アイはヒトリじゃ作れない

 私達はレストランを出て、街の中を歩いていた。夜が深まると共に寒さも厳しくなっていた。大通りから少し外れて橋を渡った200メートル先にあるマンション。そこに私の部屋がある。


私と佐々木君は部屋に入り、暖房をつけて、温かいコーヒーを手にホッと息をつく。


「桜咲さん」


前でくつろぐ佐々木君が、神妙な面持おももちで口を開いた。


「なに?」


「今後のことだけどさ、あー卒業後のこと」


「うん」


「桜咲さんはどうするの?」


「どうするって?」


「いや、卒業したら別々の道を歩くわけだから、違う土地に移る可能性もあるでしょ? たぶん、こんな風にしょっちゅう会うこともなくなるだろうし、ソフレはどうするのかなぁと思って」


佐々木君は瞳をキョロキョロと動かしながら話していた。


「佐々木君はどうするの?」


「俺? 俺は……まだ分かんない。ソフレ相手を探すかもしれないし、やめるかもしれない」


「そっかぁ……ソフレも卒業か」


「桜咲さんは?」


「私はたぶん探すと思う」


「じゃあさ、たまにでもまた会おうか? 卒業後も」


佐々木君の申し出にちょっと驚いた。


「でも相当遠くなるかもしれないよ?交通費だって馬鹿にならないし」


「俺が行くよ。大変だろうから」


「無理しなくていいからね?」


「うん。大丈夫」


 夜の時間にまどろみ始め、電気を消し、私達は温かいベッドに入った。


1年。まだ1年ある。これがもう1年しかないと思えた時、この時間がもっと特別なものになっていく気がする。むせ返るほど甘い、リソウの果実を食べられる。その果実は私だけじゃ作れない。私とは異なった温もりを持つ男性がいないと作れない。その果実をむさぼり、私の心は潤うのだ。

 

 後ろの佐々木君がごそごそと動いたと感じた時、「桜咲さん」と囁くように呼んできた。


「なに?」


私は顔を少し後ろに向けて、佐々木君に聞く。


「手繋ぎながら寝てもいいかな?」


「え?」


私は振り返って横になりながら顔を突き合わせた。


「繋ぐだけ」


「う、うん……」


私はおずおず毛布の中から手を出し、顔の前で手を横たえた。佐々木君はまじまじと私の手を見つめ、ゆっくり握ってきた。佐々木君は安らいだ顔になって目を閉じた。


 佐々木君がルールよりも温もりを求めたのは初めてだった。近い未来、この安息の夜が失われようとしていることに寂しさを感じているのかもしれない。

私も不安がないと言ったら嘘になる。これからどんどん環境が変わっていく。それは避けられない未来だ。佐々木君はその不安に立ち向かう力を無意識に欲しているのかもしれない。その気持ちは分からなくもないけど、この微妙な変化が、私の心を揺さぶっていた。

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