただけだ。

 「宰相様、志という本音と、宰相の立場という建前、どちらをお取りになりますか?」

 三成の心の葛藤を暴きやがった!

 三成は悩んでいたのだ。宰相として十日と日限を切ってしまえば、今更それを覆すことはできない。しかし、信繁や豊久の心情も理解できる。いや、三成自体が信繁に組したいと思い始めている。

 「そのほう、わしを石田三成と知って愚弄いたすか!」

 やばい、李博士! ここは平伏するのだ!

 ところが李博士は平伏するどころか、居丈高に三成に向かって言ったのだった。

 「我は軍師、宰相様の苦しみを立ちどころに解決する策を持つ者!」

 「策とな?」

 「策でございます。」

 「訊こう!」

 やった、三成を説得した。で、策って何だ。聞いてないぞ。

 無線が雑音になった。

 応答せよ、李博士!

 「妨害電波が出てるなり!」

 戸部典子に木場三尉からの連絡が入ったらしい。

 また、ジョン・メイヤーが。しつこい奴だ!

 ミサイル攻撃を諦めざるを得なかったジョン・メイヤーは妨害電波を流すことで、私たちに嫌がらせをしているのだ。

 くそ! しかし三成説得は成ったはずだ。これでゼーランディア城攻略に打って出ることができる。李博士を信じよう。


 夕刻、風雨が治まりはじめた。各武将たちが出陣の準備をしている。

 主力は井伊直政の赤備え軍団だ。真田信繁も赤備えに身を包んでいる。島津豊久もいるではないか。なんとジェームス・ドレークも攻撃に加わるみたいだ。

 「豪華絢爛なりー。」

 戸部典子が陣の中を走り回って大はしゃぎしている。

 さすがの私も、わくわくしてきた。戦国武将の豪華ラインナップだ。

 この主力部隊が山側の城門に突入するのだ。


 袁崇煥の部隊は、ゼーランディア城を見下ろす小高い丘に布陣している。鉄砲隊を引き連れて、主六部隊の掩護射撃を行うためだ。それだけだはない。今回の攻撃で不測の事態が起こったっ場合、袁崇煥が司令塔の役割を果たすのだ。

 伊達政宗の部隊は、海側から攻撃をする。防護の薄い海側からの攻撃と見せて、主力は山側から攻めかかるのだ。そのための陽動部隊である。

 九鬼守隆率いる帝国第一艦隊がゼーランディア城に接近を始めた。オランダ船は残る三隻である。この三隻を封じ込める。

 沖では三隻の巨大船が動き始めた。ゼーランディア城を諸葛砲の射程に入れるためだ。

 城内では、シラヤ族たちが反乱の用意を始めた。日没とともに攻撃が始まる。

 「すべてはそなたたちの奮戦にかかっているなり。皆の者、用意はいいなりか!」

 戸部典子、知らんうちに総大将になってやがる。

 戸部典ノ介が軍配を天に向けて掲げた!

 「この戦はシラヤ族救出をかけた義戦なり! 愛と勇気で戦うなり!」

 武将たちが時の声をあげる。

 「行くなりいいいいいいいいいいいいい!」

 戸部典ノ介が軍配を振り下ろすと、武将たちが馬に飛び乗った。

 これが、最後の戦いだ!

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