イビツな果実

 私と宇野さんはソフレのカンケイになった。誰も知らない特別なカンケイを共有しながらバイトするのは少しワクワクした。

普通に付き合っているのとは違うドキドキ。イケナイことをしているようで、宇野さんと視線が合う度に口元が緩みかける。

バイト仲間という表のカンケイと、ソフレという裏のカンケイ。両面のカンケイを持ち合わせながら微かなスリルを味わう日々。私の求めていたアイはこれだったのだ。


 1人暮らしをする前は不安しかなかった。殻の外に飛び出して、こんな幸せな日々を過ごすことになるなんて、思ってもいなかった。これが幸せ……。

いつまでもこの幸せを持っていたい。水面に浮かんでいるようなあの感覚は体が覚えている。それを待ちわびて、柔らかさを持ち合わせた温かな夜を過ごす。

私は将来や現実のことにも前向きに捉えられるようになっていた。でも、この幸せな日々を続けるのは難しかった。


 私が学校から帰ってくると、私の部屋のドアを正面に、壁を背にして、誰かが携帯を弄りながら立っていた。すらっと長い手足をした女性の顔が私に向いた。顔立ちは整っていて、モデルさんでもやってるんじゃないかと思った。

威圧感のある目つき。口元は微笑を携えていたが、それが逆に怖かった。


「こんにちは」


私は立ち止まったまま何も言えなかった。


「最近の高校生は挨拶もろくにできないのね。こんな幼稚な女のどこがいいのか、さっぱりなんだけど」


私は何を言っているのか分からなかった。


「初めまして。いつもせいちゃんがお世話になってまーす」


 冷気を纏った社交辞令は私の体を強張こわばらせた。


「征……ちゃん?」


「宇野征志。知らないなんて言わないわよね?」


宇野さんにはカノジョがいた。信じてたのに……。


私の瞳から涙が零れた。それを見た女性はクスクスと笑った。


「まだ子供のくせに、人の男盗ろうなんてませてるわね」


 女性は私にゆっくり近づいてくる。ハイヒールの音が私の耳にこびりつく。私は2歩あとずさり、振り返ってマンションの廊下を走った。すると、階段に続く角から人が出てきて、私の行く手を塞いだ。それは宇野さんだった。宇野さんは悲しそうな顔をして、私を見つめていた。


「宇野さん……」


「ごめん、静那ちゃん」


私は2人に挟まれるカタチになり、どうすればいいのか分からなくなった。


「征ちゃん。伝えることがあるのよね?」


女性は立ち止まり、私越しに宇野さんへ話しかける。

宇野さんは緊張した面持おももちで唇を震わせていた。


やめて……。


私は拒絶したかった。何を伝えに来たか、もう分かっていた。


「僕はバイトを辞めることにした。君とも二度と会わない。ソフレも解消したい」


 胸の奥で締め付ける音が聞こえ、体が冷えていくのを感じた。


「そういうこと。征ちゃん、たいへんよくできました」


宇野さんは私に軽く頭を下げて、階段を下りていった。


「馬鹿でしょう? こんな面倒なことしたくないなら、浮気なんてしなきゃいいのに」


女性は私の後ろから歩いてきているようで、ヒールが床をつく音が響き始めた。そして、後ろに女性がいると感じられるくらい近づいた女性は、私の耳元に囁いた。


「ま、男の話を鵜呑うのみにするあなたも馬鹿だけどね」


女性は私の横を通り、去ってしまった。


安堵と悲しみが同時に襲ってきた。心はもう水の膜を纏ってはいなかった。そればかりか、心は傷をつけ、微かに残っていた水滴が傷口に沁み込んで消えた。私の足の力が勝手に抜け、その場に座り込んでしまった。

マンションの廊下のゆがんだガラスから入り込む夕日の光は、私を嘲笑あざわらうように照らしていた。



☆ ☆ ☆ ☆



 そんなこともあったけど、私はまたソフレ相手を探し、見繕みつくろった。カンケイのカタチを追求し、今に至るのだ。

そのカタチを今佐々木君と結んでいる。私のソフレ相手の中で一番理想の人。このカンケイは永遠じゃないけど、今ある幸せが長く続くようにしたい。


もし、私や佐々木君に心を満たすアイの温もりを与えてくれる人が現れたら、このカンケイは解消する。そう取り決めていた。

そんな人が都合よく私の前に現れるとは思わないけど、少なくとも佐々木君には現れそうな気がする。それなら仕方ない。彼だって私と同じようにアイを求めている。私の求めるものとは違ったアイのカタチを。

佐々木君がそれを手にしたいと言うなら、私は素直に応じるつもりだ。そして、「お幸せに」と声をかけるだろう。


黄色い光が私に向けられた。タクシーが迎えに来た。私はベンチから立ち上がり、タクシーに乗った。

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