第22話 戸部典ノ介、参上なり!

 十七世紀の台湾に上陸した私たちは、井伊直政の陣を目指した。

 護衛についたのは武士の装束に身を包んだ自衛隊の諸君である。海外時空派兵法により火器の携帯が禁じられている。自衛隊の武装は刀、槍、弓だけなのである。諸葛銃が開発されているこの世界では実に貧弱な武器と言わねばならない。自衛隊の海外派兵に対する左翼のアレルギーは理解できなくもないのだが、実際に護衛される身になれば不安このうえない。


 井伊の陣では屈強な門番が私たちを拒んだ。早速、戸部典ノ介が前に出た。不敵なにまにま笑いだ。

 「拙者、戸部典ノ介と申すものなり。伊達政宗殿にお会いしたいなり!」

 「伊達様だと! お主のような小者が簡単にお会いできる方ではないわ!」

 「小者とは、拙者の背丈の事か?」

 「おうよ、ちっこい侍めが!」

 「怒ったなり!」

 戸部典子は懐からスマートフォンを取り出した。おいおい、ここは十七世紀だ、電波は通じないぞ!

 戸部典子は門番の姿をパチリと写真に撮って、見せつけたのだ。

 「お主の魂はここに吸い取ったなり!」

 戸部典子がアプリを操作すると、門番の写真はガラスの如く砕けた。

 屈強な門番が怯えている。

 うりうりっと、戸部典子がスマホの画面を門番に押し付けている。

 門番はへたり込み、頭をかかえて怯えきっている。

 もう一人の門番が、真っ青になって門内に駆け込んだ。

 「妖術使いじゃ! 妖術使いじゃ!」

 戸部典子がスマホで門番を虐めて遊んでいるところに、真田信繁が現れた。

 「真田信繁君!」

 「そなた、戸部殿か?」

 「そうなり、戸部典ノ介、参上なり! 助けに来たなりよ!」

 援軍来たり! 信繁が顔を輝かせた。

 「懐かしいのう。あれからどうしておったのじゃ。」

 「国に帰っていたなり。それよりも急ぐのだ。シラヤ族を助けるのだ!」


 真田信繁に案内されて、私たちは陣の奥へと迎えられた。

 伊達政宗、井伊直政、九鬼守隆、袁崇煥、島津豊久、支倉常長など諸将揃い踏みである。

 そしてジェームス・ドレークもいる。ドレークは豊久や信繁と交流するうちに意気投合したらしく、ここは食客として帝国軍のアドバイザーとなっていたのだ。本国に帰ったとしても今回の失地回復を図ることは難しい。それに比べて中華帝国は、英国の階級社会と違って個人の才能次第で出世することができる。


 伊達政宗が驚いている。

 「戸部殿、そなた歳は取らんのか?」

 「お肌のお手入れには気を使っているなり。」

 うそつけ、いつも飲みかけのお酒を顔に塗りたくっているだけではないか。

 そうだ、忘れていた。私たちが以前訪れたのは一六〇〇年の上海だ。あれから、十年以上の月日が流れていたのだ。

 真田信繁は嬉しそうだ。軍議はシラヤ族救出の方向に向かわず、総攻撃に傾きつつあったのだ。信繁に組するのは島津豊久とドレークだけになろうとしていた。


 諸将を前にしての戸部典ノ介の第一声はこうだった。

 「ここに控えるのは、三人の軍師なり! 古今東西あらゆる歴史、政治、戦術を知るものなり。シラヤ族救出の儀、この者たちに申し付けられよ!」

 勝手なことを言いやがって。おまえも丸投げするつもりか!

