フヘンのアイはない

 私はずっとこのカンケイを求めていたように思う。浅すぎず、深すぎず。嫉妬し合って、お互いの感情をぶつけて燃え上がる恋より、見返りを求める冷めたカンケイの方が分かりやすいし楽だ。


私と佐々木君は大学の講義や卒業論文、就職活動、バイトなどに追われ始めていた。2日1回は一緒に寝ていたのに、間隔はどんどん空いていた。ソフレをもう1人作るのもいいけど、品定めや根回しなどに費やせる時間はなかった。

それに今のままで私は十分満足している。でも卒業後はきっと会えなくなる。そうなれば、またソフレ相手を探さなければならない。面倒だけど仕方がない。


 ソフレ相手を見つけるのは簡単じゃない。私がソフレ相手に求めることはルールを破らないこと。ただひっついて寝るだけをできることだ。簡単に聞こえるけど、これをクリアできたのは佐々木君だけだった。他の奴は宇野さんと一緒でカノジョがいるのに隠してたり、初めから体目当てで近づいてきている男だった。

女性も試したけど、やっぱり男性独特の体つきでなければ私の心は潤わなかった。私のソフレ相手の条件は、性欲と恋欲を断ち切る理性を持てる人間でなければならない。


 性欲は生命に共通する本能であり、恋欲は人間の煩悩ぼんのう。これを律することのできる人は早々いない。私のようなアイを持ってない人間でなければならなかった。この絶対的な基準がソフレ相手の見極めに重要だと、見繕みつくろっているうちに気づいた。

後1年。残りの時間を大切にしながら、彼の温もりを体に刻み込もう……。



☆ ☆ ☆ ☆



 初めて1週間の間隔が空いた。ドーナツ店のバイトを終えて、ひと際目立つ鐘青銅しょうせいどうが吊るされたモニュメントの前で佐々木君を待つ。モニュメントの周りには同じように待ち合わせをする人達がぞろぞろいる。その前をスーツ姿のサラリーマンや他の大学の学生達が素通りしていく。


「ごめん!」


パーカー姿の佐々木君が駆け足で近づいてきた。


「待った?」


「ううん」


「じゃあ行こうか」


「うん」


私達は人混みを縫って歩き出した。


 洋食レストランに入り、夕飯を共にする。口の中が欧米の味に包まれていく。


「就職決まりそう?」


真向かいに座る佐々木君が聞いてくる。


「何社か絞り込みはしてる」


「そっか」


「そっちは?」


私も同じ質問をする。


「今度試験に行くよ」


「はっや~」


 私は口端を歪めた。佐々木君は私の反応を笑う。


「就職は競争だよ? あんまりのんびりしてると希望通りに行かなくなるからね」

「まあね。なんかせわしなくて、気が休まる時間がどんどん減っていってる気がするんだよねぇー」


「それが大人になるってことなんじゃない?」


「大人になりたくないなぁ~」


 私は天井に吊り下げられたシャンデリア風のランプを見上げ、ため息交じりに愚痴を零す。


「ピーターパンにでもなるの?」


佐々木君はからかうように聞いてくる。


「ピーターパンのなり方なんてあるんですかぁ?」


「劇団に入る?」


「それピーターパンじゃなくて劇団員じゃん」


「いやいや、ピーターパンでもあり、劇団員だよ」


「そんな屁理屈いりません!」


「そんな怒んないでよ~」


佐々木君は宥めるが、口は笑っている。


「おびにこれ一緒に行こう」


 佐々木君はリュックの中から何かを取り出し、私の前に差し出してきた。


「何これ?」


私は佐々木君が手に持つ雑誌を手に取る。付箋ふせんが幾つか貼ってある。佐々木君は既に読んでいたようだ。


「スフィアだよ。流行のスポットや料理、インテリアなんか紹介してる」


「佐々木君って結構ミーハーだよねぇ」


「色々なことに関心を持ってた方がいいでしょ」


「まあねぇ」


私はパラパラと流し読む。


「最近鍾乳洞しょうにゅうどうを探索できるスポットが人気なんだよ。一緒に行ってみない?」


「でも行く暇ないでしょ? お金だってかかるし」


「僕が旅費出すよ」


私は少し驚いた。


「え? いいよ、悪いし」


「大丈夫。バイトで稼いだお金が溜まりに溜まってさ。使いどころが分からなくて困ってたんだ」


「うーん、私はいいや。それに私達には必要ないでしょ。近場のカラオケとか、飲食店でいいじゃん」


「そう、だね……。他の奴誘うよ」


「うん」

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