第21話 二つの中国

 日本のテレビのニュース番組でも真田信繁を軟弱者としる評論家たちがいた。その急先鋒が赤坂竜彦という国際経済政治軍事問題評論家だった。

 「真田信繁、戦国一のつわものが聞いて呆れますね。彼は夢見る夢子ちゃんみたいなもので、現実が分かっていない。」

 こいつは、もともと中国主導で行われる碧海作戦そのものが気に入らないのだ。だから難癖をつけては暗に私たちを非難しているのだ。

 「夢だって、いいじゃないなりか!」

 戸部典子が怒りをむき出しにしている。

 こいつは口ばっかりで何もしないエラソー人間と、ナマズのへそが大嫌いなのだそうだ。

 ところで戸部典子君、ナマズのへそって何だ?

 「子どもの頃、いちど食べたけど、あんな不味いものはなかったなり。」

 そもそも魚類にへそがあるのか?

 「知らないなり、でも確かに食べたなり。」

 何でもいい、真田信繁は理想主義者なのだ。

 夢だろうが何だろうが、理想を貫く馬鹿者だけが歴史を変える特権を有しているのだ。

 現実主義者を自称する人たちは歴史を知らないと私は思う。織田信長は中世という現実を打ち破って天下統一を果たした。明治維新は攘夷という非現実的な思想をエネルギーとして近代国家を築いたのだ。

 私は断乎、真田信繁を支持する。

 「そうなり。最後まで信繁君を応援するなり。」


 だが、現実的判断とは日本の国際なんちゃら評論家が言うような単純なものではなかったのだ。

 中国共産党はもうひとつの現実的な判断を下していた。


 中国と呼ばれる国は、実質上二つ存在している。中華人民共和国と中華民国である。一九十一年、辛亥革命により清王朝が倒され、孫文を臨時大総統として共和制の国家、中華民国が興った。この中心になったのが中国国民党である。

 中国を侵略する旧日本軍に対抗するため、中国国民党は中国共産党と共同して旧日本軍と戦った。国共合作である。

 第二次世界大戦が始まると、中華民国は連合国側につき、やがて日本は敗北する。中華民国は戦勝国として、日本が植民地支配していた台湾の返還を求め、進駐した。

 その後、大陸ではソビエトの支援を受けた中国共産党が勢力を拡大した。孫文亡き後、蒋介石率いる中国国民党は台湾に逃れ、国民を引き連れて中華民国を引っ越してきたのだ。

 戦後、蒋介石が総統となり、その地位は子の蒋経国によって引き継がれた。その間、台湾は戒厳令下に置かれた。一九九〇年、蒋経国の死後、副総統の地位にあった李登輝が総統の座に就き、ようやく戒厳令は解除された。李登輝は生粋の台湾出身であり、「二十一歳までは日本人であった」と公言する親日家である。

 現在では中華民国と中華人民共和国はどちらも中国の正当な政府だと主張している。

 近年、お互いに国交樹立を模索して接近しているが、中華人民共和国にとって、台湾が版図に組み込まれるなら、それが別の時空であれ国際的にアピールできると考えたのだ。

 そして、台湾を手中に収める際、先住民たるシラヤ族を救出するという美談が組み込まれれば、その正当性の担保となる。


 国家主席、劉開陽は居並ぶ政府高官に対して、シラヤ族救出を命じた。

 人民解放軍の上層部は検討に検討を重ねたが解決策に至ることはできなかった。

 そして、私たちにお鉢が回ってきたのだ。丸投げである。

 「現代の歴史学者三人の知恵をもってすれば、シラヤ族の救出も可能であるはずだ。」

 劉主席の言葉を陳博士が伝えた。

 三人の歴史学者だと! 陳博士と李博士と・・・、私か?

 「そうなり、信繁君を助けるなり!」

 そんな簡単なものじゃないぞ。この状況でどうやってシラヤ族を助けると言うのだ。

 「そんなもん、向こうに行ってから考えるなり。」

 戸部典子は既に若侍、戸部典ノ介の衣装にお着換えしている。

 おまえも行くつもりなのか?

 「信繁君や政宗君と知り合いなのは、あたしだけなり。時間が無いなり。早く着替えるのだ!」

 私には日本の学者っぽい衣装が用意されていた。陳博士は地味な儒服、李博士は赤いチャイナドレス、いや満州族の胡服だ。

 「これで日本と中国と満州の軍師三人になったなり。」

 軍師だと! なにを言い出すんだ。


 自衛隊ドローン部隊の田中一尉が上海ラボにやってきた。

 「みなさんは、時空航行艦やまとがお送りします。」

 やまと、廃棄されていたのではないのか。

 「廃棄と言いますか、封印されておりまして、この度、中国政府に売却されました。自衛隊はレンタルで使用する事が認められているんです。」

 売却しただと、いったい幾らで?

 「千元、だそうです。」

 だいたい千五百円ではないか。レンタル料は?

 「一年間、百元だそうです。」

 ただ同然ではないか。

 「塩付けにしておくよりマシでしょう。」

 なるほど、国連協定の抜け道と言うわけか。


 時空航行艦やまとは上海郊外の碧海作戦の基地から出発することとなった。

 やまと艦長の広岡二佐が私たちを迎えてくれた。

 タイム・マシンは銀色の球体である。船とか兵器とか、そういうものからほど遠い形をしている。

 私たちは銀の球体に乗り込んだ。やまとのクルーたちが敬礼している。戸部典子が敬礼のお返しをするとクルーたちが嬉しそうにしている。

 広岡二佐が戸部典子に言った。

 「発進の号令は戸部さんからお願いします。」

 おー! クルーたちが拍手している。

 戸部典子はご機嫌だ。

 だが、まて、発進の号令って、アレだろ。

 戸部典子君、よかったら発進の号令、譲って欲しいんだけど。

 「今度、伊達政宗君の新しいフィギュアが発売されるなり。」

 こいつ、買収を持ちかけているのか。

 「高いなりよー。」

 よし、背に腹は代えられん。そのフィギュア買った!

 「じゃあ、行くなりよ!」


 「補助エンジン動力、接続なり!」

 戸部典子が叫んだ!

 「タイムホイール始動、十秒前」

 陳博士か、さすがオタク! わかってるじゃないか。

 「時空エンジン内圧力上昇、エネルギー充填九十パーセントなり!」

 戸部典子、おまえも知っているんだね、昔のアニメなのに。

 「去年、リメイクされたなり。時空エンジン点火2分前なり!」

 私は大きく息を吸った。そしてできる限り低い声で言い放ったのだ!

 「やまと、発進!」

 少年の頃の夢が叶った!

 時空航行艦やまとは十七世紀に向けて旅立った。

 シラヤ族滅亡の日まで、あと七日。

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