 「まずは状況の確認なり。問題をひとつひとつ解決するなり。」

 ドレークが立ち上がり、戸部典ノ介に城内の様子を話している。もちろん英語である。この中では支倉常長と李博士しか理解できない。

 李博士の通訳によると、ドレークはいちばんの障害について話している。

 城内のシラヤ族たちはオランダ人たちに洗脳されている。この戦に勝てば、大地をすべてシラヤ族の下に戻し、ゼーランディア城をオランダ船の寄港地とする。貿易によってシラヤ族には富がもたらされるというのだ。シラヤ族の傭兵たちはそう信じているのだそうだ。隔絶した状況の中ではそう信じるしかないのだ。

 「ストックホルム症候群ですわ。」  

 心理学の博士号も持つ李博士が応えた。

 「すとっく、なんじゃと?」

 真田信繁に理解できないのは仕方がない。この時代に心理学など存在しない。

 誘拐されたものが誘拐犯が高いレヴェルで共感しあう。その事例は枚挙にいとまがないが、それに近いことが起こっているのだ。

 袁崇煥がさらに状況を説明した。今度は中国語だ。

 城内にシラヤ族の密偵を潜ませているが、シラヤ族の用兵を味方にすることができないのは彼らがオランダ人たちに洗脳されているからであり、手の打ちようがない。

 先住民たるシラヤ族からすれば、オランダ人たちも中華帝国も侵略者でしかない。彼らにしてみれば、どちらを選択するのかという問題でしかないのだ。

 「軍師諸君! 何かいい考えはないなりか?」

 陳博士がこれに答えた。たった一言である。

 「四面楚歌!」

 「おう、その手があったか!」

 いつも冷静な袁崇煥が珍しく大声をあげた。 


 四面楚歌。秦王朝亡き後楚の項羽と漢の劉邦は天下の覇権を巡って戦った。長い戦いにも決着の時が訪れた。垓下の戦いである。四面楚歌はその時のエピソードである。

 韓信率いる漢軍に敗れた項羽は土塁に立て籠った。これを漢軍が包囲する。夜になると四面を取り囲む漢軍のから歌が聞こえてくる。それは項羽の故郷、楚の歌であった。楚の兵が漢に寝返り自分たちを包囲している。

 形勢利あらずを悟った項羽は愛妾、虞美人を呼びその嘆きを歌に詠んだ。

 世の明けぬ間に、項羽は愛馬、騅すいに跨り出陣し、討ち死にした。 


 力は山を抜き 気は世を蓋おおう

 時利あらず 騅すい逝かず

 騅逝かざるを いかにすべき

 虞や虞や 汝をいかにせん


 袁崇煥が中国語で朗誦した。

 この頃、漢詩も日本の武将たちの流行であった。この詩は誰もが知っているようだ。


 陳博士が部屋の隅で寂しそうにしている。

 四面楚歌は陳博士の提案なのに、いつの間にか戸部典子の手柄になっている。

 陳博士、二人で戸部典子被害者の会を作ろう!


 「まて、まて、そいがシラヤ族の救出とどげん関係があっとじゃ。」

 島津豊久だった。

 「豊久君、鈍いなり! 教えてあげるから、これを貰うなり。」

 戸部典子は島津豊久の腰から鉄扇を引き抜いた。

 「おつ、おう!」

 戸部典子のにまにまが、島津豊久を圧倒している。

 「つまり、歌は武器になるなり。」

 なんか、昔のアニメにそんなのがあったな。

 「シラヤ族の女たちや子供たちに歌を歌わせるなり。歌を聞いたシラヤ族の傭兵たちは、何を思うか考えてみるなり。」

 「おお、帰もどろごっちゃ思おもぞ。」

 「傭兵たちの里心を煽るなり。誰だって、目先にぶら下げられた利益より、家族のところに帰りたいはずなり。」


 「戸部殿! みごとな作戦じゃ!」

 真田信繁が戸部典子の手を取った。伊達政宗も戸部典子の肩を叩いて喜んでいる。にまにま最大マックスだ!

 「しかし、シラヤ族の気持ちをこちらに向けても、城内との連絡がとれねば・・・。」

 袁崇煥、さすがに冷静だ。

 「大丈夫なり! トンボ君がいるのだ。」

 戸部典子が合図すると、ギンヤンマがどこからともなく飛来し、戸部典子の頭上を旋回し始めた。

 「行くなり!」

 その一言で、ギンヤンマが外に向かって飛び立った。

 もちろん、戸部典子の影となった木場三尉が操縦している。

 「おはん、もしや忍びの者か!」

 「違うなり、愛と平和の使者なりよ!」

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